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第9話① 特別な関係(男の子)


「――どうしたの?」


 やや遅めの昼食の後。

 その後片づけの最中。

 隣で皿を洗う緋色に尋ねられた。


「わかりやすく上機嫌だよね?」

「バ、バカ野郎‼ 俺がそんな簡単に上機嫌になるわけがないだろうが~」

「うん。わかりやすすぎて逆に不気味だよね」


 俺は緋色から洗い終わった皿を受け取り、それを布巾で拭いて行く。

 ちなみに女性陣は現在、母ちゃんに呼ばれて二階へ行っている。

 一体何をしているのやら。

 ……フユに変なことしてないだろうな?


「それよりも良かったね。秋月さんと仲良くなれて」

「……はい?」


 俺とフユは特別な関係になった。

 でもそれはついさっきの話だ。

 それなのに――


「恋人になったんじゃないの?」


 緋色はそれをあっさりと見破ってきた。

 それも顔色的には何一つ動じてないし。


「……なんでわかるんだよ?」

「だってお昼の時、二人とも変だったから」

「ど、どの辺がだ⁉」

「まず二人とも、一度もお互いの顔を見てないよね?」

「そ、それぐらい――」

「会話すらしなかったし」

「それだって――」

「ハルが秋月さんを一分以上無視できると思うかい?」

「そんなことできるか‼」


 流石は幼馴染というべきか。

 色々と当っていた。

 確かに昼飯の時、俺は敢えてフユの方を見なかった。

 仮に見てしまえば、一瞬で顔が赤くなることは必至。

 それでバレる可能性すら、あったのだから。


「……桐咲にもバレてるのか? ウチの母ちゃんには?」

「たぶん、大丈夫じゃないかな。二人とも恋愛事には鈍いし」

「……それ、桐咲が聞いたら怒り散らすだろうな」


 緋色だって十分に鈍いと思う。

 まあフユの気持ちに気づかなかった俺もだが。


「それで付き合うことになったの? 結婚式はいつ? 子供は何人?」

「……お前、平気でそういう弄り方してくるよな」


 俺にとって最もバレたくない相手は親。

 その次に緋色と桐咲の幼馴染コンビだった。

 それなのによりにもよって――


「付き合ってはない。俺もフユもそういうのはその……照れくさいし」

「また日和ったんだ、ハルが」

「いや、フユも――」

「秋月さんはいいんだよ。ハルはダメだけど」

「相変わらず俺には手厳しいよな」


 拭いた皿を重ねていき、タワーを建設していく。

 それは少し手で押せば、床へ落ちる程危ういバランス。

 まるで今の俺の心のような状態だ。

 その状態の俺に対して緋色は。


「それで二人は明確にどういう関係なの?」

「……少なくても一言では表せられないな」


 今の俺とフユの関係は恋人ではない。

 ましてただの友達とも違うし。

 他人になんてなれるはずもない。

 強いて挙げるなら――


「特別な関係としか言えない」


 一緒にいたい時には一緒にいて。

 話したい時には話す。

 それでお互いに『好き』という気持ちを抱いてる。

 そんなの傍から見たら、ただの恋人でしかないけど。

 でも俺たちは、簡単には言い表せない関係を望んだ。

 簡単に言い表せてしまったら、簡単に終わりそうな気がして。

 俺はともかく、フユも薄々それを感じたのかもしれない。


「でも良かったの? これから先の人生も長いんだよ? 別れる可能性も――」

「いきなり幸せ絶頂期のバカを脅すな‼ そもそも絶対に別れないし‼」

「でも秋月さんがハルのことを嫌いになったら――」

「そしたら、また好きになってもらえるように頑張るさ‼」

「……たぶん、そこが僕とハルの大きな違いなんだろうね」



    ***

 皿を片付けてリビングで台本を読んでいた時、ふと緋色の言葉が脳裏によぎった。

 別に緋色と俺には大した違いなんてない。

 ……いや、性格に関しては色々あるけど。

 でも恋愛観に関しては、たぶん似ている。

 だって緋色も結局は桐咲が好きで、いつもそのことしか頭にないんだから。

 俺だっていつも頭の片隅にフユのことがある。

 ……まあ今は九割方フユのことばかりだけど。


「あいつだって、振られても諦めないクセに」


 俺は子供の頃から緋色と桐咲を見てきた。

 だから当然、二人の互いに対する思いにも。

 でも緋色も桐咲も気づいてない。

 桐咲は緋色に対しては鈍感だからわかるけど、緋色に関しては別だ。

 あいつは桐咲のことでも他と変わらず敏感だ。

 それなのに、桐咲の気持ちには気づいてない。

 無理矢理。気づいていないフリをしているみたいに。


「……ハルくん」


 俺が台本を読んでいる時だった。

 後ろから急に声を掛けられたのは。

 振り返るまでもない。

 声を聞いただけで心臓が軽く弾んだ。

 それだけで誰かなんて簡単にわかる。


「母ちゃんたちとどこに行ってたんだ、フユ。そろそろ演劇の練習を――」


 背中に温かみを感じた。

 それと一緒に強い心臓の鼓動を。

 ドキドキと響き渡る音。

 その音と一緒に俺の心臓もリズムを刻む。


「なっ……何してるんだよ⁉」


 俺はカーペットの上に座り、台本を読み耽っていた。

 そんな俺の背後からいきなり、フユが抱きついてきたのだ。

 そのことに俺は図らずも動揺する。


「こ、こんなところ誰かに見られたら――」

「充電中。少しだけこのままで居させてよ」


 フユの声が近い。

 耳に息が掛かる。

 なんだ、この状況は⁉

 確かに両想いだけど。

 これは流石にまずい。


「バカッ。いくらその……お互いに好きとはいえ、いきなりこんなこと……」

「好きだからだよ。好きだからもっとハルくんに近づきたいの」


 フユは時々、無意識でクリティカルヒットを与えてくる。

 そんなこと言われたら、普通に嬉しいに決まってるだろうが。

 誰かに見られる? そんなこと注意できるはずがない。

 見られても構わないとさえ、ついうっかり思ってしまう。

 ……母ちゃんに知られるのは御免だけど。


「あと一〇秒だけだぞ」


 俺は思わず自分の肩に乗ったフユの手に触れた。

 フユの手は少し熱を持っていた。

 それも俺の手と同じぐらいの熱を。

 ……恥ずかしいなら、やらなければいいのに。

 ……俺もフユにはもっと『近づきたい』けど。


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