第一話 出会いというより向こうから勝手にやってきた
「はぁ……」
重いため息を吐きながら、男は重い足を引きずるように家路につく。
「ただいまあ……」
男は、気の抜けた声で言い、パチリと部屋の明かりを点けた。
彼のただいまの声に、応えるのは水槽のポンプ音だけだ。
ずるりと、肩から通勤用のショルダーバッグが落ちる。
「……今日も、誰にも読まれてない……」
水の中をゆったりと泳ぐ、紅白の色をした金魚を眺めながら、男は呟いた。
「まあ、そりゃ、人気のあるコンテンツじゃないから、仕方ないけどさあ……」
ブツブツ言いながら、男は通勤用のスーツから部屋着に着替える。
部屋の時計は、夜十時を過ぎていた。
既に外で夕食を済ませていた男は、缶ビールのプルトップに指を掛けた。
ぷしゅり、缶ビールが泡を吹く。
「オレも、SNSで作品アピールしようかな……なんとなく、自信ないから、怖いんだけど……」
スマートフォンの画面をスクロールし、男は、ある呟きに目を留めた。
「……これ、またか……」
そこには、ある人物について書かれていた。
呟いているのは、フォローしている物書きさんだ。
『変なオッサンが、いきなり部屋に現われた。こいつが、最近SNSでちらほら見かけるオッサンなのか…』
呟きは、一度そこで途切れている。
男は、続きを読もうとスマートフォンの画面に触れた。
『面白い話を生み出す奴は、断じて許さんって、言われた……おいおい、俺の作品の閲覧数、知ってるか……オッサンよお……』
そこでまた、呟きが終わっている。
更に続きを読む。
『……ヤバい。続きを読ませろ、早く書け馬鹿者が、って言われた……なんだろ、ちょっと嬉しい……オッサン、俺がんばるわ』
呟きは、そこで終わっていた。
「……やっぱり、こうなるんだよな……」
はあ、と男はため息を吐いた。
「許さん、とか言っといてさ……結局モチベーション上げてんじゃん……なんなの、このオッサン」
納得いかん、と男はビールをぐいっと喉の奥に流し込んだ。
不意に、部屋の灯りが点滅し、男はむせ返る。
「……あぁ、びっくりした……なんかホラー映画みたいじゃん……オレ、苦手なんだよ、そういうのさ……て、テレビつけよ……」
「生み出す者よ……」
腰を浮かした男の耳に、いるはずのない他人の声が響く。
ど、ど、泥棒……鍵掛け忘れたのか、オレ……
あまりの恐怖で声も出せず、恐る恐る男は振り返った。
「……だ、誰……」
そこに仁王立ちしていたのは、五十代後半と思しき男だった。
肩に掛けた白地のタスキには、赤い文字でこう書かれている。
面白い作家は成敗する。
不審者は、角刈りの頭にねじり鉢巻を巻き、白い半袖シャツ、ペラペラの白い生地の短かいパンツに、茶色い腹巻きをしている。
ちなみに、今は十一月半ばだ。まるで季節感のないファッションである。
「お前、物書きだな」
渋い表情をした不審者は、男に向って言った。
「え、あ、はあ……まあ、自称、ですけど……」
「オイラはな、オモシロイ話を生み出す奴は、断じて許さんのよ。それがなぜだか、お前、わかるか?」
「えっ……いえ、わかりません」
そもそも、あなた、どちら様ですか?
男は問いたかったが、その言葉を飲み込んだ。
「オイラもな、書いたんだよ。オモシロイ話をよ」
「そ、そうなんですか」
「ところがな、だあーれも見てくれなかったわけよ。すんげえ、オモシロイのに!」
不審者は叫んだ。
「は、はあ……それは、お気の毒です」
というか、自分も似たようなものなんだけど。
やはり、男は言葉にできなかった。
「だからな、頭にきて、こう思ったわけよ。オモシロイ話を書くヤツは、全て成敗してやる、って」
不審者は、誇らしげに胸を張り、タスキをアピールした。
「いや……成敗って……物騒な」
「お前が書いた、ハナシを見せろ」
「えっ?」
「お前のやる気を、メッコメコにしてやる」
「えっ、嫌ですよ!」
不審者は無言で、拒否した男の手からスマートフォンを奪い取る。
「匂う……匂うぞ! お前が生み出したハナシは、ここにあるな! 隠しても、オイラにはわかるんだ!」
鼻息荒く、不審者はスマートフォンを操作した。そして、ピタリと動きを止め、画面を凝視する。
「あ、あの、返してもらえませんか……」
「……うっせえ、黙れ……」
仕方なく、男は黙って待ち続けた。不審者が、目的を達成するのを。
「おい、これ、続きはどこだ?」
不審者は、ようやくスマートフォンの画面から顔をあげた。
その瞳は、きらきらと輝いている。
「えっ、あの、まだ書いてないので、オレの頭の中ですけど」
「なんだと! 馬鹿野郎、早く続きを書け!」
「えっ、あ、はい、すみません」
「続き読みたいから、また来週、ここに来るからな」
え……また来るの?
男は眉根を寄せた。
「もし書いてなかったら、オイラがっかりするからな。がっかりさせんなよ、いいな?」
「いや、そんなプレッシャーかけられたら、余計書けなくなるかも……」
「……そうか、それもそうだな……じゃあ、適当な時に来るから、肩の力抜いて、適当に書け! じゃあな!」
一方的にそう告げると、白い煙を残し、不審者は姿を消した。
「げほっ、ごほっ、なんだったんだ、今のは……」
はあ、とため息を吐いて、男はテーブルに突っ伏した。
ちょっと待てよ……適当な時って……いつだよ……
嫌な予感が、男の胸をよぎる。
「曖昧にされるなら、はっきりと来週にしてもらえば良かったかな……いや、そういう問題じゃないか……」
まだドキドキする胸で、男は転がっているスマートフォンを手に取ったのだった。




