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第3話② 名前(女の子)


「――夏陽、まだフユちゃんのこと名前で呼んでないの?」


 学校帰り。私がちょっとしたことを姫ちゃんに相談すると。

 姫ちゃんは少しだけ驚いたような顔をしてた。


「う、うん。でもハルくんって、意外と恥ずかしがり屋さんだから――」

「騙されちゃダメよ、フユちゃん‼ あいつの場合はヘタレっていうの‼」


 隣を歩いていた姫ちゃんが、私の両肩を掴んで激しく揺らす。

 だ、ダメだよ、姫ちゃん‼

 う、後ろにハルくんがいるのに‼


「それにしても名前か~。あいつ、緋色以外は全員苗字呼びだからね」

「姫ちゃんのことも苗字呼びだよね。幼馴染なのに」

「夏陽はあくまでも緋色の友達だからね。私とは明確には知り合い程度かな」

「でも姫ちゃんも、ハルくんとは仲良しさんだよね?」

「付き合いだけは長いからね」


 三人は幼稚園からの付き合いで。

 ハルくんは姫ちゃんの大好きな柊くんの友達。

 今日は珍しく、ハルくんが柊くんの家へ遊びに行くところ。

 そして私も偶然、姫ちゃんの家へ遊びに行くところで。

 少し離れた後ろの方からは、今もハルくんの声が聞こえてる。


「あいつ、昔から緋色と一緒に居たから。自然とね」

「仲良いよね、二人とも」

「本当、こっちがムカつくぐらい」

「……姫ちゃん」


 姫ちゃんが顔を後ろの方へ向ける。

 それに吊られて私も後ろを振り返る。

 すると少し離れたところで、ハルくんと柊くんが喋ってた。

 ハルくんがまた怒って、柊くんはいつも通りの無表情。

 私たちはすぐに前を向き直す。


「柊くん、また真顔のままだね」

「そう? すごく楽しそうだけど」

「流石、姫ちゃん。私には全然、わかんないよ」


 ハルくんが楽しそうなのはわかるのに。

 クラスにいる時も、柊くんとは唯一楽しそうにお喋りしてるし。

 もしかしてハルくんの好きな人って――


「ハルくんも柊くんが好きなのかな?」

「『も』って何⁉ 私と夏陽を見比べないでくれる⁉」

「だって……」

「確かに時々気持ち悪いぐらいに仲はいいけど……」


 もう一度、私と姫ちゃんは後ろを振り向く。

 今度は二人とも、いつの間にか険悪なムードで。


「何があったのよ⁉」

「喧嘩はダメだよ‼」


   ***

「喧嘩なんてしてないよ」

「酷い言われようだよな」


 私と姫ちゃんのすぐ後ろ。

 そこまで近づいて来た二人。

 ハルくんも柊くんもすごく冷静で。

 さっき、少しだけ焦った私たちの方が恥ずかしいよ~。


「ならなんであんな雰囲気だったのよ、夏陽」

「なんで俺限定? というかマジで喧嘩とかしてねぇから」

「そうだね。ただハルがチキン野郎だっただけ」

「何を⁉ だからお前はもう少しオブラートに――」

「そうしたら、一生伝わらないじゃん。ハル、バカで鈍感なんだから」

「おまっ⁉ 人が気にしてることをそんな堂々と⁉」


 相変わらずの歯に衣着せぬやり取り。

 これも理想的なお友達の会話だよね。


「私たちもいつか、あんな喧嘩ができると良いよね」

「フユちゃん⁉ なんで期待の眼差しで私のこと見てるの⁉」


 でも私、ちゃんと喧嘩できるかな?

