(後日談)元・光の聖女の訪問
メグミが聖女になって、半年くらいが経ってからの話です。
書こう書こうと思いつつ、気づけばこんなに間が空いてしまいました。
たった一話ですが、お楽しみいただければ幸いです。
「戻ってきちゃいました。」
そう言って、乳飲児を抱えた『元・光の聖女』あかりちゃんが神殿を訪れたのは、聖女仲間達と共に新しいつまみレシピ研究に取り組んでいる時のことだった。
まあ、もちろん私は味見専任だけれど。
「え?どうしたの?」
あかりちゃんが『普通の女の子に戻って、幸せになります』と昔のアイドルのような宣言をして出て行ったのは、わずか半年前のこと。
魔女の怒りを買う原因を作ったエリク王子は王子の地位を剥奪され、市井に下ることになったのだが、あかりちゃんはその責任は自分にもあると言って筆頭聖女の地位も捨て、王子に付いていったのだ。
「なんか、もうエリクとはやっていけないなって思って。。。」
そう呟くあかりちゃんは、あれから半年しか経っていないはずなのに、数年分歳をとったかのようにやつれて見えた。
***
元保育士である『胃袋の聖女』有紗ちゃんが大喜びで赤ちゃんを連れ去っていった後、あかりちゃんは神殿内の応接室で事の次第を話し始めた。
目の下の隈がすごい。
「吊り橋効果っていうんですかね。魔獣討伐の時は本当に頼り甲斐があって格好良く見えたんです。でも、あの強さは魔女さんがくれた魔道具のおかげで、本当のエリクの実力は剣すらろくに振れないほど非力だったみたいなんです。あと、やたらと魔獣が寄ってくると思ってたら、それも魔女さんの薬で引き寄せてたとか、本当いろいろ知れば知るほど残念感が増してきて…。」
今回の騒動の引き金となったエリク王子は、表向き魔女の怒りを買った責任をとって自ら平民となる道を選んだことになっているが、実際には少し違う。
魔女の力を悪用して必要以上に魔獣を誘き寄せ、魔獣による被害を拡大させたことが問題視されたのだ。
本来、魔獣寄せの薬は仕掛けた罠などの側に置くものなのに、エリク王子は『映える』という、とてつもなく幼稚な理由で魔獣を自分の側へ誘い、強力な魔道具で討伐して見せていたのだという。
集まり過ぎた魔獣のせいで、多くの兵士が怪我を負うことになったというのに。
「まあ、それでもエリクがそれを反省して、一からやり直すっていうから、私もついていくことに決めたんですけど。。。」
あかりちゃんはそこまで言うと、自らを落ち着かせるように一度息を吐き、そして大きく吸い込んだ。
「でも、あいつ、そもそも碌に働かないんですよ。平民になったって言うのに仕事の選り好みが激しくて、すぐ辞めちゃうし。だから、私、下町の診療所で治療の仕事を見つけて、出産ギリギリまで働いたんです。エリクも今はショック状態なだけで、子供が生まれたら父親としての自覚が芽生えてくれるんじゃないかって思って。なのに、全然変わらないし。」
吐き出す息の勢いと共に一気に吐き出したあかりちゃんの言葉は、どんどんヒートアップしてくる。
「それでも、百歩・・・五百歩譲って、子供の面倒を見てくれるんだったら、私も考え直せたんです。でも、あいつ『俺にはまだ早い』とか言って、おむつすら替えてくれないんです。しかも、子供の世話でヘロヘロになっている私を毎朝叩き起こして、呪いの浄化をしろって言うんですよ!」
エリク王子は『美男王』として大陸中に名を馳せた父王に似たイケメン王子として知られていたが、魔女エルヴィラに『禿げて醜く太る』という呪いをかけられた。
けれど、そんな王子に対しても『私の愛の力で呪いなんて吹き飛ばせますから!』と、あかりちゃんは明るく言って、神殿を出て行ったのだったが。
「恵さん、知ってます?子供って、全然寝ないんですよ。だから、私も全然寝てないんです。お腹が空いても泣くし、オムツが濡れても泣くし、何もなくても泣くし、とにかくぜんっぜん寝ないんです。おむつ交換して、母乳あげて、寝付くまで抱っこして、ベッドに下ろそうとすると起きちゃって、また抱っこ。そんなことを繰り返してると、すぐ朝になっちゃうんです!」
