第11部分 ジュールの実験 その2
第11部分 ジュールの実験 その2
『ふむ… とすると、こういうことかの…』
博士は脇の紙にメモをしながら僕に確認してゆく。
⑴ 水をいくら振っても水温が上がってる気がしない…
⑵ 密室で音を出しても暖かくならないし、強い寒風に吹かれたらもっと寒くなる
⑶ ジュールの使った断熱材は何か
⑷ ジュールの使った温度計の精度
「ええ、そんなところですね、あ、あとプロペラの形とか速さとか回し方とかも関係あるかもですね」
僕が答える。
博士が⑴に、「ペラの形状、速度」と書き足す。
『ではまず⑴から行ってみるかのう…』
博士が呟いたその瞬間、つい先回りして自己弁護をしてしまった。
「あ、博士、あの…その僕は高校で生物を選択したので、物理の、その計算演習は苦手というか、やってないんですよ、あのお手柔らかに願います」
『なに、中学レベルじゃ、もーたいまん!』
「たいまんと言われましても、そういう選択肢しかなかったんですよ、高校じゃ」
『ん? たいまんなんていっておらんぞ、問題無しってことじゃがな…』
「ああ、も、もしかして無問題のことですか?」
『あははは、こないだ覚えたばっかりでの、ちょっと使ってみたかったんじゃ、かんべんかんべん』
「ではお願いします、博士」
『うむ… まず…一応念のために装置の概要だけは再確認しておこうかな』
ここは博士に替わって簡潔に述べておこう。
ジュールは、熱と仕事の関係を調べるために、水を入れた断熱容器、羽根車、糸、おもり、温度計などを用いて熱と仕事の等価性、つまり変換が可能であることを検証した。
おもりの落下 ≒ 位置ENERGYによる仕事
→ 水と羽根車の摩擦(位置エナジー ➡ 熱エナジーへの変換)
→ 水温(熱エナジー)上昇を測定
そのために下記のような装置を利用する。
・断熱容器:外界との熱の授受を極減し、”仕事による温度変化”を正確に測定する
・おもり:重力に引かれて落下する
・糸:おもりが下降する力を羽根車に伝える
・羽根車:容器内の中心軸で回転して生じた摩擦熱や水分子同士の摩擦熱を発生させ、
位置エナジーが変換されて生じた熱エナジーを水の熱エナジーに転化する。
・温度計:水の容量と併せて熱の発生量を把握するために水の温度変化を測定する
【実験の原理と意義】
おもりの位置エナジーが羽根車で熱エナジーに変換され、結果水温が変化する。これを温度計で測定すれば熱エナジーの大きさが算出できる。一方おもりの落下距離と質量から、おもりによる「仕事」を算出する。この両者から”熱と仕事の関係”、すなわち熱の仕事当量(1〔cal〕が何〔J〕に相当するか)を計算することができる。
おそらく相当な実験誤差が予想されるため、相当数の繰り返しが必要になるかと思われる。
そして結果的には「エナジー保存則」の確立に多大な貢献を為す歴史的な実験になった。
なお、動画でご覧になりたい方は「ようつべ」で検索していただきたい。
URL:https://youtu.be/ZbZjo7zhWFk
URL:https://youtu.be/efd5rHPCmdU
ま、こんなところだろうか。
ここで博士は熟考長考に入り、やがてこう言ったのである。
『ふむ… こりゃ”ようつべの動画”を見てから、よくある計算問題を解くのが早いかな… ちょっとNETで… あ、これとか良さそうだな… よいしょっと。よし、これ行ってみよう』
「これ解くんですか、どれどれ…」
【計算問題 ジュールの実験】 2〔m〕の高さからワイヤで吊った10〔kg〕のおもりを落下させた。熱損失は無いものとして以下の問に答えよ。ただし場所は地球上であり、ワイヤの重さや摩擦も考慮しないものとする。
問1 ”仕事”のエネルギーは何Jか?
