第3話① 名前(男の子)
「――ハルは秋月さんのこと名前で呼ばないの?」
秋の始まり。
体育終わりの水飲み場。
水道で水をガブ飲みする俺と。
それを隣で眺めている緋色。
俺は緋色の言葉に思い切りむせた。
「ケッホ。ケッホ。なんだよ、いきなり藪から棒に」
「だって、秋月さんはハルのこと名前で呼んでるから」
体操着姿で校舎へ戻って行く秋月。
つい、そちらに視線が向いてしまう。
そして一瞬、秋月と目が合った気がした。
俺は恥ずかしさに負けて、たまらず視線を逸らす。
「相変わらずわかりやすいね」
「何を⁉」
「好きなら名前ぐらい呼んであげなよ」
……こいつ、自分は桐咲を名前で呼べるからって。
つうかなんだよ。親友の俺にも好きな相手内緒だったとか。
そりゃあ確かに、俺も緋色には隠してたけどさ。
「そ、そんなに簡単に呼べたら苦労しねぇよ」
「そういうもの?」
「お前には一生わからないだろうな‼」
「うん。僕、姫のことは名前でしか呼んだことないから」
「何のアピールだよ‼」
***
確かに緋色の言う通りだ。
好きなら名前で呼ぶべき。
それなのに俺は――
「ハルくん。今日はちゃんと宿題してきた?」
「い、一応。また間違いだらけだと思うけど」
また隣の席になって少しは話すようになった。
だけど相変わらず心の中は落ち着かない。
秋月と会話しようとすると、無意識にぎこちなくなる。
俺が変に意識し過ぎてるだけだ。
俺は一番前の席で机に突っ伏す。
その間、秋月は教科書を眺めていた。
そんな彼女を横目でチラリと見る。
勉強に夢中な秋月も可愛いと思った。
「今日はハルくん、絶対に当てられちゃうね」
「俺、数学苦手なんだけどな。国語の方がまだ好きだ」
「いつも楽しそうに本読んでるもんね」
「まあ、俺が本当に好きなのは漫画だけどな」
「…………」
「…………」
男子のバカ騒ぎ。
女子の話し声。
色々な音で溢れ返る教室。
それなのに俺と秋月の周り。
そこだけ静かだった。
それもぎこちない静かさ。
……誰か、俺に助け舟を――
「なーつひ‼」
俺が机に突っ伏していると、背中に何かが圧し掛かった。
声と行動で大体わかる。こんなことするのは――
「なんだよ、桐咲」
桐咲が俺の背中に体を乗せていた。
「流石、ハル。よく気づいたね」
「気づくわ。こんな間抜けな声すぐに」
桐咲姫と柊緋色。
俺の幼馴染二人。
その二人が俺の席の隣にいた。
桐咲が体を起こすと、俺もすぐに体を二人の方へ向ける。
すると珍しく、桐咲が俺に頭を下げていた。
「この前は緋色に付き合ってくれて本当にありがとう」
両手をパチンッと合わせる桐咲。
その行為に緋色は無言で首を傾げてた。
「別に大したことは……確かに色々とアレだったが」
「毎年変なものばかり、プレゼントして来るのよね」
驚きの連続だった。
防犯ブザーを買おうとしたり。
催涙スプレーを買おうとしたり。
極めつけは勝手に警備会社との契約。
……クールなのにどこかズレてた。
「俺はただアドバイスしただけだ」
「うん。ハルも珍しく役に立った」
「それ、お前が言うセリフじゃないからな」
相変わらず謎に上から目線の緋色。
これでも本人的には褒めているつもりだ。
ずっと一緒にいる俺から見ても不器用。
もっと言い方を考えればいいのに。
「ところで夏陽。夏陽の誕生日っていつだっけ?」
「幼稚園から一緒に居るのに覚えてないのか?」
「緋色の誕生日を覚えるだけで精一杯なんだもん」
「なら後で緋色に聞けば――」
「僕も忘れた」
「お前、俺の親友だよな‼」
「うん。でも今は忘れた」
意味が分からなかった。
今はってなんだよ?
相変わらず考えが読めない。
でもまあ誕生日ぐらい。
「――十二月二十四日」
「そっか‼ そういえば、クリスマスだったね‼」
「世界で一番覚えやすい誕生日だろうが‼」
「でもクリスマスの方が主役だから」
「お前はどっちの味方なんだよ、緋色‼」
それから授業始まりのチャイムが鳴った。
すると、二人はあっさりと自分の席へ戻って行く。
一体、なんだったんだよ。
誕生日プレゼントをくれるとか。
そういう感じの話じゃないのかよ。
「……ハルくん、クリスマスが誕生日なんだ」
「そうなんだよな。おかげで母ちゃんも父ちゃんも忘れて――」
感情のままに漏らした声。
言い掛けて気がついた。
会話の相手が秋月だと。
「そ、そういえば、秋月の誕生日って――」
「私も……」
秋月が何かを言い掛ける。
言い掛けて。
一度黙って。
また。
「私もクリスマス……だよ」
隣に視線を向けた時、秋月の顔が真っ赤だった。
たぶん、俺も同じ顔をしていたと思う。
でも秋月は、偶然クラスメイトと同じ誕生日だったことで。
そして俺は、偶然好きな女の子と同じ誕生日だったことで。
俺が照れて顔を俯かせていると、教室の後ろの方から。
机をバンバンと叩く音。
女の子の笑い声。
それを注意する男子の声。
その三つが聞こえていた。
それらは先生が来るまで続いていた。
***
「姫、笑い過ぎ」
「だって、あの二人が……」
「机も叩き過ぎだよ」
「でも見てよ、あの二人の顔」
「本当だ。二人ともトマトみたいに真っ赤だ」
「もう‼ 見てるこっちが照れるじゃない‼」
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