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帯分数は遠いけど  作者: 天そば
第一章 物足りない青春
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物足りない青春 3

   4



 体力には自信があるわたしだけど、流石に五時間ぶっ続けで立ちっぱなしだと、涼しい顔でしれっと帰りの挨拶をすることはできなかった。


「お疲れ様でしたー。先に失礼します」


 自分でも声に覇気がないのが分かる。頭の中は、早く帰って休みたい、の一言で占領されていた。


「都ちゃん、相当疲れてるねー。帰ったらゆっくり休みなよ」


 店長の土井川(どいかわ)さんが、笑顔で手を振る。年齢は四十代半ば。角ばった、無骨な印象を与える顔をしているけど、実は面倒見がいいこのおじさんをわたしは好きだった。


「そうします。じゃあ、由奈を待たせてるので、これで」


 裏口からお店を出て行く。夜の風はひんやり冷たく、制服とカーディガンだけでは心もとなかった。そろそろコートとマフラーの出番かな。


 裏口をぐるっと周り、駐車場に行く。そこのベンチには、長い髪をひとつに束ねた、背の高い目鼻立ちのくっきりした女の子が腰掛けていた。松野(まつの)由奈だ。ぼけーっと夜空を見上げている。わたしは小走りに近寄り、


「ごめん、由奈。遅くなっちゃって」


 由奈は目を細めて、


「大したことないよ。さ、帰ろっか」


 元気よくそう言い放ち、ベンチから立ち上がる。わたしも一緒に、駅に向かって歩き出した。

 今日はお互い九時に上がりだったけど、わたしが帰る前にトイレに行ったので、由奈は先に外に出て待っていたのだ。


「にしても、今日は大変だったね」


 わたしの言葉に、由奈はああ、と頷いた。


「まさかあんなに注文がくるとは思わなかったもんね、火の玉レンジャーに」


 そうそうと、お互い顔を見合わせて笑いあう。


 今週から子供向けセットのおもちゃが変わり、野球選手のシールから幽霊戦隊火の玉レンジャーのキーホルダーになった。月曜の昼にやっている子ども向けのアニメ番組らしいけど、わたしはこれで初めて存在を知った。従来のものと違い、レンジャーたちが人型じゃないのが何よりの特徴だとか。種類は、火の玉レッド、ブラック、ブルー、イエロー、ピンクの五種類で、どれもすごい人気だったけど、やっぱりリーダーの力はすごいらしく、レッドが一番の売り上げをみせていた。


 しかしこれらのキーホルダー、形はすべてまん丸で、わたしには火の玉というより目と鼻と口のあるカラフルな梅干しにしか見ない。それが果たしてアニメを忠実に再現した結果なのか、ファーストフード店のおまけごときにいちいち手をかけていられるか、という製作側の手抜き精神の表れなのかは分からないけれど、お尻のほうにあるボタンを押すとキーホルダーが光るというよく分からない細工は施されている。長押しすると光り続け、連打すると点滅する。カラフルな梅干しがカラフルな光を放って、正直どう反応していいのか分からない。


 それでも子どもたちのハートはがっちり掴んだらしく、今日の忙しさはこの火の玉レンジャーのおかげであることは否定のしようがない。この脱力感、今年のゴールデンウィーク合宿の帰りを思い出す。


「あの梅干しのどこに、そんな魅力があるのかな…」


 わたしがそう漏らすと、由奈は、


「だよね。アニメ自体も、そんなにおもしろいとは言えないのになあ……」


 うーんと人さし指の先っぽを額にあてながらそう返す。てか、見てるんですか、あなた……。


「弟が一緒に観ようっていうからさ、録画して夜に観てんだよね」

「ああ、泰輔(たいすけ)くんだよね。小五だっけ?」

「うん。でもあいつ、ガキっぽいからあんま小五には見えないよ」


 確かに、何度か見たことがあるけど、とても十一歳には見えなかったな。苦笑して、


「いいじゃない、可愛くて」

「まあね。でも、ガキすぎるのも困りものだよ。未だにかくれんぼしようとか、鬼ごっこしようとか平気で言うからさ、まったく!」


 確かに、高校生でそれはつらい。


「まあ、結局一緒にやることになるんだけど」

「うわ、まじ?」

「うん。しかも、私が勝つと怒るから、わざと負けないといけないんだよね」


 はあ、とため息まじりに言う。


 小さな弟と一緒につまらないと思いながらもテレビを観て、かくれんぼや鬼ごっこで遊ぶときは相手のためにわざと負ける。

 いいお姉ちゃんだな、本当に………。


 そんなこんなのうちに駅に着いた。大量の人でごった返して外に出るだけでも体力を消耗する朝に比べると、この時間帯はかなりましだななんて思いながら、改札を抜ける。わたしと由奈は電車の方向が違うので、ここでさよならということになる。


「じゃあね、由奈」


 と手を振ると、由奈は白い歯を見せて笑いながら手を振り返した。


「うん。また明日ね」


 お互い、別々のホームに向かい、反対方向に歩き出す。しかしわたしは、途中で立ち止まり後ろを振り返った。

 人ごみの中に、由奈の後姿がある。かろうじて見えるその背中は、大勢の人の中にあってもなお存在感があり、光り輝いて見えるようですらあった。


 ユキからもらった本を返し忘れたことに気づいたのは、電車に乗ってしばらく経ってからだった。

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