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1.小夜と茜(3)

 八月も半ばを過ぎた頃、小夜は茜と二人で山菜採りをしていた。茜は祖父母の家に滞在しているが両親が姿を見せたことはない。小夜が家族のことを聞いても口を濁すばかりだ。秘密主義ってやつだろうか。これだから都会の人間は、と密かに小夜は腹立たしく思ってる。

「わぁ、これ食べられるんだ。すごいなぁ。こんなのスーパーに売ってないもん」

 山菜を物珍し気に眺める茜を小馬鹿にしたように小夜は笑う。

「そんなの雑草と一緒だよ。全然おいしくないし。あーあ、ハンバーガーとかスパゲッティとかそういうのが食べたいなぁ」

「そぉ? 山菜美味しいよ?」

「あたし、こんな村から出ていくんだ」

 茜の言葉を無視して小夜は言う。

「別の街の学校に行きたいってこと? ここはいいとこなのに」

 しゃがんだまま茜は小夜を見上げて微笑む。ところが小夜は眉間に皺を寄せ「こんなとこどこがいいのよっ」と吐き捨てるように言った。

「小夜ちゃん……」

「茜ちゃんはさ、自分が都会に住んでるからこんな山奥の暮らしがどんだけつまんないかわからないんだよ! 絶対都会のがいいに決まってる」

 小夜の言葉に茜は表情を曇らせる。

「都会なんてそんないいとこじゃないよ……。私、ここの方が好きだな」

「こんな村が好きとか馬鹿みたい。私、絶対出て行くから」

 茜は首を傾げる。

「でもどこに行くっていうの?」

 小夜は少し勿体付けるようにして「教えてほしい?」と茜の顔を覗き込んだ。

「いいよ、別に」

 小夜の態度に少し腹を立てていた茜はそっけなく答える。

「教えてあげる」

「別にいいってば」

 ぷい、と横を向く茜の前に回り込み小夜は「私ね、妖の街に行くの」と囁いた。

「妖の街?」

 茜は呆気に取られた様子で目を丸くしている。

「そう、妖の住む妖たちの街。私、そこで妖たちと暮らすんだ! そこはきっとこんな村どころか都会よりも楽しいに決まってる」

「そんなの無理だよ。第一妖なんてホントにいるの?」

 だが小夜は譲らない。

「いるよ! 茜ちゃん知らないの? 星がいっぱい見える夜に妖たちがお祭りをするって。妖たちの妖祭り」

「あ、それってあの手鞠歌に出てくるやつ? お祖母ちゃんが歌ってくれたことがあるから知ってるよ。でもあんなのただの作り話でしょ?」

 小夜は大きく首を横に振った。

「違うよ、お祭りはあるんだよ。そこに行けばきっと妖たちの街に連れて行ってもらえる。遠い遠いとこにある妖たちの街!」

 うっとりと小夜は言う。

「ふぅん。でも私なら行かないな。だって怖いもん」

「茜ちゃんは怖がりだねぇ」

 嘲るように笑う小夜に苛立ち茜は立ち上がった。

「もう帰ろ」

 二人は言葉少なに山道を下りる。と、木々の中から微かに獣の声がした。

「何だろう?」

 険悪な雰囲気だったことも忘れ二人は顔を見合わせる。

「こっちじゃない?」

 茜の先導で少し奥に分け入るとそこには罠に前足を挟まれた子狸の姿があった。

「ああ……かわいそうに」

 泣きそうな表情を浮かべる茜。だが小夜は足元に落ちていた小石を拾い上げると子狸に向かって投げ始めた。茜は驚いて止める。

「やめなよ、小夜ちゃん!」

 小夜はきょとんとした顔で茜を見た。

「なんで? どうせ死んじゃうんだし」

 無表情にそう答える小夜を見て茜はこの友人がほんの少し怖くなった。

「と、とにかくダメだよ。……ね、助けてあげない?」

「そんなことしたら大人たちに怒られる。私はイヤだよ」

 小夜はそう言ってさっさと歩き出してしまった。こんな山の中で道に迷ったら大変と茜も慌てて後を追ったがしばらく歩いたところで足を止める。

「やっぱり助けてくる」

 そう言って茜は踵を返し罠のところに戻った。子狸は歯を剥きだして威嚇している。

「ごめんね、大丈夫だから少し我慢して」

 優しく声をかけて宥めながら何とか子狸を罠から解放してやることができた。子狸は急に自由になったことに驚いていたようだったが、急いで走り去り少し離れたところからしばらくの間じっと茜のことを見ていた。

「さぁ、行きなさい。お母さんが心配してるよ」

 子狸はまるで言葉がわかるかのようにコクリと頷きやがて木々の間に消えていった。

「あーあ、茜ちゃん悪いんだ。おっこられるよぉ」

 ニタニタ嗤いながらいつの間にか背後に立っていた小夜が言う。茜は泣きそうな顔で「お願い、ナイショにしておいて」と両手を合わせた。

「どうしよっかなぁ。あ、そうだ!」

 小夜は薄笑いを浮かべて茜に近付くと右手を差し出した。

「茜ちゃんが持ってる櫛、あれちょうだいよ」

「えっ……。あれは大事なものだからダメ」

 思わず櫛をしまっている懐に手を遣り茜は後退る。亡くなった父が最後にプレゼントしてくれた柘植の櫛。茜にとって一番の宝物だった。

「ふぅん。じゃあいいや。みんなに言っちゃおうっと。きっと茜ちゃんのお婆ちゃんもすっごくみんなから怒られるんじゃないかなぁ。村八分になっちゃうよきっと」

 村八分の意味はよくわからないが子供たちからしてもそれが村人にとって大変な出来事であることは理解していた。青ざめる茜を置き去りにし小夜はスキップしながら去って行く。

「待って! わかったから」

 茜の言葉に小夜はくるりと振り向いた。

「なぁに?」

 ぎゅっと唇を噛みしめ茜は懐から櫛を取り出し小夜に手渡した。

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