第5話① 練習(男の子)
「――はぁはぁはぁ」
やや寒くなってきた九月の早朝。
俺はすごく早い時間帯に通学路を走っていた。
学校でフユと演劇の練習をするためだ。
そのために空き教室まで借りている。
今日で演劇練習は二日目。
とは言っても如何せん、俺のセリフが多すぎる。
……なんであんな脚本にしたんだろう。
我ながら今は後悔しかしていない。
だけど――
「ハルくん、おはよう」
通学路で待ち合わせして、フユと学校へ行けるのは。
俺にとってはほんの少し――いや、かなりラッキーだ。
「今日もお家から走ってきたの?」
「ギリギリまで寝ておかないと、キツいからな」
演劇練習が始まって二日。
早くも台本の変更点が浮き彫りに。
学校では劇の練習をして、家では脚本の手直し。
そこに先生の指示書まで書いている状態。
本当、いつか倒れそうで怖い。
それだけは絶対に避けないとな。
「それよりも今日もフユの方が早かったか」
「そんなことないよ。私が来たのも少し前だから」
「……こういうのは男が先に来るもんなんだけどな」
「なら私で大丈夫だね。だって私今、ハルくんの王子様だもん‼」
フユの笑顔に少し優しい気持ちになる。
やっぱりフユはいいやつだ。
前から知っていたし、そこが一番好きな部分でもあるけど。
改めて自分が窮地に立たされると、それがはっきりとわかる。
「そういえばハルくん、もしかしてまた朝ご飯抜いて来た?」
「食べるよりも睡眠優先。メシなら給食で賄えば――」
「ダメ。ちゃんと食べないと倒れちゃうよ」
そう言って、フユが俺に押し付けて来たもの。
それはサランラップに包まれたおにぎりだった。
「その……昨日電話で姫ちゃんに相談したら、おにぎりなら食べるかもって……」
そういえば俺、昨日も朝飯抜いて来たんだっけ?
それで午前中の授業はほぼ抜け殻状態。
心配するなって言う方が無理な話だ。
「でも姫ちゃんに聞いたら、具は入れない方がいいって……」
「俺、混ぜご飯とか嫌いだからな。チャーハンは好きなのに」
「そうなの?」
「野菜炒めも肉と野菜を分けてから食うし。ねぎまは串から外して分けてから食う」
昔から緋色には「面倒くさくないの?」なんて聞かれた。
姫に関しては「あ~もう‼ 男ならドーンと食べなさいよ」と怒鳴られた。
緋色に関してはいつも通りだけど、姫に関してはあまりにも理不尽な怒りだ。
緋色だって、野菜炒めのピーマンは必ず取り除いてるのに。
あいつ、ピーマンとかダメだから。
「なんかすごいハルくんっぽいね」
「お前まで俺のことを面倒なやつだと――」
「そういう風にこだわりを持って生きてるところ」
不意打ちみたいに褒められた。
周囲が悪癖と捉えてたものを。
そのことが何故か嬉しくて。
単純に心の中で舞い上がる。
そして俺はおにぎりを齧る。
塩を塗しただけの単純な塩結び。
だけど確かに特別な味がしていた。
なんていうかこうフユの優しさが。
塩と一緒に込められていた。
***
整った顔立ち。白い肌。
長いまつ毛に。どこかいい匂い。
フユの顔が近くにあった。
物凄い近く。下手をすればぶつかる程。
それなのにフユは気づいていない。
否、気配は感じているはずだ。
それでも彼女は目を閉じている。
そういう演技をしていた。
そして俺も演技をしていた。
彼女の寝顔に心を奪われていない演技を。
***
「……やっぱり覚えるセリフが多いな」
一通り練習を終えて、しばしの休憩。
俺とフユは二人して、空き教室の椅子に座り込んでいた。
教室内には、フユが寝たフリをするための机。
俺たちが休憩するための椅子が、既に用意されている。
他にも大量の机と椅子が、教室の後ろの方で山積み状態。
「やっぱり私と役を交換した方が――」
「それはできない」
「どうして?」
王子と姫の役が入れ替わった場合。
間違いなくその理由が問題となる。
だけど俺は――
「……バレたくないんだよ、脚本の件」
「でも皆、絶対にすごいって言って――」
「単純にその……恥ずかしいんだよ、俺が」
そういえば、緋色以外に話すのは初めてか。
まあフユになら別に構わないか。
「小説家になること。それが俺の将来の夢だ」
「…………」
驚いているのか、フユは何も言わない。
けれど俺は一方的に話を続ける。
「ガキの頃から本を読んできて見つけた夢だ。だから脚本を書けたのは素直に嬉しい」
「…………」
「だけどそれと自信は別問題だ。俺はまだ人に誇れるほどの脚本なんて書けてない」
だからバレたくない。
今の情けない自分を晒したくない。
恋とこれについては完全にチキン。
弁明の余地なんてどこにもない。
緋色に罵倒されても無理ないことだ。
だから。
「今はまだ誰にも教えない」
吹聴してしまえば、叶わない気がするから。
とは言ってもだ。
「お前と緋色には知られたんだけどな‼」
緋色に関しては知らぬうちにバレてた。
しかも聞き方が――
『ハル。バカなのに小説家目指してるんだ』
だぞ。今も忘れない親友になって以来、最大の暴言だ。
でも緋色は無謀とは言わなかった。
ただ一言『ハルがなったら、面白いかもね』と。
珍しく口元を綻ばせて呟いていた。
「まあいきなり話されても困――」
「――ハルくんならなれるよ」
俺の声を遮って答えたフユ。
その言葉が俺の胸に響く。
自分でも難しいと思う夢。
親友ですら「なったら」という表現。
それなのに、今年会ったばかりの初恋の女の子は。
堂々と俺の夢の成功を肯定してみせた。
「ば、バカ。そんな簡単に生きられる世界じゃ――」
「ハルくんならなれるよ。だってこのお話、とっても素敵なんだもん‼」
椅子から立ち上がり、フユが俺の元へ近づいて来る。
さっき練習していた時と同じぐらい近く。
でも今度は目を閉じた状態じゃなくて、確かにお互いの目と目をみつめていた。
しかも、今度は唇が触れてしまいそうなほど近く。
こいつには警戒心というものはないのか?
俺は強い疑問を抱く。
それと同時に鼓動は今までにないほど、加速を続けていた。
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