ep.7
「 俺は、ゲノム編集ベビーとして生まれた。最初は実験体079、通称『ナギ』と呼ばれていた。名前なんてなく、番号で管理されていた。遺伝的な母親も、父親も居なく、一から創作されたゲノム編集ベビー実験の唯一の成功例だった。だから、血眼になって皆が俺を徹底的に管理した。実験体、いわば、心なんてない、実験用モルモットのように扱われたんだ。」
俺は、メモリーに遺された映像記憶を悠貴に見せながら話を進める。
「 俺が生まれて、五年の月日が経った頃、俺が管理されていた研究室の隣の部屋に、微生物の研究室ができた。当時まだ結婚していなかったお前のお父さんの躑躅森祐真先生と、お母さんの石塚奈月先生、そしてお前をのちに育てる事となる父さんの古城戸先生が配属された。
彼らは俺の扱いを問題視して俺を救い出そうとし、何年にもわたって大学の理事長や、俺を管理している研究室の研究室長に掛け合ってくれた。」
悠貴は黙ったまま俺の話を聞いている。
「 そこからさらに五年がたち、俺が生まれて十年が経った頃、ようやく俺はあの管理された所から外に出ることが出来て、祐真先生と奈月先生に保護された。二人はその時に研究室長が大学の理事長の孫娘であったことを知り、理事長の反感を買った事もあって、研究室を追い出され、今まで貯めてきたお金で新たな研究所を作った。……それが、躑躅森微生物研究所だ。そして二人はその研究所が出来て、経営などが安定した頃に結婚をした。それが、俺の十三歳の誕生日の出来事だった。」
悠貴はまだずっと、黙ったままだ。
「俺は、先生たちの研究を見ることが多くなっていって、興味を示した。すると、先生たちは俺に手取足取り教えてくれて、十五歳の時、正式に研究メンバーに加えてもらえた。あの時は、本当に嬉しかった。俺が初めて微生物を完成させたのは、十七歳の時だ。作った微生物は、医療に役立てられ、人々の為になった。それが、生まれて初めて感じた、自分も何かできるんだ、という感覚だった。そして、丁度その頃、先生たち二人はやっと、子供を授かって、古城戸先生も含め、研究所のメンバー全員が喜んでいた。しかし、奈月先生の悪阻は酷く入院することもあったから、中々見ていられるものでは無かった。しかし、無事に悪阻も終わるころ、次はテロが起きた。それは、人工微生物Ss-t-152大気中に撒くためにそれを保管していた微生物研究所が爆破される、といったものだった。」
「クルース、って何?」
「今までに作られた人工微生物の中で、最も危険とされている微生物だ。勿論、有用性が有ったから作られたものであるが、下手すると全人類が滅ぶ可能性のある猛毒の人工微生物だった。」
「もしかして、人工微生物Ba-k-41と結合させた、あの微生物?」
「そうだ。それが、大気中にばら撒かれた。」
「ヤバいじゃん。」
「そうだ。ヤバかった。それに対処してほしいがために、うちの研究所にもオファーが入ったんだ。」
「それが、ヤツ。」
「 そうだ。先生たち三人は急いで作った微生物をまくが、その微生物は突然変異によって生殖能力が無くなってしまい、その微生物の寿命である二年間だけしか、人類が生きられる保証をできなくなってしまった。ヤツはこの状況を生かして、自分に都合のいい人間だけを生かして、人類を再建しようと目論見出すんだ。そこでうちの研究所に目を付けて、お金を出してやるから、生かしてやるから、と祐真先生と奈月先生を脅すようになる。二人はそれには研究の理念に背くから、と言って応じなかった。そして、強行突破に出た。」
「まさか————!」
「その、まさか、だ。ヤツは奈月先生の担当の医師に『出産時の出血多量で死んだことにしろ』と言って賄賂を渡し、祐真先生を殺すために大型トラックのドライバーに『出産の立ち合いにやってくる躑躅森佑真を車ごと跳ねて殺せ』と言って賄賂を渡した。奈月先生は出先で産気づき、破水もしてしまい、そのまま救急車で運ばれ、シナリオ通りに殺され、祐真先生もシナリオ通りに殺された。当時、俺と古城戸先生は留守を任されており、古城戸先生は祐真先生に『何かあった時はお前にすべてを託す』と言っていたのもあって、何故か助かったお前は、古城戸先生に育てられることになった。」
