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1.焼き枝豆

前半は男主人公視線。

後半だけ、女主人公視点になります。

一話目はプロローグです。

 俺は今でも鮮明に思い出すことができる。

 あの衝撃的な出会いの場面を。

 そして、あの夜の出来事を。


 彼女は焚き火の前にいた。

 焚き火の前に置いた椅子の上に胡座をかいて座り、火で炙ったのであろう串刺し肉に塩を振って豪快に齧り付いていた。

 次に横に置いた酒瓶からカップになみなみと酒を注ぎ、それを一気に飲み干した。


「くーっ!この組み合わせ最高だわ。沁みる〜!」


 彼女は誰に言うでもなく一人呟いた。

 これが聖女なのか?と一瞬、我が目を疑う。

 聖女特有の純白の衣装ではなく、上下にベテラン冒険者のような薄汚れたシャツとズボンをはき、その両手には皮のグローブをはめている。

 しかし、今回召喚された聖女は全員、この国にはいない黒髪黒目であるはずなので、間違いないはずなのだが。


「や、夜分遅くに大変申し訳ないのだが、失せ物探しができる聖女というのは、あなたで宜しいだろうか。」


 恐る恐る声をかけると、彼女は焚き火から顔をあげ、こちらを見た。

 その顔は酒と焚き火によるものだろうか、ほんのりと赤い。

 目つきはぼんやりとしていて、相当酔っているのだろうなと思わせるものだった。


「そうなの?」


 酩酊しているような口調で、そう尋ね返される。

 不安になるが、今は少しでも可能性があるならば、それに賭けなければならない。


「神官長殿から、今いる聖女殿の中で、失せ物探しができるのは貴方だけだと聞いてきた。今まで、失せ物探しをしたことは?」


 俺の言葉に、聖女殿はしばし考え込みながら、再びカップに酒を注いだ。

 またもや、それを一気にあおる。


「ああ、あれかな?食堂のノンナちゃんの結婚指輪見つけてあげた時のこと?あと、庭師のおじさんの入れ歯とか?」


「見つけたことがあるのだな?」


「まあ、そう言われればそうだけど、私、他の聖女と違って、大したことできないわよ?」


 そう答え、聖女殿は焚き火にかけていた小鍋を下ろすと、その蓋を開けて、中にある緑色の何かを食べ始めた。

 口に咥えて中身を食べると、殻のようなものだけを焚き火の中へ投げ捨てる。


「普通にはとても見つけられない物なのだ。貴女の力を借りたい。」


 俺がそう言うと、聖女はもう一度


「初めに言っておくけど、必ず見つけられるわけじゃないからね?」


 と言った。


「もちろん、構わない。少しでも可能性があるなら、それに賭けたいのだ。」


「いろいろ条件があるのよ。まずは、その辺に座ってくれないかしら。」


 促されるままに焚き火の前へ座ると、聖女はおもむろに俺に向かって酒の入ったカップを差し出した。


「これまで見つけられたものは全部、ここで一緒に差しでお酒を飲んでる時に見えたのよ。大金積まれて依頼された大貴族様の家宝のネックレスとか、神官長の依頼でやってみた聖杯とかは見つけられなったから、貴方の探し物が見つかるかどうか分からないわよ。」


 さらに念を押される。

 けれど、そんなことは百も承知だ。

 聖女から酒の入ったカップを受け取り、一気にあおった。


「構わない。それが見つけられるのであれば、どれだけでも酒に付き合おう。幸いなことに私も飲める方なのでな。まあ、私が相手では、貴女は楽しくないかもしれないが。」


 俺がそう言うと、聖女は初めて破顔した。

 年は俺の姉と同じだと聞いていたのだが、笑うと幼く見える。


「こちらこそ、こんなとうが立った女が相手で申し訳ないけど、付き合ってくれると助かるわ。」


 聖女殿はそう言って、私のカップに次の酒を注いだ。


「それで、探し物は何なの?」


 聖女殿は自らのカップにも酒を注ぎながら、そう尋ねた。


「七つの種だ。」


 俺がそう答えると、聖女殿は妙にテンションを上げた。


「七つの種!七つあるってことは、七つ集めるとドラゴンが出てきて願いが叶うとか?そういった系?」


 その様子に少し戸惑いつつも、答えを返す。


「ど、ドラゴンは出てこないはずだ。まあ、願いが叶うというのは合っているかもしれない。詳しくは話せないのだが……。」


 俺が言い淀むと、彼女は何か納得したようで、それ以上は追求して来なかった。

 詳しく話さずに済んだことに、安堵する。

 口外しないよう誓約魔法などで縛る方法もあるが、話さずに済むに越したことはない。


「願いが叶う種ね。分かったわ。で、具体的には、どんな種なの?」


「まあ、一言で言えば『まじない』がかけられた種だ。アーモンドのような形をしていて、大きさは二回りくらい大きい。そして、その真ん中に魔石が埋め込んである。それを全て芽吹く前に見つけたいのだ。」


