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帯分数は遠いけど  作者: 天そば
第一章 物足りない青春
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物足りない青春 4

   5



《水曜日》



 From   羽原真知(まち)

 To    minorai@******ne.jp

 sub    しつもん!


『今日の五時間目って、家庭科だっけ?』


 昨日は十五分前だったが、今日はなんと四十分前だ。いつ以来だろうか、もしかしたら初めてかもしれない、羽原真知からのメール。それはどう見ても、姉貴宛のものをおれに送り間違えただけだった。家庭科かどうかなんて、知るかというかんじである。


 返事を返すのも億劫なので、おれはもう一度布団を被る。二度寝だ、二度寝。

 しかし、ウトウトしかけたとき、またもやケータイが鳴った。メールだ。


 From   羽原真知

 To    minorai@******ne.jp

 sub    ごめんなさい


『ごめん、送りまちがえちゃって。ちなみに、ミヤに送ろうとしたんだよ(笑)』


 分かっとるわ!

 おれは二度寝を妨げられた怒りから、やや乱暴に二つ折りのケータイを閉じる。何が(笑)だ。睡眠を邪魔された身としては、(笑)どころではない。

 まあいい、と顔まで布団を被り、再び目を閉じた。気を取り直して、まどろみに身を任せよう。


 しかしおれが半分ほど夢の世界の住人になったとき、またしてもケータイが鳴った。今度は着信だ。防護シールの剥がれかかったディスプレイには、『近澤幸乃』の文字。

 ……多分こいつも、姉貴とおれを間違えたのだろう。だが、このまま鳴られ続けても困る。そう思い、寝転がったまま通話ボタンを押す。


「もしもし」


 朝の貴重な睡眠時間を奪われたことに対する怒りを込めて、できるだけぶっきらぼうに言うが、近澤は特に応えた様子もなく、


「おはよう、実くん。今起きたでしょう?」

「いや。お前の前に、羽原からメールがきて起きた。今は二度寝しようと思ってたところだ」


 二度寝は羽原の二回目のメールで妨害されたので、実際は三度寝というのが正しいのだろうが。近澤は興味なさそうに、ふうん、とだけ言った。自分から訊いてそれはないだろう。ただでさえむかついていたのに、ますますイライラしてきた。


「それで、何の用だよ?」

「実くん、あたしね、こう思うの。早起きは三文の徳っていうのは、本当だなあって」

「はあ?」

「だから、実くんもたまには早起きしてみたらってことよ」


 なんじゃこいつは。つまり、おれに早起きをさせるために通話料が出るにもかかわらずわざわざ電話をかけてきたというのか。意味が分からない。


「何が狙いだよ?おれが早起きして、お前に何か徳でもあるのか」

「それは想像に任せるわ。でもね、実くん」

「何だよ?」


 電話の向こうで、近澤が少し笑った気がした。


「こうして話しているうちに、眠気は飛んだんじゃない?じゃあ、あたし、準備があるから」


 それで電話は一方的に切られた。つー、つー、という電子音が虚しくケータイから響いてくる。

 くそ、と叫びだしたい気分で、おれはケータイを耳から離した。確かにイライラのせいですっかり目はさめた。もう二度寝はできそうにないほどに。

 普段の起床時間より二十分と少し早いが、おれはまたしぶしぶとベッドから出た。まったくなんなんだ、どいつもこいつも。


「うわ、何、どうしたの?」


 食卓テーブルで湯気の立つカップに息を吹きかけて冷ましていた姉貴は、おれに相当驚いたようだ。おれが二日連続で早起きするなんて、想像もつかなかったのだろう。何も言わず通り過ぎる。


 洗面所に行くと、無心で歯を磨く。しかしいつも以上に乱暴に。まったくあのふたり、何考えてやがる。特に近澤。おれは部活を引退して朝練から開放され、早々に夜型生活にシフトしたのだ。朝の睡眠に妥協はしたくないというのに。早起きの素晴らしさに目覚めるのは勝手だが、おれまで巻き込むなと言いたい。


 歯磨きと洗顔が終わってもまだ収まらないイライラをひきずりながらリビングに行くと、ソーセージを口に入れながら姉貴は俺を見て、


「今日はこれね」


 と言って、おれのぶんのカップを指差した。何だろうと思い中を見ると、白とピンクの混じった色合いの液体から、湯気が立ち上っていた。いちごミルクだ。


「あんた、好きでしょ」


 その通り、いちごミルクは大好きだ。朝からこれが飲めるというのは、正直、これまでのイライラを補って余りある幸福だ。しかし腑に落ちないのは。


「どこで買ったんだよ、これ」


 このいちごミルクの素は、おれが知る限り、宜野駅からここに来るまでの二つ前の駅、蒲手町(かばてちょう)にしか売っていない。バイトを終えて、わざわざそこで降りて買うとは思えないのだが…。しかし姉貴は、何でもないことのようにさらりと答えた。


「普通に、蒲手で」

「何か用があったのか?」

「いや、特に」

「じゃ、わざわざいちごミルク買うために蒲手で降りたのか?」

「まあ、そういうこと」


 言って、ふいっと目を逸らす。


「何でたかがいちごミルクのために?」

「そりゃあ……、わたしが、急に飲みたくなったからよ」


 ばつが悪そうに今度は視線を下に向け、カップを手にする。

 おれは自分のためにそれ以上は詮索しないことにした。姉貴が飲んでいたのはココアで、いちごミルクじゃないことにも、気づかないふりをした。

 改めて食卓を見ると、今日もメニューは洋風だった。いちごミルクと合わせたんだなと思いながら、いただきますと手を合わせる。


「ねえ、実」

「ん?」

「わたしさ、訊くの忘れてたんだけど…、あんた、大学どこ行くの?」


 ああ、言ってなかったか。まあ、言っていようと言っていまいと、べつに大して変わらない。なぜなら、


「まだ決まってない」


 こういうことだからだ。


「まだなの!?大丈夫?この時期に」

「勉強はしてるよ」

「でもまず大学決めないと。試験科目とかも違うじゃない」


 内心で、大きなため息。返事をするのが面倒くさいというのが本音だ。


「大丈夫だよ、心配しなくて。どうにかなる」

「それならいいんだけど……」


 姉貴はそこで引き下がり、壁掛け時計を見た。そして驚く。


「時間やば!実、わたし、もう行くね」


 昨日のように、大急ぎで出て行った。

 玄関のドアが閉まる音を聞きながら、おれはいちごミルクに口をつける。いつもなら、いちごの甘さと成分無調整ミルクの濃厚な味との絶妙なバランスに感動するのだが……。今日は、どうしてかあまりそのおいしさを感じなかった。

 しばらく食事を進めるが、どうしてもそれ以上食べられず、結局半分以上残してしまった。いちごミルクもほとんど飲まないまま捨てた。


 食器を片付けると、やはり今日も、流しの上にサンドイッチが置かれていた。しかし中の具はしっかり変えてある。

 そして、隣にいつも姉貴が使っているはずの魔法瓶と、いちごミルクの素があった。もし学校でも飲みたいんなら、ここで作ってこれに入れて持っていくといいよ、ということだろう。


 おれはそれらから目を逸らす。

 正則なんかに言われるまでもない。姉貴がそういうやつだってことは、おれが一番よく知っているさ。

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