あかりちゃんの目の下の隈の原因は、それだったのかと納得した。
以前、育休中に職場へ遊びに来た後輩が同じようなことを言っていたことを思い出す。
私には経験がないから分からないけれど、子供を育てるって本当に大変なことなんだろう。
「朝が来たら、あいつにご飯作らないといけないし、呪いの浄化もしないといけないし、もう本当に私。。。」
そこまで言いかけて、あかりちゃんはポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
慌ててあかりちゃんの隣に座り、前より細くなった肩を抱いた。
「この世界には紙おむつもないから、朝は大量のおむつを洗わないといけないんです。子供はすやすや寝てますけど、私はおむつを洗って干したりしないといけないから、昼間も寝れないんです。筆頭聖女を断らずに、紙おむつを召喚してからにすれば良かったって何度思ったことか。」
例の儀式の後に聞いたのだけれど、あかりちゃんは粉ミルクと紙おむつ、どっちを召喚するかで悩んでいたらしい。
「しかも!布おむつのせいなのか、うちの子、今おむつかぶれしちゃって酷い状態なんですけど、それを聖なる力で浄化してたら、エリクが『俺を浄化するのは渋るくせに、子供の尻は浄化できるのかよ。俺と子供の尻、どっちが大切なんだ!』って言いやがったんです。」
あかりちゃんの叫びが応接室に木霊する。
うわっ、あの元王子、本当にサイテーだわ。
なんて言葉をかけていいか分からずに、背中をさするしかできない私に、何故かあかりちゃんは急に微笑んだ。
「でも、そう言われて気づいたんです。私、子供の尻の方が、百億倍大切だなって!」
そう言ってのけたあかりちゃんは表情は、とことん明るかった。
「そもそも『病める時』については誓いましたけど、『禿げる時』と『デブる時』については誓ってませんから。それによく考えたら、私、あいつに二股かけられてたんですよ!魔女さんっていう彼女がいるなんて、全く知らなかったし。だから、呪いはあいつ一人のものであって、私まで責任感じることなんてなかったんですよ!!」
あかりちゃんは今まで溜めていたもの全てを吐き出すように、そう言った。
と、その時、
「そうよ!」
その言葉と共に、応接室の扉が勢いよく開いた。
そこには呪いをかけた張本人である魔女エルヴィラが仁王立ちしていた。
「言っておくけど、私、あなたのことは全く恨んでないからね!」
ズカズカを音を立てて勢いよく入ってきたエルヴィラは、そう清々しく宣言した。
最近、すっかり魔女の溜まり場と化してしまった我が神殿には、今日も数名の魔女が遊びに来ていたのだった。
特に、私と意気投合したエルヴィラは、住み込みかって思うほど神殿に常駐している。
「じゃあ、呪いを解いてあげなさいよ!元王子だって十分反省したでしょうし。」
私がそう提案すると、エルヴィラはにべもなく断った。
「それとこれとは話が別よ!対価は変えられないわ。」
私にはまだよく理解できていないのだけれど、どうやらこの世界では魔女との約束を破ることは何より重い罪らしく、それを破った場合の対価は必ず払わなければならないものなのだという。
エルヴィラ曰く、ちゃんと対価を払わせないと世界の理が歪むとか何とか。
むしろ、王子一人の対価で済ませてあげたのはエルヴィラの温情らしい。
「恵さん!もういいんです。私、もう戻る気ありませんから。あいつがハゲだろうが太っていようが、私にはもう関係ありませんから!」
あかりちゃんが私とエルヴィラの会話に割って入った。
「そんなことより、私またここに戻ってきたいんです。下働きでも何でもします。私をここにおいてください!」
そう頭を下げるあかりちゃんを思わず止める。
「もちろん戻って来ていいよ!ここには有紗ちゃんもいるから安心でしょ?むしろ、もっと早く戻って来て良かったのに。。。こんなになるまで無理することなかったんだよ。」