「結構小さいのね。確かに、普通に見つけるのは大変そう。で、どんな石が埋め込んであるの?優先順とかある?」


「優先順位……。そうだな、できれば青い石がついたものを最初に見つけてもらえると助かる。他は緑、琥珀、ヘーゼル、ブラウン、灰色。最後は赤だが、これは見つけなくても構わない。」


「最初は青で、赤はなくてもいいのね。なんだかよく分からないけど、もう少しイメージしやすいように細かく教えてくれるかしら。そうね、貴方が頭でイメージしてくれるのが一番助かるんだけど、貴方はその種を見たことはあるの?」


「まあ、一応はあるな。ばら撒かれる瞬間に立ち会っていたからな。」


「へえ、どういった経緯でばら撒かれたのかとか、教えられる範囲内でいいから教えてもらえるかしら?」


「そうだな……。まあ、ある人物が願いを込めて、高い塔からばら撒いたという感じだな。」


「鬼は外みたいな?」


「『オニワソト』って、なんだそれ?」


「ああ、これは私の出身地である日本の行事でね。鬼っていう、この世界で言うと魔物?みたいなものが家の中に入ってきませんようにって、庭とかに豆を投げる習慣があるのよ。」


「それは面白いな。まあ、投げたっていうことでは同じだが、かなり広範囲に撒いたはずだ。おそらく国中に。」


「そっか、それじゃないと私のところまで来る必要ないものね。うーん、難しいな。全然わからない。それより、豆といえば、そうだ。これ食べてみる?」


 そう言って、聖女はさっきから口にしていた緑のものを俺に差し出した。

 見ると、それは豆のさやだった。


「豆か?」


「そうなのよ。ちょっと食べてみて?こうやって、中身だけ食べて、殻は捨てるの。」


 恐る恐る食べてみると、それはこれまで食べたことがないような味の豆だった。


「なんだ、これは?」


 そう驚きつつ、二つ目に手を伸ばす俺をみて、聖女は嬉しそうに笑った。


「これは枝豆っていう食べ物なのよ。こっちの世界に来て、誰もこの食べ方してないから驚いたんだけど、日本では夏に青いまま大豆を収穫して、それを茹でて食べる習慣があるの。ま、私は茹でるより、こうやって蒸し焼きにするのが好きだけど。どう?気に入った?」


 気に入ったなんてもんじゃない。

 ほんのりとした塩味が豆の甘さを引き出して、止まらなくなる。


「大豆を乾燥させずに食べるなんて、初めてだ。聖女殿の国は、本当に優れた食文化があるのだな。今、こちらにいらっしゃる他の聖女も、色々な食文化を持ち込んでいると聞いているが。」


「ああ、すごい娘いるのよ。私もびっくり。私が勝手に『酵母ちゃん』って呼んでる咲良ちゃんなんてさ、味噌と醤油を作り出したのよ。麹もないのに!」


「あと今、巷で流行しているパンもその聖女だと聞いたが?」


「そうなの!酵母作るところから、食パン焼き上げた時には本当に驚いた!『食べたいと思ってたら、できちゃいました!』とかって簡単に言うからすごいわよね。あれが、いわゆるチートってやつなのかしら。私もああいうのが良かった。まあ、私の場合、料理なんてしないから、酵母を生み出せても使い方が分かんなかったと思うけど!」


 そう言ってケラケラと笑うと、聖女はまた豆を口に入れて、殻を焚き火の中へ投げ込んだ。


「他にも変わった料理を作る聖女がいるとか。」


「ええ、そうなの!仲間内で『レシピ検索の聖女』と言われている奈々ちゃんはスマホを握ったまま召喚されたから、スマホが使えるのよ!さすがに通信機能とかはダメなんだけど、なぜかレシピ検索だけはできるみたい。夏場には寒天でゼリーとか作ってくれて、すっごい美味しかったの。でも、そもそも天草の区別ができるのがすごいわよね。私、天草といったら『四郎』くらいしか知識ないのに!」


 聖女は上機嫌で酒をあおると、自分で言った言葉に大笑いして、膝を叩いた。


「気合いでできるのなら、貴女にも何かできるんじゃないのか?何かどうしても食べたいものなどはないのか?」


 聖女というのは、この国の神官たちが200年ごとに異世界から召喚している女性たちだ。

 皆、スキルやチートと呼ばれる何かの力を持っている。

 

「言われなくても、なんっかいも試してみたわよ!でも、ダメだった。私には作り出せなかった。もし、気合いでできるのなら、とっくにできているはずよ。こんなに飲みたいと願っているんだから。多分、私にはこの飲んだくれて小さな失せ物を見つけ出すくらいの大して役に立たない力しかないのよ。」


 そう言って、聖女は小さくため息を吐いた。

 