 その後、ちゃんと仲直りもしたいよ。


「だから喧嘩じゃねぇって」

「本当に心外だよね、ハルの所為で」

「なんで俺の所為なんだよ‼」

「ごめん、間違えた。チキンの所為だ」

「誰がチキンだ‼」


 ハルくんと柊くんはすごく仲良しで。

 やっぱりハルくんもすごく楽しそう。

 なんだか少しだけ、妬けちゃうな。

 私は自分の感情に気づいて、俯く。

 すると不意に姫ちゃんが――


「ところで夏陽。アンタ、緋色のことが好きなの?」

「……何をいきなり気持ち悪いことを」

「……冗談でもやめて。悪夢で見そう」

「だってハル、緋色だけは名前呼びじゃない」

「…………」

「…………」


 どうしてか、姫ちゃんの言葉に無言になる二人。

 私と姫ちゃんは歩きながら、後ろを確認する。

 すると二人とも――


「…………」

「…………」


 無言のまま、すごく難しい顔をしていて。

 あの無表情な柊くんですら、唸り声を上げてた。


「……キモいな、俺」

「……お願いだから。早く勇気出してよ」


 二人ともお互いから顔を逸らして。

 そのうえで、私たちに聞こえないぐらいの声で何かを言い合う。

 それに私と姫ちゃんは同時に首を傾ける。


「どうやら無意識だったみたいね。そもそも二人とも他に友達いないし」

「そ、そんなことないぞ⁉」

「そうだよ。僕にだって他に友達ぐらい――」

「なら実際に名前ぐらい言えるわよね」

「…………」

「…………」

「どうしてまた顔を逸らすのよ‼」


 今度は二人とも、同じタイミングで首を傾げる。

 たぶん、さっきの私と姫ちゃんみたいに。

 本当に二人ともすごい仲良しさん。

 だから見てると可笑しくて、つい私は笑った。

 声を出して思わず笑ってしまった。


「ど、どうしたの、フユちゃん?」

「ハルの所為だ。ハルが変な顔するから」

「お前だって同じ顔をしてただろうが‼」

「バカね。緋色の悩み顔は貴重よ」

「そこ‼ 今、明らかに贔屓しただろ‼」


 素直な気持ちをぶつけ合う三人。

 それを見てるだけでなんだか――


「三人とも、仲良しさんで羨ましいかも」


 気づいたら、思わず呟いてた。

 だけどハルくんが。


「何言ってるんだ? お前ももう仲良しだろ」

「……え?」


 ハルくんの不意の解答。

 それに思わず、胸の鼓動が早くなった。


「そうだね。姫とはもうすっかり仲良しだね」

「ええ。私の自慢の親友だもの」


 ハルくんに続いて、柊くんと姫ちゃんが言う。

 そしてハルくんの隣を歩いていた柊くんが――


「だからいい加減、ハルも名前で呼んだら」


 柊くんの提案に、私は恥ずかしさで一杯になる。

 確かにハルくんに名前で呼ばれたら嬉しいけど。

 いきなりそんなことされたら、頭が爆発しちゃうよ~。


「ちなみに僕は、姫以外の女の子を名前で呼ぶ気ないから」

「ちょっ⁉ 急にこっちにまで不意打ちしないでよ‼」


 私の隣を歩いていた姫ちゃんの顔が真っ赤になる。

 そのまま姫ちゃんはスピードを落として、ハルくんと柊くんに並んだ。

 だけど、入れ替わるようにハルくんが前へ出てくる。


「夫婦喧嘩が始まったから緊急避難な」


 私はハルくんの言葉に小さく頷く。

 その直後、ハルくんが話を逸らすように。


「さっきの緋色の話だけどさ」

「……うん」

「別に変な意味じゃなくて、俺も『フユ』って呼んでもいいか?」

「…………いいよ」


 恥ずかしさに押しつぶされそうだった。

 でも自然と口から本音が溢れて。


「か、勘違いするなよ。単純に『秋月』よりも、『フユ』の方が文字数少ないから――」

「変なところで照れ隠しすんな‼」

「本当にハルは何処までもチキンだね」

「後ろから二人で人の頭を叩くなよ‼」


 皆が騒ぐ中、私は嬉しさでその声を遠くに感じていた。

 だってすごく大切な人が、これからは私のことを――


「フユも二人に何とか言ってくれよ‼」


 名前で呼んでくれるから。

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