問2 上のJをcalに換算せよ。
問3 水の量が200〔g〕だったとすると何〔℃〕温度上昇するか?
ぬぬぬぬぬ…
えっと… ちょーーーーと待ってくださいよぉ!
問1 たしか”仕事”は…
仕事〔J〕 =m(mass:質量) ×g(gravity:重力)× h(height:高さ)
ゆえに、
仕事〔J〕 =10 [kg] × 9.8 [m/s^2] × 2 [m]
=196〔J〕
これでダイジョブですよね(恐恐)。
あ、なお s^2 は sの2乗 を示すものとする。
問2
1 [cal] =4.2 [J] なので、A [cal] は当然 196 [J] である。
このまま数字を下に降ろすと、自然に比例式ができている。
1 [cal] :4.2 [J] = A [cal] は 196 [J]
内項の積は外項の積に等しいので、
4.2 [J] × A [cal] = 1 [cal] × 196 [J]
A [cal] = 1 [cal] × 196 [J] / 4.2 [J]
≒ 47 [cal]
これで良いかな…
お、なんか調子出てきたみたい…
ね、ちょっと待って博士! いまどきカロリーですか? カロリーなんていまさら、家庭科と生物、あとイシちゃんくらいしかもう使わないですよ。家庭科はまあ仕方ないとしても、生物なんて数年前までは、理科で唯一教科書に、”グルコース1モルのエネルギー量は686kcal” とか平気で書いてあったもんね、文部科学省担当官どの… 今は知らんけどね。
なんて心の中で独り言を繰りながら、次行こ、次!
問3
熱容量Q [cal] =質量m ×比熱c ×温度変化分ΔT より、
= 200〔g〕 × 1 [cal/g] × ΔT〔℃〕
ΔT = 47 [cal] / 200〔g〕 × 1 [cal/g]
= 0.235[℃] ≒ 0.24[℃]
ちなみに 「ΔT」はデルタTで、上昇変化する温度を指している。
『さあラクどん、私が何を言いたいか、わかるかね?』
と博士が僕に振って来る
「う… 10〔kg〕って結構な重さですよね、米1袋だもん。体重が10キロ増えるってことは常にあのコメ袋を持ち歩くのと同じで… 肥満だけは避けとかなくちゃ」
『まぁ正しくは言えば”質量”、だがな』
「ええ… それが2m落ちて0.24℃ですか…? まあ、0.24℃の変化じゃわかんないか、あたりまえだよな」
『体感できると思うかな?』
「無理無理、ムリでございまする。そしてそれが公式である以上、それが急か緩かはおそらく…」
『おそらくもへったくれも、関係無い… わかるじゃろ?』
「…ということは、羽根車の形状とかも…」
『そ』
「そうですよね、じゃこれで⑴はおしまいですね」
『よろしいかな? では⑵じゃがな… 本当によくよく考えてみたかな?』
「ということは、なにか思い違いをしていると?」
『というよりも、ちゃんと定義から辿ってみたら何かが見えてくるのではないかな? まず風速って何だと思う』
博士はこちらを見て間を置いた。
「そうですね、風が… つまり空気の塊がですね、気団ていうのかな… ビューっとこう…」
全身を使って渾身の演技をしてみたが、博士は笑いもしない。
『そうそう、そ~んな感じだろうな。ならば分子運動とは?』
「そりゃあの、ブラウン運動を引き起こす、気体分子や液体分子の1個1個の運動ですよね。水中だと花粉とか牛乳の脂肪の粒子に水分子が衝突して不規則な動きを引き起こすみたいなアレですよね」
『なんだ、わかっておるではないか』
「でもそれに風速が加われば分子運動速度は…」
『な~るほど』
博士が意図的に声を重ねてきた。
『な~るほど、わかったよ。んんんん、どこから説明するかな…』
「あ、そうだ、その分子運動の速度ってどのくらいのものなんですか、博士」