「だが……それに救われた人もいる。そして、私は今、貴女のその力を必要としている。」


 俺がそう心を込めていうと、聖女は少し微笑んで、焚き火を見つめた。

 焚き火がパチパチと心地よい音を奏でる。


「そうね。そういえば、貴方の探し物だったわね。魔石がはまった種よね。もしかして投げたのは女性?」


 聖女の視線の先を見つめてみるが、そこには何も見えない。

 あの時の光景が、聖女の瞳には見えているのかと思い、少し身構える。

 止められなかった、あの時の自分の無力さを思い出し、グッと手に力をこめた。


「……ああ。そうだ。」


「貴方とは親しかったみたいね。」


 聖女はそう言って、再び酒を一口飲み、炎をぼんやりと見つめた。


「俺の姉だ。」


 俺がそう答えると、聖女殿はどこか遠くを懐かしむような目をして、そして


「私にも弟がいるのよ。」


 と呟いた。

 この世界への召喚は、元の世界での死を意味する。

 その寂しげな横顔に、胸が痛んだ。


「これは……なんか、どっかの教会かな?みたいなところのガーゴイル?右から三番目、口を開けてる奴の口の中、あれがそうじゃない?」


「え?どこだ?」


 思わず声を上げると、聖女はおもむろに俺の手を握った。

 すると、俺の目にも炎の中に映る映像が見えた。

 聖女の言うとおり、ガーゴイルの口の中に光る何かが見えた。

 間違いない!


「こ、これは西都の教会だ!!」


 俺は立ち上がり、聖女に礼を言うと、急いでその場を後にした。

 聖女はそんな私の姿に嬉しそうに微笑んで、手を振って見送ってくれた。

 そう、これが俺と彼女の最初の夜の出来事だ。


◇◇◇


 黒いフードを頭から被った怪しい男に『七つの種』を探してほしいと言われた時、私の頭の中では勝手に某有名アニメのオープニング曲が再生され始めた。

 もうその時点で、私は結構な量のお酒を飲んでいて、十分に酔っ払っていたせいもあり、すごくテンションが上がったことを覚えている。

 そして、一番最初に全部見つけた人だけが願いを叶えられるんだろうと納得し、深いことは考えなかった。


 その時の私は、この世界に召喚されてから、もうすぐ1年を迎えようとしていた。

 最初は色々戸惑ったものの、もう戻れないのだと現実を知ってからは腹を括った。

 私がこの世界にやってきて一番最初に知ったこと。

 それは、私はもう元の世界で死んだんだってこと。

 この世界では、向こうの世界で若くして不慮の事故などに遭った女性を召喚し、こちらの世界にはない知識などを取り入れる仕組みがあるらしい。

 死んだ理由には心当たりがあった。

 まあ、いわゆる過労死。

 それしかないだろうなと納得もした。

 ずっと不摂生だったし、直前の人間ドックで引っ掛かり、血圧が高いからすぐ病院へ行くよう言われていたのに、それを無視したのは私だったから、まあ、これは自業自得だ。

 でも、まさか三十六歳で突然死するなんて。

 親や会社の人間には迷惑かけたんだろうなと、それを思うと今でも落ち込む。

 そして、部屋に残してしまった腐の遺産!

 東京でしっかりやっていると思っていた娘が、実は腐り切った生活してたなんて、親に申し訳ない。

 しかも、この世界に召喚された時の服装で死んだんだとしたら、大好きなBLコミックのオフィシャルTシャツ着てたとか、もう考えただけで死ねる!

 いや、もう死んでるけど。


 と、まあ、いろんな後悔はあるけど、普通なら死んで終わりのところを、何かの役目を与えられて召喚されたのであれば、それに応えたかったし、この世界に貢献したかった。

 けれど、この一年で痛感したことは自分の無力さ。

 この神殿には私と同じタイミングで日本から召喚された若い女の子たちが他にもいたのだけど、その子達が当たり前のように持っているスキルやチートもなくて、ただただ無意味に存在しているだけの自分。

 唯一のそれっぽい『失せ物探し』というスキルも、重要なものは見つけられないという自分のポンコツぶりに呆れてもいた。

 だから、珍しくその男に依頼された『失せ物』が焚火の中に見えた時も、私に見つけられるのだから、大したものじゃないんだと思い込んでいた。

 まあ、最初に『あんなもの』だと知らされていたら、見つけられなかったかもしれないけれど。


焚火をやりたすぎて、こんな感じの話を思いついてしまいました。

やっぱり枝豆は万能ですよね。

私は焚火の時には、必ず冷凍枝豆を持参して、ホイル焼きにします。

話の季節的には秋の終わりなんで、枝豆はない季節なんですが、多分そこは何かの聖女のチートだということで大目に見て頂ければと思います。


こんな感じで、つまんで飲んでといった感じの話となります。

次回のつまみは「もろきゅう」です。

最後までお付き合いいただければ幸いです。


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