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帯分数は遠いけど  作者: 天そば
プロローグ
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プロローグ

 どうしようもないほど夏だった。


 日差しが強く照りつけアスファルトを焼き、さらにそこから反射される熱気がむしむしとした暑さを生んでいた。立っているだけで汗が滝のように流れ、体力がとめどなく奪われてゆく。

 地球温暖化。ヒートアイランド現象。そんなキーワードがいやでも頭に浮かんでくる、まさにそんな日だった。


 でも。


 『そのとき』のわたしは、そんな暑さですらまったく感じなくなっていた。いや、暑さだけではない。


 下級生たちの魂のこもった応援歌も。

 チアリーディング部の一生懸命なダンスも。

 相手側のベンチから聞こえていた吹奏楽部のメロディも。


 すべてのものが五感から消え去り、目の前にあるのは相手の守備だけだった。

 七回裏、二対三。一点差で迎えた最終回。ツーアウトで、ランナーは満塁。

 セカンドランナーの真莉菜(まりな)は俊足だ。シングルヒットで、ホームまで帰ってくる。つまり……。


 わたしが打てば、全てが終わる。

 わたしたちはインターハイ県予選で優勝を飾り、栄光の全国大会への切符を手にする。

 最後の夏。最高の夏。それを手にするための条件はもう揃っている。


 さあこい、とわたしは相手ピッチャー、森下(もりした)をにらみつける。

 その森下が投球フォームに入った。足を前に踏み出し、腕を風車のようにぐるりと回す。ウィンドミル。クセのない綺麗なフォームから、ボールが放たれる。

 内角低めの、ストライクゾーンぎりぎりのストレートだ!


 体重を左足から右足に移動させ、それとほぼ同時に腰を回す。左足から発生したエネルギーが螺旋状に身体を駆け巡り、最後には腕へと到着し、バットが出てくる。ホームベースの手前で、ボールをとらえた!


 ばちん、とカーボン製のバットとゴム製のボールがぶつかり合うとき独特の鈍い音がして、ボールが飛んでいった。

 いい当たりだったことは否定しない。しかし、打った瞬間、引っ張りすぎた、と感じた。ボールはワンバウンドでフェンスに直撃したが、ライト線を切れているのでファールだ。


 相手の守備陣が、助かった、というように、ほっと胸をなでおろす。まあいいさ。次で決める。

 バッターボックスを外して軽く素振りをする。基本のセンター返しを意識しながら。そして、再びボックス内に戻ろうとしたとき。


 ショートの『彼女』と目が合った。


 来るなら来い。闘志に満ちた瞳は、そう言っているような気がした。

 バッターボックスで、バットを構える。森下が投球フォームに入る。ボールが放たれる。そのとき。


 世界が止まった。


 わたしに向かってまっすぐ飛んでくるはずのボールも。遠くに見える木々のざわめきも。投球モーションから守備体勢に入ろうとする森下も。

 すべてのものが、動きを止めている。


 ………いや、違う。それらは、意識して見ないと分からないほどに、ゆっくりゆっくりと動いているのだ。止まったのではない。スローモーションになったのだ。


 そして、そのスローモーションの世界で、わたしもゆっくりとバットを出す。外角低め、またもやストライクゾーンぎりぎりの、見事と言ってなんら差し支えのないボール。


 だが……。


 バットがボールに向かって、まっすぐに出てくる。ゆっくりと。二つの物体が近づいてゆく。吸い寄せられるかのように。


 両校の応援団。夢半ばで敗れたチーム。四人の審判団。監督。コーチ。ベンチにいる選手たち。たくさんの視線を集めながら。




 バットが、ボールに当たった。

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