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2.妖たち(2)

 翌日、小夜が行方不明になったと村は大騒ぎになった。知らせを聞いた茜は青ざめる。

(小夜ちゃん、きっと妖祭りに行ったんだ。そして妖に……)

 でも大人たちにそんなことを言っても聞いてもらえるはずがない。

(探しに行かなくちゃ)

 小夜は少し意地悪だったけどよく一緒に遊んでくれた。それに何より……。

――櫛、返してもらわなくちゃ。

 その夜、祖母が寝付くと茜は懐中電灯片手にそっと家を出た。頼りない光が足元を照らす。どこからか獣のような声が聞こえた気がして、一瞬引き返そうかとも思ったが自らを奮い立たせ無理矢理足を動かした。

(ん? 何の音?)

 山の奥から何やら賑やかな音が聞こえてくる。

(あれ? これって……お祭りの音?)

 父がまだ元気だった頃、家族で訪れた神社のお祭り。その時に聞いた笛や太鼓の音によく似ていた。聞いているうちに恐怖心は消え、なぜかそこに行ってみたいという強い気持ちが湧き上がってくる。と、その時。

「きゃっ!」

 突然腕を掴まれた。驚きのあまり全身が震える。

「ごめんごめん、びっくりさせちゃった?」

 聞こえてきたのはまだ幼い少女の声。おそるおそる懐中電灯を向けてみるとそこにいたのはおかっぱ頭の童女だ。顔に光を向けられ眩しそうに目を細めている。慌てて懐中電灯の明かりを下に向けて謝る。

「ううん、私こそごめんね。でもこんな時間にどうしたの?」

 自分のことを棚にあげ茜は少女に尋ねた。

「ふふふ、こっち、来て」

 童女は茜の腕を引っ張り木々の奥へと誘った。

「あんまり山の中に入ると危ないよ」

「いいからいいから。あ、あたしの名前は夕月(ゆうづき)

 勝手知ったる様子で夕月と名乗る童女は奥に進んで行く。やがて先ほど微かに聞こえていた祭りを彷彿とさせる音色が大きくなってきた。

「お姉ちゃん、名前は?」

 夕月は腕を引っ張りつつ振り向いて首を傾げる。その時、彼女の右手に包帯のようなものが巻かれているのが見えた。

「私は茜。夕月ちゃん、怪我してるの? 大丈夫?」

「うん、大丈夫。暁月様が治してくださったから平気。夕月って名前をくれたのも暁月様なんだよ」

 暁月? 一体誰のことなのだろうと訝しみつつ茜は夕月に腕を引かれ、賑やかな音のする方へと進んでいく。

「暁月さまぁ! 連れてきたよぉ」

 小さな藪を越えるとそこで行われていたのはまさにお祭りであった。夕月は茜の手を離し奥に向かって駆けていく。

(わぁ、お祭りだ)

 大きな篝火(かがりび)がいくつも焚かれ色とりどりの敷物が敷かれている。その上で酒を酌み交わす者、中央にある一段高くなった舞台のようなもので笛や太鼓に合わせ舞を舞う者。賑やかに催される深夜のお祭り。だがそこに集う者たちは……。

(人間じゃ、ない?)

 酒を酌み交わす者たちも舞を舞っている者たちも、明らかに人間ではなかった。ひょろりと長い首をくねらせてお酌する女性、彼女に盃を差し出しているのは頭にいくつもの角を生やした……鬼だ。舞を舞っているのは目が五つある女や目も鼻も口もないのっぺらぼう。

(これが……妖祭り)

 小夜が言っていた妖祭り。どうやら自分はそこに迷い込んでしまったらしい。だが不思議と恐怖心はなかった。目を凝らすと奥にとても大きなお屋敷が建っておりそれを囲むようにしてお店やら民家やらが建っていてちょっとした街のようになっているのが見える。

(小夜ちゃんが行きたいって言ってた妖たちの街。本当にあったんだ)

 茜が驚きに打たれていると夕月が誰かと会話する声が聞こえてきた。

「暁月様、こっちこっち」

 どうやら先ほど言っていた暁月という者を連れてきたらしい。

「ほら茜ちゃん、暁月様よ」

 その声には隠しきれぬ誇らしさが滲み出ている。一方茜は暁月と呼ばれる者を見た瞬間、口を半開きにしたまま言葉を失ってしまった。

(え……)

 目の前に立っているのは月明かりのような不思議な色の髪を腰の辺りまで伸ばし、紅鳶(べにとび)色の薄衣(うすぎぬ)(まと)った男。女のようにも見えるが体つきからしてやはり男性だろう。妖に男女の別があるとすれば、だが。その瞳は深紅に輝き人の心を見透かすようであった。

(何て綺麗なんだろう)

 茜は一瞬で心を奪われた。今まで見たどんな人間よりも、どんな生き物よりも彼は美しく妖しい。

「夕月が世話になったね」

 暁月の微笑みに茜は自分の頬がぽうっと赤く染まるのを感じる。彼女の心はすっかり暁月に囚われてしまった。

「あのね茜ちゃん」

 夕月に話しかけられハッと我に返る。

「ん?」

「罠に手を挟まれたちいさな狸、助けてくれたでしょ? もうひとりの女の子はすっごい意地悪そうな顔して石を投げてたけど」

 昨日の昼間起きたことなのにもう随分昔のように感じた。

「あ、ああ、うん。覚えてるよ? あの子狸さん、元気にしてるかなぁ」

 夕月がふふふ、と笑う。

「うん、元気にしてるよ! ほらっ!」

 そう言ってくるりと宙で一回転。茜が歓声を上げた。

「わぁ! あの時の?!」

 少女は小さな子狸に姿を変えている。しばらく尻尾を揺らしながら茜を見上げていたが再び宙返りして童女の姿に戻った。

「えへへ、ビックリした? あたしね、あの後暁月様に拾われて傷を治してもらったの。そして名をもらった。だからこんなこともできるようになったのよ。今ならあの意地悪な女の子に石を投げ返してやれるのに」

 べぇ、と舌を出す夕月を見て茜は自分が山に入った理由を思い出した。

(そうだ、小夜ちゃん!)

 慌てて暁月という美々しき妖に尋ねる。

「あ、あの……この山に小さな女の子が来ませんでしたか? 私と同い年で小夜ちゃんっていうんです」

 暁月は軽く首を傾げた。

「その子が、どうかしたの?」

 ここに迷いこんできたんじゃありませんか? 茜はそう言おうと口を開きかけ……止めた。

「あ……、ううん、いいんです。もう、いいんです」

 もう小夜のことも、大切だった櫛のことさえもどうでもよかった。目の前に佇む暁月にすっかり魅了されてしまった茜は自分でも驚くようなことを口走る。

「あの、私を」

――私をあなたたちの仲間にしてもらえませんか?

 暁月と夕月は驚いて目を見開いた。

「我らの仲間に、と」

「はい。いけないでしょうか」

 時が止まったかのような沈黙が流れ、祭りの音だけが賑々(にぎにぎ)しく山中に鳴り響いている。やがて暁月は笑みを(たた)えて頷いた。

「いいだろう、承知した。夕月を助けてもらったことだしな。人の子が妖の仲間になる、試しのないことではあるがそれもまたよかろう」

「あ、ありがとうございます」

 何度も頭を下げつつ茜は思う。どうせこのまま街に戻ってもろくなことはない。かといって子供ひとり、行くあてもない。ならばいっそこの不思議な存在たちと暮らした方がいい、と。その夜は暁月たちと遅くまで祭りを楽しみ翌日から茜と妖たちとの暮らしが始まった。

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