第5話② 練習(女の子)
「――だー‼ 全員、要望を次から次へと‼」
放課後の空き教室。
私とハルくんは練習をしてた。
その前にハルくんは監督のお仕事。
「何が『魔法使い』を増やせだ。何が『老婆役は嫌』だ。こっちの苦労も知らずに」
ハルくんはノートを開いて、そこに何かを書き続けてた。
そのノートはもうボロボロで、何度も書き残した後だらけ。
「美術班と衣装からの要望? 『予算を3倍にしろ』無理無理。小学校の学芸会だぞ」
皆が書いた先生(表向きには監督)への要望。
それに目を通すハルくん。
その姿は本当に大変そうで。
「悪いな、フユ。もう少し待ってくれ。台本の手直しだけ終わらせる」
「私は大丈夫だけど。その……ハルくんもあんまり無茶しちゃ――」
「バーカ。俺が無茶しないで誰が無茶するんだよ。俺、監督だぞ」
ハルくんがノートに文字を書きながら、私の言葉に答える。
だけどその視線はずっと下。ノートの方を向いたままで。
ハルくんは一切、私なんて見ていなかった。
大変なのはわかるけど、それがすごく嫌で。
少しだけ心の中がモヤモヤして。
目を合わせて、お話したかった。
「台本の変更と要望の精査完了。じゃあ俺、職員室へ行って先生に渡して来るな‼」
書き終わったノートと要望プリントの束。
それを抱えて、一人で行こうとするハルくん。
一緒にいるのに、私には何も頼ろうとしない。
私もハルくんを手伝いたいのに――
「ハルくん――」
「悪い‼ 話なら後から聞くから‼」
ハルくんは私の言葉を遮って、廊下を掛けて行った。
空き教室に残されたのは私だけ。
だから空き教室の中は静かなまま。
きっと教室にいる皆はもっと楽しく……。
それを思うと、なんだか今の状況が寂しかった。
好きな人と一緒に王子様とお姫様役。
それなのに今、私の心は寂しさの方が勝ってる。
一緒にいて、ハルくんの事情も知っているのに。
『手伝って』の一言すらない。
もしかして私、ハルくんにとって邪魔――
「どうしたの⁉ フユちゃん‼」
私が俯いて、今にも泣いちゃいそうな気持になってると。
教室の入口から聞き慣れた女の子の声が聞こえた。
思わずそこへ視線を向けると、そこには姫ちゃんと柊くんの姿。
二人ともランドセルを背負ってた。
「今日の衣装班と美術班の仕事が終わって来てみれば……まさか夏陽に何かされたの?」
「落ち着きなよ、姫。確かにハルはデリカシーとかないけどさ」
「でもあの夏陽よ。変なことをフユちゃんにした可能性も……」
「それは無いよ。さっきすれ違ったでしょ」
「ええ、そうね。声を掛けたけど無視されたわ」
ハルくんが二人を無視?
姫ちゃんの言葉が胸に突き刺さる。
だって私の知るハルくんはそんなこと――
「ほら。姫の所為で秋月さん、困ってるよ」
「そ、そんなことないよ‼」
柊くんは人の表情に敏感。
特にハルくんの表情には。
だから柊くんなら何かを。
「柊くん。ハルくんのことだけど――」
「いい状態じゃないよね、今のハルは」
ランドセルを壁際に置きながら、柊くんは答える。
それを見て、その隣に姫ちゃんもランドセルを置いた。
そして姫ちゃんも。
「ああいう夏陽は何度も見て来たけど、そろそろまた倒れるわよ」
「倒れ……え⁉ ハルくん、倒れたことがあるの⁉」
「低学年の頃だよ。その頃は劇とかは関係なかったけどね」
「あいつ、頼られると『嫌』なんて言えない質だったもの」
今のハルくんは人に頼られても、嫌なことはちゃんと嫌って言う。
今回は先生からの頼まれ事だったから断らなかったのかな?
でもやっぱり、私から見ても今のハルくんはすごく変で。
「今のハルは嫌いかな。いつものハルの方が好き」
「…………」
「…………」
柊くんの言葉に私と姫ちゃんは沈黙する。
いつもハルくんに意地悪なことばかり言う柊くん。
その柊くんが――
「緋色、熱でもあるんじゃない? アンタが――」
「紛れもない僕の本音だよ」
「改めて聞くと気持ち悪いわね、好き宣言」
「単純に友達として退屈はしないだけだよ」
「……確かに見てて飽きたことはないわね」
柊くんの言葉に頷く姫ちゃん。
私はどうなんだろう?
頑張ってるハルくんは格好いいと思う。
それは本当の気持ち。
だけど今のハルくんは冷たくて。
お友達の柊くんにも気づかない。
……それって私の大好きなハルくん?
でもそれもハルくんの一面だと思うし。
頑張ってる人に『頑張らないで』なんて言えない。
だけど私の本音は――
「頑張ってるハルくんも好きだよ」
クラスの皆のために頑張って。
いつもとは違って必死なハルくん。
だけど、その姿がすごく寂しくて。
見てるこっちが悲しくなっちゃう。
それに今のハルくんは――
「でも私はいつもの笑ってるハルくんが好き」
今のハルくんは笑わない。
朝以降、一回も笑ってない。
ここでハル君の『夢』の話をした時。
あれがハルくんの笑顔を見た最後。
それからはずっと怒ったり難しそうなお顔で。
一回も目がキラキラにならない。
「僕もバカみたいに笑うハルが好きだよ」
「夏陽が聞いたら、絶対に怒りそうな発言ね」
「僕としてはその方がいいけどね」
柊くんが小さく笑う。
確かにいつものハル君なら――
『誰がバカみたいだ‼ 無表情トーテムポールよりマシだ‼』
なんて叫ぶかも。
……そんなハルくんの方が好きだな。
口は悪くても、そっちの方が暖かくて。
本音でお友達とぶつかってるみたいで。
「秋月さんもあのバカさが好きなんでしょ?」
「すっ⁉ どうして柊くんがそのこと――」
「ムカつくことに。緋色は夏陽のことに敏感なのよ」
「そんなことないよ。姫のことの方がわかるし」
「なら私の好きな色。好きな動物。好きな――」
「好きな色はピンク。動物はウサギ。食べ物は甘いもの全般。休みはいつもお菓子作り」
「な、なんでそんなに詳しいのよ⁉」
「姫のことならもっとわかるよ」
「……私だって緋色のことぐらい――」
私は今、ここにハルくんがいなくて良かったと思った。
だって、こんな真っ赤なお顔見せられないよ~。
姫ちゃんに私の気持ちを知られた時と同じ。
胸の鼓動が早くなって、お顔が熱くて。
恥ずかしくて、手もプルプル震えてる。
でも嫌じゃないよ。
ハルくんが好きなのは本当だから。
それに今の私は――
「二人に手伝って欲しいことがあるの‼」
ハルくんの王子様だから。
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