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帯分数は遠いけど  作者: 天そば
第一章 物足りない青春
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物足りない青春 2

   3



 おれの通っている塾は、宜野駅から西に向かって五分ほど歩いたところに位置している。新設で広めなので、塾生はなかなか多い。入口にはでかでかと、センターまであと××日!と書かれたカウントダウンカレンダーがかかっている。日付の部分は日めくり式になっていて、最近はそれを見るたびに、とうとう百日を切ったかと思いはするものの、別段今まで以上に頑張らなければ、という気は起こらない。


 そんな入口付近にあるベンチに座って、おれと正則は話をしていた。 

 

「いや、だから、まじでパネエんだって、桜井さん」

「だから何がパネエんだよ?心あたりが多すぎて分からねんだよ」


 身長から何から、あいつは平均より頭抜けたものが多すぎるのだ。

 長い腕を大きく広げながら正則が言うには、


「何がって、何もかも、全部、すべてに決まってんだろ!」

「具体的に言え、具体的に。てか、そもそもどこで接点を持ったんだよ?クラスも選択授業も違うんだろ」


 おれがそう言うと、正則は急に先ほどまでのテンションを失い、ああ、とつぶやいた。


「……分かった、お前にだけは話すよ。いいか、絶対、他の誰にも言うなよ。俺、先週の木曜に、担任が作成中の調査書を見ようとしたんだ」


 え、と声が漏れる。気になる気持ちはよく分かるが、それは大いにまずいんじゃないのか。


「まじかよお前。ばれたら推薦取り消しだろ」

「ああ。あのときの俺はどうかしてたよ。馬鹿だった」


 苦々しい表情を浮かべる。まあ、根は真面目なこいつのことだ。相当反省はしたのだろう。


「でも、それが姉貴とどう関係があるんだよ?」

「まあ、簡単に言うとだな。担任が調査書を作成してるときにそれを中断させるよう仕向けるために、俺はある女子生徒の鞄を隠した。成功するかどうかは微妙だったんだけど、運良く全部俺の思惑通りに事が運んで、その女子生徒に呼ばれた担任は調査書を放置したまま地学準備室を空けたんだ。でも俺は土壇場でチキって、調査書を見ることはできなかった」


 それはよかった。未遂で終わったのならセーフだろう。


「で、実はその鞄を隠した女子生徒っていうのが、近澤幸乃(ゆきの)だったんだ」


 ああ、とおれはつぶやいた。そういうことか。ようやく合点がいった。


「それで、近澤を通して姉貴に話が伝わり、まんまとお前の犯行は暴かれてしまった、というわけか」


 おれだと見当もつかないだろうが、あの姉貴なら又聞きでも犯人を突き止めることはできるのだろう。それぐらいの能力は備わっている。


「ああ。びびったよ。かなり正確に俺の行動を見切ってたからさ」

「じゃ、お前の言うパネエってのは、頭がってことか」


 そんなこと、おれも重々承知している。だが、


「いや、それもあるけど、それだけじゃない」


 正則はやや大げさにかぶりを振った。そして真剣さを漂わせる表情で言うには、


「推理力も相当だと思った。でも一番すげえと思ったのは、まわりに対する気遣いだよ。『坂上屋』で話したんだけどさ、そこまで行く途中の歩道に、分かりにくい段差があったんだよ。俺は桜井さんたちとはちょっと距離を置いて歩いてたんだけど、前にいた羽原がそこで転びそうになってさ。それを見て、俺もあの場所では気をつけようと思ったんだ。でも桜井さん、わざわざ遠くにいる俺に、大声で教えてくれたんだ。ここ、段差があるから気をつけてって。周りの人に見られるのも気にせず」


 ふうん、と相槌を打つ。いかにも、あいつのしそうなことだ。


「でも、それだけじゃないんだ。『坂上屋』に入ったあとも、桜井さん、ちょくちょく窓の外からその場所を見てたんだよ。注文が来るのを待ってるときとか、アイスを食べてるときとか。誰かがそこで転ぶんじゃないかって、ずっと気にかけてたんだ。俺はそれが、一番パネエと思ったよ」


 まわりに対する気遣いねえ……。不意に、おれの脳裏に今日の昼食のサンドイッチが浮かんできた。あれも、そういうことだ。


「いやー、ほんっと、話してもいい人だったしさ。俺、完璧に惚れちまったぜ!」


 両肩をぐるぐる回すジェスチャーつきで高らかに宣言する。


「いいのかよ?お前よりでかいんじゃねえのか」

「いや、流石にそれはなかったよ。……あんまり違わなかったけど。でも、全然問題ないね。逆に、スタイルがいいってことだし。顔もきれいで、笑顔も素敵だ」


 さいですか。おれは頭をかく。七月までは丸坊主だったが、結構伸びたものだ。


「でもお前、猫被ってやがったんだろ?姉貴、今朝おれに、お前のこと爽やかだって言ってたぜ」


 おれ自身、最初はこいつのことをそう思ってた。すっきり爽やか、レモン果汁のようなやつだなと。しかし話してみるとみるみるうちにメッキは剥がれ、出てきたのはただのアホだった。


「まじか!?俺のこと、そう言ってくれてたのか?嬉しいなー。嫌われたと思ってたんだよ、俺」

「あいつが誰かを嫌うことなんて、滅多にないと思うが」

「流石だなー。よかったよかった。なあ、実」


 言って、きょろきょろまわりを見回す。人通りのないことを確認してから、


「お前の前でだけだぞ。その……」


 言いにくそうに少し声を小さくして、


「『桜井さん』じゃなくて、『都さん』って呼んでいいか?」


 勝手にしやがれバカ野郎。


「べつにいいが、おれはドン引きしている」

「いやっほう。お前にドン引かれたところで、何も応えない。じゃあ、これから『都さん』な」


 はいはい、どうぞご自由に。視線を外し、ふう、とため息をついた。


「でも、実。俺、気になることがあるんだ。都さんのことで」


 早速使いやがった。


「何だよ?」

「『坂上屋』を出たあと、なんか、暗い顔になっててさ。で、ずっと、近くにあるハンバーガー屋を見てたんだ。あっち、なんかあるのか?」


 ああ、それなら大体の予想はつく。あまり言いたくないのだが……。


「あいつ、あっちでバイトしてんだよ。明日バイトだーとか思って、憂鬱になってたんじゃね?」


 案の条、目の前のさわやか好青年の皮を被ったバカ野朗は目を輝かせ、喰らいついてきた。これがいやだったから言いたくなかったのだ。


「まじかよ!じゃあ今度、一緒に行こうぜ。ああ、絶対、制服も似合うんだろうな」


 サイズがなくて、特注だったけどな。

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