第6話① 夕暮れ(男の子)
「――死ぬ。本当に死ぬ」
職員室にいた先生に新しい台本を届け。
先生の名を語って、残っていたメンバーへ要望書の解答。
これから空き教室に戻ったら、フユと演技の練習をして。
家に帰ったら、今度はセリフと演出のすり合わせを考える。
さらに美術班と衣装班の詳細なスケジュールも必要だ。
演技が良くても、それらが完成しないことには意味がない。
でも指揮してるのは緋色と桐咲。
適度に休憩を挟める二人。
現に今日は早々と切り上げていた。
だけど、そこまで二人の負担を増やしたくない。
それを考えると、俺がスケジュールを作るのがベストだ。
「……十二時までに寝られればいい方だな」
そういえば、空き教室を出る前。
フユに何かを言われた気がする。
あの時は急いでて聞けなかったけど、戻ったらちゃんと聞かないと。
それにしてもさっき、すれ違った二人は誰だったんだ?
妙に馴れ馴れしい態度だったけど、顔すら覚えていない。
そして俺はようやく、空き教室に辿り着く。
ボーっとした頭を切り替えるため、軽く両頬を叩いた。
よし。これなら演劇の練習にも支障はないはずだ。
「悪い、フユ。少し手間取ってだいぶ遅れた。早く演技の練習を――」
空き教室に入った時、そこには神妙な面持ちの緋色と姫がいた。
手には何かの紙切れ。だけどフユの姿はどこにもなくて。
「なんだよ、フユのやつ。トイレにでも行ったのか?」
俺は壁際を確認する。
そこにはまだ俺のランドセルとフユのランドセル。
二つのランドセルが並んで置かれていた。
そして少し離れたところに別のランドセル二つ。
きっと緋色と桐咲のやつだ。
でもどうやら、フユはまだ学校にはいるらしい。
なら大人しく待って――
「どこに行ってたのよ、夏陽」
鋭い目で桐咲に睨まれた。
あんな目をされたのは、幼稚園の頃に緋色との勝負に一回だけ勝って以来。
いつものゴミを見るような目とは違う。
「監督としての仕事を全うしてきたんだよ」
「監督? ふん! 聞いて呆れるわね」
「な、なんだよ……」
高圧的な桐咲の態度に、思わず腰が低くなる。
別に桐咲に怒られる覚えはない。
確かに衣装班の申し出は断ったが。
それをまだ桐咲は知らないはずだ。
「姫、言っても無駄だよ」
そしてその隣に立つ緋色。
緋色は俺ではなく、姫のフォローをした。
別段いつもと変わらない。
緋色はいつでも姫の味方だ。
だけど今日はどこか違って。
「ハルにはわかるはずないから」
いつもの感情がよくわからない無表情じゃない。
何故か、俺に対して怒っているような顔をしていた。
いや、厳密には眉の位置以外ほとんど変わらないけど。
「何の話だよ? 作業が終わったんなら、大人しく先に帰――」
「これよ、これ‼ フユちゃんの練習を手伝いに来たら、こんな置き手紙があったの‼」
「置き手紙?」
どうせ、『トイレに行く』とかそんな感じのやつだろう。
別に心配する必要なんて――
「フユちゃん、王子役を続ける自信がないって」
「そんなの俺だってないわ、お姫様役なんてな」
そんな我儘を聞く余裕なんてない。
それを通したら、全部通さないといけない。
それよりも今は一人でも劇の練習を――
「ハルさ。秋月さんのこと心配じゃないの?」
「心配するほどのことじゃ――」
「僕なら姫がこんな置き手紙を残して消えたら、全力で探しに行くよ」
「……何が言いたいんだよ?」
「言わなくても、いつものハルならわかるでしょ?」
「……残念ながら俺はエスパーじゃない。人の考えなんてわからない」
俺はそれだけ言って、椅子に座り台本を開いて心の中で読み返す。
すると、緋色と桐咲が慌てて飛び出して行く。
置き手紙を真に受けるなんて暇なやつら。
俺にはそんな余裕なんて一切ない。
俺が足を引っ張るわけにはいかないから。
「…………」
空き教室に静寂がこだまする。
本当に俺が台本を捲る音以外聞こえない。
そういえば、さっきフユが何かを言い掛けていたな。
もしかして、さっきの置き手紙に関係することか?
言ってくれれば、話ぐらいは聞い……本当に聞いたか?
現に俺は一度、忙しいのを理由に後回しにしたんだぞ。
ふと脳裏に、先ほどのやり取りが浮かぶ。
「……何やってるんだよ、俺」
俺は秋月フユのことが好きだ。
その気持ちだけは誰にも負けない。
それがたぶん、俺の世界で一番自慢できること。
それだけは絶対に誰にも負けたくない。
そのはずだったのに――
気づいた時、台本を机の上に放り出していた。
それから――
「ふん‼」
机に思いっきり頭突きをかました。
超痛い。額の辺りがヒリヒリする。
だけど――
「ここ最近じゃ、最高の気分だな」
ずっと霞がかってた頭の中が晴れていく。
モヤモヤしてた気持ちや変な責任感。
それが消えて行くがした。
そして。
「……フユ」
気づいた時、無意識に名前を呼んで駆け出していた。
俺はいつも人より遅れて気がつく。
大切なことや大切なもの。
『――ハルくんならなれるよ』
誰かの優しい言葉とかに。
「……俺のバカ」
額から血が流れているのにも気づかず、俺は唇噛み締めた。
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