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エレノアの結婚~「運命」を見つけた婚約者~  作者: 波屋ぽんち


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「ピッツヴェルドに加え、フィスティーユが動き出したんじゃ、セリフィスもいよいよ厚顔ではいられまいな」



 ユースタスはモノクルの奥で目を細めた。


 すでに大使たちが入国を済ませた現在、あとは会合を開催し滞りなく進めるだけだ。だが、計画通りに進んでいるとはいえ、不安要素はいくらでもあげることができた。


 数々の内政干渉ならびに侵略行為の証拠が揃っているとはいえ、国家を断罪し責任を追及するというのは困難を極める。たとえセリフィス側が事実からは逃れられないとしても、協定が白紙になれば如何様にもとかげの尻尾切りができてしまう。


 彼らが恐れているのは、協定締結の難航だ。時間をかければかけるほど、セリフィスは逃げが可能になる。セリフィスを牽制するためだけに各国の意見が一致すればいいものの、貿易協定と言うからにはそれぞれの利の追求は外せ得ず、議論が真っ向から衝突する可能性もあるのだ。そのために何手もの手を打ってきたが、それでも不足は許されない。


 そしてその一つが、現在水面下で進めているある捜査だった。



「シャンレーズの領地で、既存の鎮痛薬としてレティムが栽培されてきたとみて間違いない」



 数日前、義兄の寄越した人間から受け取った伝令は、セリフィスの侯爵領であるシャンレーズに関するものだった。


 シャンレーズは古くから続くセリフィス貴族の家門であり、大陸でも有数の歴史を誇る由緒ある一族だ。セリフィス王室はもちろん、他国の貴族との姻戚関係をむすび、長い歴史の中では、旧セリフィス王朝の王爵を得たものも存在する。


 そのシャンレーズが、長年、違法植物である「レティム」の売買に関与していた。


 シャンレーズの名が浮かび上がったのは、さる公爵家を調査した過程でのことだった。長年、公爵家が取引をしていた商会が、ある年からがらりと変わったときがある。それまで国内の商会から「鎮痛薬」を買い付けていたが、その年からセリフィスの商会に変わったのだ。そして商会はシャンレーズの所有する商会だった。


 いまや大陸中で禁止された植物が、もとは解熱や鎮痛、咳止めへの効能がある薬草から突然変異で生まれたことは周知の事実である。戦後、多くの人間の人生を奪い、一切の所持も関与も禁じられたはずの植物が、長い安寧の歴史の中でたびたび話題に上がるとき、そのどれもが「鎮痛薬」として知られる薬草と偽装して取引されてきたことは記憶にも新しい。


 そして今回も同様、害のない「薬」として「カデリア」によってノーゼリアへ持ち込まれた。



「カデリアとシャンレーズは二の姫があちらへ嫁ぎ姻戚関係になったのは、十数年前。ちょうどシャンレーズの商会から薬を手に入れ始めたのも、その時期にあたる」

「そして、三の姫が肺の病を患ったのもちょうどそのころ。しかし、そうなればカデリアももともとは鎮痛薬として取引を始めたのか?」



 ユースタスの問いにウィリアムはかぶりを振った。



「どうもそこからきな臭いようだ。先代公爵夫人が実際に肺を患っていたことは有名であり、それはアルバート王太子も王室侍医を派遣した経験から事実だと肯定している。だが、メアリアン嬢に関しては幼少期から社交の場に出ることもなく領地で過ごしていた関係から、病歴を証拠づけるものがない」

「だとしたらおぞましい話だな」



 だが、貴族社会においてそうした話は珍しいことではない。子は親の所有物であり、成人するまで個を持たないと考える人間も存在する。むしろそのほうが多く、子は親の地位名声をあげるため、はたまた家門のために婚姻というかたちで売り切りされる。



「三の姫さまは、その中で運命の王子様に出会ってしまわれたか。馴れ初めはたしかこうだったな、首都へお忍びでやってきたご令嬢を優しく案内したのが、リディストン伯爵令息だった。ああ、もうリディストンじゃあなくなるか」



 ユースタスが取り出し差し出してきた嗅ぎ煙草の箱から、ウィリアムもひとつまみをもらい受ける。鼻に突き抜ける芳香は爽涼とは程遠い。



「カデリアの、メアリアン嬢の東側との縁談をつぶしたのは王太子だ」



 モノクルの向こうで小さく目が見開いた。



「これはまた。ベルウォルズ伯爵も関わっているとみていいな」

「実際に手を下してはいないが、そちら側にいたのは事実だろうな」

「だが、カデリアにとったら、同じ穴の貉も同然だろう。ベルウォルズに復讐もでき、セリフィスへ直接つながる抜け道ができるわけだ、たしかにリディストンは運命的だな。リディストン伯爵が亡くなられたタイミングを見計らって、颯爽と現れる鷹のごとく獲物をかっさらった。令息は罪深い男だ」



 ぎろりとにらんだウィリアムを、おおこわいとユースタスはおどけて返す。

 とにかく、とユースタスは話を切った。



「カデリアがレティムを所持使用した証拠はすでに手にしたんだ。カデリアがシャンレーズと繋がっている証拠もすでに押さえている。そしてそのシャンレーズで、大量の薬品が製造されている。シャンレーズを追えば各国の取引先が見つかるだろうが、それはさておき、協定の締結を強調するには十分だ」