『気体の分子運動速度は当然ながら温度によって変わる。まあ常温で秒速500〔ⅿ/s〕程度と言われておるがな… これが肌に始終衝突しているはずなのだが… ラクどん、痛いかね?』
「いえ、全然… あ、そうか、その衝突の向きってランダムですよね」
『じゃな。あらゆる方向、トータルすればプラマイ…』
「ゼロ、ですよね、なるほど… 相対速度は結局がゼロだから感じないのか。えっ、博士500〔ⅿ/s〕って言いましたよね。それってものすごい速度… えっと時速換算で3600秒を掛けてみると、時速1,800,000〔ⅿ/s〕って1時間で1800km!! こりゃ空前絶後の大嵐ですよ! まさか…」
『そう、それが気団の風速だったらヒトも物もとても耐えきれまい。逆に仮に新幹線が時速320kmで走ったとしてもな、あれで秒速はせいぜい90m足らずなのじゃ』
「ややこしいな… つまり秒速なら分子運動500m vs 風速90m。これじゃ競争にはならんですね」
『そう、風っていうのはそういう相対速度ゼロの集団ごと、つまり同じ方向のベクトルを持って秒速なにがしかの速度で移動していく現象なのじゃ。仮にだよ、仮にその運動によって分子運動が上がるとしても、その上昇分はとてもアテにはならん量にしかならん。しかも南極とか高山とかでは、風速は秒速1m増すごとに体感温度は1℃下がると言われておるくらいでな… つまり服なんかを着ていても強制的に体温を奪われてしまうワケで、分子運動の増加による気温上昇の恩恵など、とてもとても感じることはできんじゃろ』
「あは、あは、あはあは… なんか自分のバカっぷりが情けなく思えてきましたよ」
『まあまあ… 昔のそういう青臭い質問を大事に覚えているなんて、なかなか見上げた向学心じゃ。そういう心持ちを大切にしなされ』
「あ、ありがとうございます。それでは⑶ですかね」
『⑶はなんだったかな… おお断熱材か』
「今は発泡スチロールってものがありますからね。こないだ通販で買った精密機械は、包装紙と段ボールの間に発泡剤が吹きつけてありましたよ、ちゃんとフワフワに固まってたし、完璧ですね」
『アレの発明は1950年、ドイツじゃよ。昭和で言うとな、25年じゃな。ポリスチレンなどの樹脂に空気やフロンなんかを含き込んで固めるのだが… ジュールの実験は1847年だったから、当然あるはずもないわな。じゃあ昔はっていうと… 』
「石綿… とかですか?」
「ふむ、石綿もありそうじゃな。しかし何十年後かに結構な割合で 中皮腫などのガンを誘発するなんて、アス・ベスト どころか、アス・ワースト じゃな、皮肉なもんよ」
「ああ、あれは怖い。小中高大と理科室に入り浸ってた僕としては、正直怖いです… さんざん弄り回しましたからね… あ、それでどんなの使ったんですか」
『実はワシも知らんのじゃ。そこまでは気が回らなかったが、当時使えそうなのは木材、コンクリート、あとはすず箔とか紙とかグラスウールとか魔法瓶みたいな真空とか… こりゃちょっと無理かな。かなり微妙だし精度良くやるためには優れた断熱材が必須じゃからのう。断熱にはな、要は熱を伝わる熱伝導や対流、そして輻射という3つの主な経路があってな、その少なくとも1つを抑制して断熱効果を発揮させるのじゃが… これはパス1だな、いまのところ。ちょっと猶予を貰いたいが… 良いかな?』
「どうぞモチロンですよ。ならば…⑷ですが、さっきココの⑴でたいして温度変化が無いことが分かっただけに、この温度計による測定の精度がいよいよ気になってるんです。よろしく解説お願いします」
『そうだ、ひとつ言い忘れておった』
「温度変化で思い出したのだが… ジュール先生は熱媒体として水を使ったのはなぜだと思うかな? 実はワシにとっての謎のひとつなんじゃよ」
