ツルの恩返しⅢ( もうひとつの昔話 49)
その昔。
ある山深い村に木こりの男がおりました。
ある日。
男がいつものように、犬のポチを連れて山仕事に出かけた帰り道、ポチが茂みに向かっていきなり吠え始めました。
「おい、どうした?」
男が茂みをかき分けてみると、そこには一羽の白いツルがワナにかかっていました。
「ポチ、行くぞ!」
男はツルをそのままにして帰ろうとしました。
ワナは同じ村に住む猟師が仕掛けたもので、他人の獲物に手を出してはいけないと思ったのです。
ワン! ワン!
ポチはツルを助けてやれと、その場を少しも離れようとしません。
「かわいそうだが、このツルは猟師のもんだ。このままにして帰ろう」
ワン! ワン!
ポチは納得できないのか、前にもまして激しく吠え続けました。
「しょうがねえなあ」
男はついに根負けし、ワナからツルを逃がしてやりました。
ワン! ワン!
ポチが嬉しそうに尻尾を振ります。
ツルは男にお礼を言うように頭を下げ、それから夕暮れの空に向かって飛んでいきました。
その晩。
男は子供の頃に親から聞いた、「ツルの恩返し」の話を思い出していました。
昔、男がワナにかかったツルを助けると、その晩、男の家に美しい娘が訪れ、さらには嫁となり、貧乏な男のために機を織ってくれるという話です。
――あー、おらのところにも、かわいい娘っ子がやってこねえかなあ。
男は貧乏の独り者、ずっと嫁が欲しいと思っていたのです。
――機なんか織らなくてかまわんので、毎日、二人でイチャイチャできたらなあ。でも、ほんとに娘っ子が来たらどうしよう……。
男は明け方近くまで、いろいろ楽しいことを想像しながら、若い娘の訪れを待ちました。
ですが……。
若い娘どころか、その晩は誰一人、男の家を訪れることはありませんでした。
翌朝。
――やっぱりなあ。
男の期待は見事にはずれました。
――しょうがねえ。あれは昔話で、昔の人が作ったもんだからな。
男は気を取り直すと、今日も山仕事に行くため、朝飯の用意を始めました。
――あれ?
ポチの姿が見えません。
いつもならこの時刻、飯を食わせろと外から吠えてくるのです。
――ポチのやつ、寝坊するとは珍しいな。
男はポチを起こしに庭に出ました。
ポチは納屋の隅で寝ていました。
――うん?
男はおもわず目をこすりました。
ポチにくっつくようにして、そこには白い子犬が寝ていたのでした。