 ウィリアムも首肯する。



「西側諸国でかの国をのぞきアズエール側のみ今回の会合には不参加だが、すでにノーゼリアとの繋がりは深い。数年前のレティム騒ぎの裏が取れれば、穴はなくなる」

「けがの功名とでも言えばいいか。奥方が被害に遭われたことは誠に遺憾だが、逆に、すでにミュリルーズの手中にいてくれてよかった」



 手中、その言葉にウィリアムは眉をかすかにひそめたが、否定のことばは出なかった。出るはずもなかった。ある意味では、そのとおりと言えたからだった。



「新婚だというのに、これほど連れ回しては奥方に顔向けできないな」



 ひょうひょうと両の手を挙げて見せたユースタスにウィリアムは小さく息をつく。



「こんな時期に無理やり籍を入れてしまったのは、たしかに申し訳なかった」

「遅かれ早かれそうするとはいえ、最も忙しないだろう時期だったからな。ただ、カデリアのこともあって急いだんだろう? わけを知る連中は、君がいかに真っ当な判断で事を進めたか理解しているさ。まあ、そうでない人間は、君が恋に溺れて突っ走ったと思うだろうが、その程度さ。たいそう情熱的でいいじゃないか」



 ユースタスの言うとおり、普段であれば幾分理性的な対応をできただろうが、これ以上婚約を長引かせられない理由が明確にあった。彼女の熱烈な愛情に衝き動かされたという単純な側面もないとは言い切れないが、彼女が「レティム」を知ってしまった以上、そして彼の出自を知ってしまった以上、ベルウォルズという生家のほかに強固な盾が必要だった。


 本来ならば、彼女をこのような目に合わせてならなかったというのに。国一番堅牢とも言って過言ではない邸に、ひとり閉じ込めてしまった申し訳なさと悔しさを解消できないまま、目まぐるしい日々に舞い戻ってしまった。


 余韻に浸る時間もなく慌ただしく籍を入れてしまったうえ、新婚早々、蜜月ともいえる期間を伴侶以外のことに奔走する夫など、失望し厭になったとしてもおかしくない。


 自分は、彼女と妻と夫という関係になれたことに後悔はなかったが、彼女はもしかするとそうではないかもしれない。いい齢をした男が情けないとは思うが、理性とはうらはらにウィリアムにもはっきりと感情が芽生え激流のごとく入れ代わり立ち代わり彼女への想いを募らせずにはいられなかった。


 そういうこともあって、かえって忙しいほうが落ち着いていられたのかもしれない。今ここで国のために、大陸のために動いていなかったとしたら、きっと目の前にいる長い付き合いの男にどう振る舞えばいいかもわからなくなっていただろう。そのくらいには、復讐に捧げた人生を彼女が塗り変えてしまっていた。


 ノーゼリアに足を踏み入れたばかりのころは、まったくその気などなかったというのに。養子に跡を継がせたミュリルーズの先代子爵と同じく、自分もいずれはレイヴェンヴェルグの姻戚筋から養子をとって継がせようと考えていたし、婚姻などというのは、自分には一番関係のないものだと考えていた。過去にとらわれるあまり、容れ物だけが立派に整ってその実空虚だった人生の中で、エレノアとの結婚は青天の霹靂とも言えた。


 リエフで出会ったとき、すでにエレノアはリディストン伯爵家の嫡男の婚約者だった。ノーゼリアに入国したとき、かれらは間もなく結婚式を挙げると耳にしていたし、ある日の夜会で偶然彼女を見かけたときには幼なじみに寄り添ってたおやかに笑みを浮かべていた。


 それだから、かれらの婚約が解消となったと耳にしたとき、まさか、と思った。それでも、そのときはまだ、自分が新たな婚約者に立候補しようなどとは思ってもいなかった。


 志半ばで伴侶を得たとしても、身動きがとれなくなるだけ。(そもそも、伴侶を得ようとも思っていなかったわけだが)自分は自分の役割を完遂し、その後は静かに国へ帰るだけ。もしかすると、どこへも帰らなかったかもしれない。だが、ウィリアムは結局、エレノアのもとへ歩み寄ってしまった。ベルウォルズ伯爵に婚約の申し出をしたのは、エレノアが婚約解消をして、数日の空白の末だった。


 彼女は不思議に思っていないだろうか。もしかすると、すでに疑問を抱いているだろうか。なぜ、傷跡を癒すように現れた求婚者が、ウィリアムであったのか。


 しかし、ドミニクもかわいそうなやつだ、とユースタスはウィリアムの侍従の名前を出す。



「私の次に戻ってきたのが彼だったからな、それに、社の中で馬を走らせるのが最も早い」

「君の次にだろう。まさかここまで重宝されるとは、ウィーズグリーンにとっても誇り高いよ」



 ドミニクは今でこそミュリルーズ家の侍従であり、リエフきっての貿易会社の社員だが、もとはレイヴェンヴェルグ家の配下にある諜報組織を担うウィーズグリーンの人間だった。そんな彼を小間使いのごとく使うのは君くらいだとユースタスは一笑した。


 最初の話にはなるが、この重要な局面でさっさとリエフから戻ってしまったウィリアムに、周囲の人間が少なからず面食らったのは忘れてはならない。あらゆる処理を終えた今でこそ腰を据えて会合への最終調整に臨んでいるが、ノーゼリアへ戻ってきて数日は酷い日々であったことはそれぞれの記憶に新しい。


 エレノアの無事を確認したウィリアムに与えられた試練は、次に彼の侍従をなだめることであった。だが、急いで上司であり主人を追いかけてきた彼を、問答無用で自国へとんぼ返りさせたのもウィリアムであった。



「奥方のご体調は」



 ユースタスはモノクルを手のひらに落としてクロスで丁寧に拭う。

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