「えっと… それは身近だし、溶液の溶媒として良く使うし… ああ、蒸気機関にも必須ですよね。それにこぼしても勿体なくないからじゃないですか?」
『ふむ、どれももっともな理由じゃな。しかしひとつあまりヨロシクない性質もあるではないか』
「ヨロシクない… ですか? はて?? 酔っぱらえないとか…」
『バカ言っちゃいかんよ、ラクどん!』
博士がいきなり怒鳴り散らした。
「そ、そんないきなり怒鳴らなくたって…」
『ははは、悪い悪い… こうやってすぐ怒る人を”瞬間湯沸かし器”とか言わんかね?』
「言います言います… あ、そうか、本当は他の液体に比べると比熱が大きい、つまり”暖まりにくく冷めにくい”んですよね。だから熱媒体としてはあまり適いていない… むしろアブラの方が温度上昇を捉えやすいワケですね、鋭敏に」
『そうそう、そこが不思議なところさ。しかし良く考えるとね、アブラにはいろいろな種類と品質があるけど、水はほぼ万国共通という利点もある。意外とそんな理由に拘ったのかもな、比熱とか比重とかも結局水が基準になっておるからの。しかしワシにとっての引っ掛かりであることは変わらんな』
「なるほど… ならば温度計に行きましょか」
『待て待て… ちいと小腹が減らんかね? ”湯沸かし器”なんて言葉にしたら何やらな…』
「言われてみれば… カップ麺でも行きますか? 僕、5個くらいストック持ってますよ」
『出前も時間がかかるからのぉ… それ、行こか?』
「博士、この中からどれでもお好きな物を… なに、賞味期限なんて少々すぎてても無問題でしょ」
『当り前じゃ、いきなり食えなくなるワケがない。ところでラクどん、お好きなって… たしかに5個あるが2種類しかないではないか』
「へへへ、だってこれ、どう考えてもこれとこれ、何回食べても名作ですよ。それともお嫌いですか?」
『何を言う… 大好物じゃ。 ワシはこの、カレーヌードルを失敬するぞ』
「え、容赦ないですね、残り1つだったのに… まあ良いか、僕にはシーフードヌードルがある。それよりお湯お湯… レンジで良いですよね」
『モリロンじゃ… そこのマグカップで沸かすとしようかの』
「はい、じゃ水はこのくらいかな… ではタイマーONで…」
沸くのを待つ間にも博士が話掛けてくる。
『電子レンジの動作原理も摩擦と関係があるのじゃが、認識はしておるかな?』
「博士、僕は趣味でHAMやってましたからね、トーゼンです。マグネトロンが発する2.4GHz、つまり2400Ⅿ(メガ)Hzの周波数の電磁波が水分子を共鳴振動させる結果、摩擦熱で発熱するんですよね」
『ほう、さすがじゃな… 2.4Gで無線ことはあるかね?』
「いやいやそんなん絶対イヤですよ。近くで出力掛け過ぎて脳味噌沸騰とか、そんなことはないんでしょうけど、少しでもリスクは避けたいですからね。だから1.2Gとか2.4Gは極力避けてました。特にハンディトランシーバーは顔の近くで使うでしょ、そんな無線機あるのかも知らないですが。調べたこともない… あ、お湯沸きましたよ。博士、容器こっちにください、入れますから」
『ああ、悪いな、じゃ、よろしく』
「この期待に胸を振るわせてただ待ってる3分間って、なんか悪くないですよね」
『ワシは精神修養が足らんのかな、2分間がちょうど良いぞ』
「それじゃ林檎さんのアノ歌が途中で切れちゃいますよ」
『あはは、”能動〇3分間”のことか。あれはMVの秒数によると3分を少々はみ出るぞ… よっしゃ、2分。このときのジャガイモの半煮え具合がタマラン… じゃお先に』
間もなく研修室にフーっ、ズルズルという奇怪な音が高らかに響き渡った。
時折『あ、あっつ』
という悲鳴に近い歓喜の声が混じるのも御愛嬌だった。




