黒くて長い夜
とうしたもんだろう…
仕事から帰ってきて30分。まだ俺は車の中にいる。
目の前に横たわる黒くて長いものを、どうしたら良いものか思案にくれているのだ。
踏みつけるのはやだし
かと言って避けて入ることも出来ないし
諦めモードになっていると、黒くて長いものはズルズルと動き出し近くの草むらに入っていった。
俺はホッとして車庫に車を入れた。
母にそのことを話すと
「あらあら、それってお金持ちになるってことよ」
「見ただけで?」
「そう確かお祖母ちゃんが言ってたわ」
「へー」
俺は半信半疑で話を聞いていた。
その日の夜、俺はバスの中にいた…。
いや、バスの中にいる夢を見ていた。
小高い山を超え何処かの村についたバス。
窓の外を見ると道の上を何かがうごめいているように見えた。
しばらくすると松明の灯りが近寄って来た。
息を呑み見ていると少女か松明を持って駆け寄って来ていた。
そして少女は
「早くそこから逃げて」
「え?」
「良いから早くバスから降りて」
何を言っているんだろう
俺は不思議に思いながら
「逃げろって何?君は誰なの?」
すると少女は困った顔をして
「今は教えられない、良いから早くバスから降りて時間がないの」
急かす少女を不思議に思いながら扉を開けると
ボトッ
後ろで何かが落ちる音がした。
振り返ろうとすると
「見ちゃだめ急いで」
少女が叫んだ。
俺が慌ててバスから降りて少女のそばに行くと、少女は俺の手をいきなり掴んで走り出した。
少女が走り出すと足元の何かが道を開けるのが分かった。
不思議に思い、俺はたまらず振り返りバスを見て目を見開いた。
バスは、おびただしい数の黒い何かに包み込まれている。
あのままあそこに居たら…
ゾワゾワとしながら俺は少女の手を強く握った。
その手を少女も握り返してくれた。
しばらく走ると小さな鳥居と祠が現れた。
少女は鳥居を必ずくぐって入り祠の裏に隠れていろと言った。
何かの結界?
俺は漠然とそう思った。
鳥居の手前で少女は松明をかざしそれが来るのを待ち構えているようだった。
薄暗い中、俺は必死に目を凝らし少女を見た。
ウッ
そして息を呑んだ。
幾千幾万という蛇の大群が迫ってきていたからだ。
その中にひときわ大きな黒い蛇がいた。
俺はあの大群の中を走ってきていたのか。
ゾワゾワどころか吐き気がしてきていた。
その蛇の大群は松明を持った少女に飛びかかる。
少女は松明を振りかざし威嚇するが全ての蛇には届かない。
このままじゃ彼女が危ない
そう思い出ていこうとすると何かの壁にあたった。
俺は閉じ込められていた。
少女はそんな俺を見て
「日は昇ると唱えて早く」
と言った。
それがなんの役に立つのかは理解出来なかったが俺は一心不乱に
「日は昇る、日は昇る、日は昇る」
何度も何度も唱えた。
すると少しずつ空が明るくなってきて…
ピシュッピシュッ
目の前にいた蛇がどんどん消えていく。
俺はもっと必死に唱えた。
そして最後に残ったのはひときわ大きな黒い蛇だった。
「なぜ邪魔をする、お前も食べたいだろ?」
その声に少女は
「私は貴方とは違う」
「もとは同じではないか」
「違う!私は食べたりしない」
「小賢しい」
黒い大蛇は少女を飲み込もうとした。
突然少女の体が光だし少女の姿は真っ白な蛇に変わった。
彼女は白蛇…
何処かで見た気がする白い蛇。
そうだ、あれは一ヶ月前
仕事からかえると母が家の中に蛇が入ってきたと騒いでいた。
蛇が嫌いな俺はどうすることも出来ないが殺したくはなく、蛇の嫌がる匂いのする薬を買ってきて窓を全開にして家の中から蛇が出ていけるようにした。
暫くすると無事に蛇は出ていった。
蛇が出ていった窓を閉めようとして外を見ると、去って行くのが見えた。
「まさか、あの時の白蛇なのか?」
思わず叫んだ。
少女は驚きながら振り返り柔らかく微笑んだ。
その少女を黒い大蛇が勢いよく飲み込んだ。
俺は思わず
「やめろ!彼女を返せこの化け物」
と叫んだ。
すると黒い大蛇は俺の脳裏に言葉を響かせ
「次はお前の番だ」
バリバリバリ
突然大きな音がした。
驚き見ると大蛇が引き裂かれていく。
そして中から少女が出て来た。
うわぁぁぁぁ
俺が想像を超えるあまりの事に驚いていると
「大丈夫、ほら目を覚まして」
と少女が呟いた。
その瞬間
ドクン
と心臓が脈打つのが分かった。
俺は、はっと目がさめた。
何だこの息苦しさは
肩で大きく息をしととのえると大きなため息をつき
「夢か…夢で良かった…」
そう安堵した。
今も不思議に思う…あの夢は何だったのかと。
大量の蛇の中にいる夢などめったに見られるものではないだろう。
母に話せば笑われるのが落ちだ。
それにしても、あの少女…白蛇は今も夢の中にいるのだろうか?
それとも…
その思いは永遠に消えることはないだろう。
ただあの夢のおかげで睡眠時無呼吸症候群と言う病気が分かり早期治療をする事が出来た。
あの夢は睡眠時無呼吸症候群を発症し、あの世と此の世の間を彷徨っていた俺を救うものだったのかもしれない。
なんにせよあの日から俺は白蛇がかくまってくれた祠を探すために、まとまった休みの日には旅行に行くことにしている。
夢の中ではなく、いつかどこかで少女に再会しお礼を言いたい…
そう願いながら。