1.小夜と茜(4)
その夜、戦利品の櫛を眺めて悦に入りつつも何となく満たされない気持ちで小夜は布団に入った。
(暑いなぁ、もう!)
寝苦しさに目が覚める。山奥とはいえ部屋は子供たちの発する熱でずいぶん蒸し暑かった。扇風機はついていたが淀んだ空気をかき回すばかり。じっとりと汗ばんだ頭皮から嫌な臭いがする。小夜はするりと布団から抜け出すとだらしなく口を開いて眠る兄弟たちを見下ろしすぐに目を逸らした。
(ああ、やだやだ)
窓際に行きそっとカーテンを開ける。煌めく星々を眺めつつもきっと都会の〝ねおん〟とかいうものの方がずっと綺麗なんだろうな、と思いため息をついた。すっかり目が覚めてしまったので少し外で涼んでこようかと忍び足で廊下を歩く。幸い両親も既に寝入っているようだ。
――ギィィ。
戸を開ける時、思いの外大きな音がしてしまい慌てて辺りを見回した。だがこんな時間に表を歩く人などいるはずもなく、家の中から誰かが起きてくる気配もない。ほっと胸を撫で下ろし夜空を見上げる。満月に近い月が煌々と輝き思ったより外は明るかった。
(都会はもっと明るいんだろうな。いいなぁ)
ああでも、と小夜は思い直す。妖の街は人間の街なんかよりもずっと賑やかで楽しいに違いない。どうせならそっちに行ってみたい、と。
(そうだ、今頃山の中で妖たちがお祭りをしているかも)
月明かりを頼りに山に向かって歩き始める。小夜は夜目がきく方だ。それでも普段なら夜中にひとりで山に入るなんて恐ろしいこと考えすらしなかっただろう。だがこの日は違った。昨日、思いもよらぬ都会からの客人と話したことが少女の「こんなとこから出ていくんだ」という想いを強くさせたのかもしれない。小夜は深夜の山道を妖しい月明かりに誘われ進んでいく。
(ん?)
少し山を分け入った辺りで奥にチカリと光るものが見えた気がした。山の中がぼんやりと明るい。
(誰かいる?)
小夜はいつの間にかすっかり恐怖心を失い憑かれたように山の中に入っていく。すると木々の奥から何やら賑やかなお囃子のような音が聞こえてきた。
(妖祭り!)
一目散に駆けだしたい気持ちを抑えそっと近づく。その時だった。
「おや、人間の子供かえ?」
小夜はひぃっと情けない声を上げ飛び上がる。いつの間にか背後に誰か立っていた。おそるおそる振り向くとその人物は小さな緋色の提灯で小夜の顔を照らしている。てっきり自分がいなくなったことに気付いた父か母が追いかけてきたのかと思ったが違うようだ。小夜は声の主をおっかなびっくり見上げて目を見張る。
(うわぁ、何て……何てキレイな人。男? 女? 声は男だったけど……目も髪も不思議な色だ)
それは何とも眉目秀麗な若者であった。月の光のような不思議な色合いの髪を腰の辺りまで伸ばし紅鳶色の薄衣を纏っている。声を聞かねば女性と見紛う容姿であった。戸惑い、声を失う小夜。若者は手に提げた提灯と同じ緋色の目を瞬かせ優しく語りかける。
「祭りに行きたいのかい?」
小夜は思いっきり首を縦に振った。
(ああ、さっきのこの人は私のことを〝人間の子供〟って言った。じゃあこの人……妖なんだ!)
妖は微笑んで小夜に手を差し伸べる。
「では行こう」
二人はお囃子の音に導かれるようにして森の奥へと消えていった。