まだ二十歳になったばかりのあかりちゃんの痛々しい姿に、思わず涙が出る。
元々細い子だったけれど、すっかりやつれてしまって見ていられない。
幸せなんだとばかり思っていたのに。。。
「ごめんね。私、あかりちゃんが召喚する予定だったもの、ちゃんと聞いておけば良かったね。」
日本酒なんていう、ものすごい個人的なものを召喚してしまったことが今更ながら悔やまれる。。。なんて思っていたら、エルヴィラが驚くべきことを言い始めた。
「『紙おむつ』が何なのかは分からないけど、布おむつよりもっといいものならあるわよ。」
「え?なにそれ?」
「大魔女様が子育て中に開発したもので、今、一般的には『魔女印のおむつ』として有名ね。おむつ自体に転送と浄化の魔法がかけられていて、排泄物は出したと同時に消えるのよ。」
えっ!と私が声を上げそうになった時、またもや部屋の扉が大きな音を立てた。
「何それ!!」
大声を出して入って来たのは、有紗ちゃんだ。
おっとりとしていて、いつも癒しのオーラを振りまいている彼女が、珍しく目を吊りあげている。
「そういえば、そちらの世界には魔法がないのよね。魔女がかける魔法は高価だから、こっちの世界では妊娠発覚と同時に『魔女印のおむつ』を買うための貯金を始める妊婦がほとんどね。発売以来『出産祝いに欲しいものランキング一位』を独占してるしね。ちなみに排泄物から体調不良の兆候が見られた場合、親に連絡する機能もあるわ。」
「なんてことなの・・・それさえあれば、人手不足に悩む保育士達がどれだけ救われることか。ああ、どうして向こうの世界のものは持ってこれるのに、こっちの世界のものは送れないのかしら。」
有紗ちゃんが赤ちゃんを背負ったまま、天を仰いだ。
向こうの世界では保育士不足はニュースになるほど深刻だったから、『魔女印のおむつ』があればどれほど喜ばれるか分からない。
色々知れば知るほど、魔女という存在はすごいなと改めて感心してしまう。
「魔女・・・すごい。」
思わず声に出してしまった私に、エルヴィラは今更何言ってるんだとばかりに微笑んだ。
「まあ、魔女は仕事をしながら一人で子育てするのが当たり前だからね。他にも、母乳が湧き出る瓶とか、子供がすぐ寝る布団とか、育児魔動具なら色々あるわよ。」
そういえばそうだった。
魔法が存在するこの世界では、向こうの世界の色々なものが当たり前のように魔法で行われている。
一緒にレシピ開発に取り組むようになってから知ったのだが、魔法は本当に便利で、魔女達は電子レンジでやるような加熱はもちろん、野菜の皮むき、みじん切りなんてものも全て魔法でやってしまう。
「そんな素敵なものが既にあっただなんて・・・。今すぐ欲しいです。おいくらくらいするんですか?」
あかりちゃんはさっきまでの疲れた表情から一転して、通販番組のタレントみたいなセリフを吐いた。
私が全部買ってあげるわよと言おうとした時、エルヴィラがあかりちゃんに優しく微笑みかけた。
「ああ、いいわよ。あなたに辛い思いをさせてしまったお詫びに、全部セットでプレゼントしてあげる。」
エルヴィラの言葉に、あかりちゃんは今度は感動して泣いた。
***
後日、神殿の入口を警護する衛士から、エリク元王子の名を騙る禿げ上がった頭の太った小汚い男があかりちゃんの名前を叫んで暴れていたと報告を受けた。
けれど、その男はちょうど通りがかったエルヴィラの姿を見るなり、慌てて帰って行ったとのことだった。
もしかしてと思い、エルヴィラにその時のことを聞いてみたところ、
『全く知らない男だったわ!』
と満面の笑みで答えた。
エルヴィラがあんまり嬉しそうにそう言い切るものだから、何も突っ込めなかったけれど、多分きっとそういうことなんだろう。
エリク王子の後日を知りたいという方がいらしたので、書いてみました。
まあ、予想通りって感じですよね。
ちなみに私は今、徐々に太っていく『中年太り』という呪いに冒されています。
この呪いを解く方法をご存知の方がいらしたら、ぜひ教えてください!!