【超短編小説】「ポンペイとか鎌原ってのはやはり幽霊が大量に出たりするのかな」
外は雨が降る。
ざあざあと鳴る。まるで自分自身が炒め物にされているか、地面を引きずり回されている気分になる。
ざあざあ。
おれはシャワーを被りながら湯舟から抜けていくお湯だった冷水を眺めていた。
すると湯舟の下から歯ブラシが出てきた。
むかし遊びに来た知人が使ったものだろう。薄汚れた歯ブラシは長い間を暗い湯舟の下で過ごしていたのだ。
歯ブラシは湯舟の中で繰り広げられる狂乱をどう思っていたのだろう。
そういえばこの部屋に越してきて半年ほど経った時も、同じような事があった。
今と同じように、湯舟に溜まった水を抜いている時のことだ。
湯舟の下から幼児向けのアニメ玩具が流れ出てきた。
恐らく前に棲んでいた住人、それも子持ちの家族が使っていて紛失したものだろう。
その時の子どもはどんな表情をして、母親はどんな言葉で慰めたのだろうか。
それは悲しい思い出になって刻まれているのか、忘れ去られるだけなのか。
ざあざあ。
もう何も流れ出てこないのか。
湯船の下を覗けば、まだ何か隠れているかも知れない。
ざあざあ。
だがおれはそうしない。
浴室に立ち尽くした自分をずっと忘れられずにいる滑稽さに勝るものなどない。
そうだ、おれの頭が流れ出てきておれを見ている。
そうやって湯舟の下からは様々なものが出てくる。
湯舟に入って流した汗と同時に、その日の感情だとかが流れ出ていく。
湯舟は負の感情を溜めた箱だ。
何が出てこようと不思議ではない。
いずれ髪の長い女だとか、文句しか言わない老人とか、過去の自分だとかが出てくる事もあるだろう。
暗い湯舟の下で長い時間を過ごした感情がそこから出てくる時にどんな姿をしているかは知らない。
それはアニメ玩具かも知れないし歯ブラシかも知れない。
女医や女教師だとかかも知れないし、牛鬼の様な恐ろしいものかも知れない。
そいつらは人知れずお湯だった冷水に流されていくのか。
どんな表情で流されていくのか。
おれはどんな感情になってどんな言葉をかけるのか。
湯舟から排水口に流れ込む女医だとか女教師、または牛鬼みたいな感情!!
馬鹿を言うなよ、狂ってると思われたいと思われるぞ。
恥ずかしさが顔を出す。
湯船の下からさっき棄てた煙草の吸殻や剥がしたての絆創膏、コンドームや愛の言葉、指輪、台本、計画書、借用証明書、ピルが出てくる。
出てくる。
ここで湯舟の下に潜ったそいつらが次の賃借人と会う時にどんなことになるのか浴室の真ん中で考えている。
ざあざあ。
ここが車輪の下か浴室の下かは知らない。
流されて出る先も知らない。
自分が誰の何かなのかもわからない。
外は雨が降っている。
ざあざあ。