「ヤツは、何で、お父さんとお母さんを殺したのかと思っていたけど、そういう事だったんだね……。」
「 そこからは悠貴が知っている通りだ。古城戸先生は研究職を少し離れながらお前を育て、十八歳になった俺は躑躅森微生物研究所の所長になった。するとヤツが俺を洗脳しようとしたが、実際の所俺は洗脳にはかからず、洗脳されたふりをしながら俺に人工微生物Ba-k-41と人工微生物Ff-c-22を作らせた。だが、俺は洗脳にかかるふりをする前にある微生物を作っていた。悠貴は、知っているはずだ。この世界を浄化するときに、使ったんだからな。」
「まさか、あのボタンの……!」
「ご明察だ、悠貴。あのボタンを押すことでこの世界に拡散したのは、カタルシスだ。」
「カタルシス……?」
「そうだ。カタルシス。コードFf-c-01。最安全、浄化、かつ制作順一番。セイファよりも圧倒的な速さでクルース、ましてや狂暴化したマーダーも消滅させることのできる、人工浄化微生物。それが、カタルシスだ。」
「一番目に、作って、」
「あぁ、一番初めの実験で、奇跡的に上手く行った実験体だ。」
「これを、渚さんは、切り札として隠し持っていた、という事?」
「良く分かったな。と言うか、あの時に出したプラスミドも俺の切り札でもあったんだよ。……まぁ、先生たちをあんな風にした人間たちが、生きていていいはずがない、と思ったんだ。」
「渚さんにも、色々あったんだね……。僕が思っていたよりもずっと、渚さんは辛い人生を生きてきていたんだね……。何も知らずに、色々と暴言を吐いて、ごめんなさい。」
「いいさ。『子供は、思っていることを口に出すことで、その言葉の重みを知ることが出来る。』らしいからな。」
「それ、聞いたことある言葉。父さんも、言ってた。」
「でもな、この言葉は古城戸先生のものではない。……祐真先生の、言葉だ。」
「お父さんの……?」
「あぁ、祐真先生は、俺と出会ってから、何度も何度も俺に言ってくれた。『子供は、思っていることを口に出すことで、その言葉の重みを知ることが出来る。だから渚さんは、今まで制限されてきた分、しっかりと自分の思っていることを口に出してみると良い。』と。」
「僕のお父さんは、優しい人だったの?」
「 優しいが、優しいだけじゃない。芯の有る、歪んだことは大嫌いな人だった。自分の倫理観にそぐわないものは徹底的に追求し、誰かの幸せが自分の幸せだ、とよく言っていた。奈月先生もそうだ。奈月先生は、人間の濁りの無い笑顔が好きだと言っていた。実際、奈月先生は幼稚園や小学校などで発生することの多いおたふく風邪や水疱瘡、はしかなどの病気に罹患するリスクを下げる微生物を開発したり、医療従事者が病気に罹患しにくくなる微生物を開発したりしていた。古城戸先生はそんな二人を右腕として支え、お前を育て、亡くなる前に、俺に遺書を渡してきた。その遺書には『悠貴をお前の最期まで頼んだぞ、』と書いてあった。紛れもなく、お前の二人の父と、母は、皆、素晴らしい先生だった。」
「渚さんも、僕から見たら、凄い人だよ。」
「俺は違う。俺は自分のエゴで、こんな事をやった。俺は、三人の先生たちと並べていいような人間じゃない。」
「でも渚さんは、僕がここに残っていてほしい、と思ってたんだよね?あの時、渚さんは、心配していた息子が無事に帰ってきたみたいに、僕を見て泣いて、抱きしめて。さらには僕が言った『綺麗な世界を見てみたい』という願いを渚さんは叶えた。別に、その僕の夢を叶えずにそのままこの世界を終わらせることもできたはずだよね。でも、渚さんは違った。僕の夢を叶えた。まるで、用意していたかのように、ボタンを机の上に置いて、僕が帰ってくるのを待ち望んでいた。渚さんは、凄い人だよ。僕の大切な同僚で、尊敬する先生だよ。」
悠貴はそう言うと俺を抱きしめた。あぁ、温かい。人間は、こんなにも、温かかったっけ。……あぁ、そうだ。祐真先生が、奈月先生が、俺を抱きしめてくれた時だって、こういう感情が溢れでてきた。
「そろそろ、この世界から帰ろうか。離脱しないとお前の精神に異常をきたしてしまう可能性が有るらしい。そうなるとと困るからな」
「そうなの? それじゃぁ、元の世界に戻ろうかな。」
俺と悠貴はそうして俺の頭の中の空間から外へ戻って行った。




