⑤-07-83
⑤-07-83
「おはようございますシレナさん」
「おはようございます。エチルさん、マインさん、ターニャさん」
「実は2人きりでお話ししたいことが」
「え?」
「「ちょっと!」」
「実は4人だけでお話ししたいことが」
「わ、分かりました。応接室をご用意いたしますわ。2階へどうぞ」
「分かりました」
先導して2階へ案内してくれる。
階段を上がっていくスカートから伸びたスレンダーな足が数時間前までの緊張感、闇から生への帰還を強烈に意識させる。
「どうぞ」
応接室に入りソファーを促され、彼女はまた出て行った。
しばらく経ってお茶を手に戻って来たシレナさんは各人に茶を淹れてくれた。
「それでお話というのは」
「約束を覚えていますか?」
「約束?」
「ゴーストを倒したらあなたを好きにしても「ゴスッ」ぐふぅ・・・ゴーストを倒したらあなたに緘口令をとお願いしたのを」
「え、えぇ。勿論覚えておりますよ」
「これがゴーストの魔石です」
そういって目の前のテーブルに赤黒い、血黒いゾンビのより大きな魔石を2つ置いた。
「こっ!こっ!これはっ!?」
「これをお求めでは?」
「まっ!まっ!まさかっ!?」
「10万エナ。ご用意いただきたい」
「ちょっ!ちょっ!ちょっとお待ちを!」
「どうぞお茶でも飲んで」
「あ、ありがとうございます!・・・ふー」
「大分暑くなりましたね」
「そ、そうですわね、ってちがーう!」
「お茶請けが欲しいですな」
「こ、これ。倒したんですか?」
「えぇ」
「ホントに?」
「鑑定されては?」
「そ、そうね。ちょっとお借りしても?」
「返してくださいよ?」
「も、勿論です。では少々お待ちを」
「あ!」
「ど、どうされました?」
「緘口令の事。忘れてないですよね?」
「!も、勿論ですよ!大丈夫です、任せておいてください」
「そ、そうですか」
「では少々失礼します」
バタン
「大丈夫ですかね?」
「うーむ。一応念押しはしたが・・・」
しばらく3人で首をがっくんがっくん揺らしているとシレナさんが戻って来た。
「お待たせ・・・起きてー」
「「「はっ」」」
「お待たせしました」
「鑑定の結果はどうでした」
「間違いなくアンデッドの魔石であると。この大きさだとゴーストだろうとの結論に至りました」
「そうですか、それは良かった」
「それでですね」
「10万エナ」
「あ、あぁ、はい。勿論ご用意しております。それでですね」
「10万エナ」
「わ、分かりました。先にお渡ししておきますね。どうぞお納めください」
テーブルに布を乗せた小皿を置いた。
布を取ると皮紙と金貨1枚を乗せた会計盆がある。
その場で皮紙にサインを書き金貨を受け取る。
「ではこれで」
「待ってー!エチルさん待ってー!」
彼女は抱き留めて僕を行かせまいとする・・・イかせて欲しい。が、
「はーっ!?」
「ど、どうしました!先輩」
「騙された」
「「「えっ?」」」
「騙しましたねシレナさん」
「なっ、何の事です?」
「僕と約束したのに!」
「も、申し訳ありません!ただ私達にも事情が」
「ちょ、先輩!先ずは話を聞きましょうよ」
「そうです!お願いします!話を聞いてください!」
「騙しているのに?そちらの話を聞けと?」
「うぅ!こ、心苦しいのですが・・・」
「はっ!どうだか!ほんっとは全然そんなこと思っていないのでは!」
「そ、そんなことはありません!」
「先輩!先ずは話を!」
「話を聞かせることがそもそもこの人の狙いなんだ!」
「うぅ!」
「10万エナ受け取った!帰ろう!そして街を出よう!」
「何があったんですか?」
「僕らは虚仮にされた。あなたは、いやギルドは僕らなんか王軍が来るまでの時間稼ぎでしかない!そうですよね!シレナさん!」
「ち、ちがっ・・・いえ。そうだったかも知れません」
「シレナさん?」
「申し訳ありません。私は最初あなた達に期待するような言葉を掛けましたが・・・あれはあなた達をやる気にさせる為に言った言葉なのです」
「そうです!僕も期待しましたよ!」
「も、申し訳ありません」
「期待させ落とす。なんて卑劣な・・・なんて・・・」
「申し訳ありません。これも街を守る為なんです!」
「ん?街を守る?え?」
「どうしました、先輩?」
「ん?あれ?」
「エチルさん?」
「あれ?話が・・・?」
「そうですよ。先ずは話を聞きましょう」
「お願いします!話を聞いてください!」
「この魔石を納品館長に見せた所、間違いなくゴーストのだと言ってくれました。それで話がギルド長まで上がってしまいして。ギルド長や他の偉い方も同席させろと言って来たのですが、緘口令の事を話して、もし会われたら街を出て行くかも知れないと言って私だけにしてもらった次第です」
「なるほど。緘口令の念押しをしたのに関わらずそれですか。それは先輩も怒りますよ」
「ん?あれ?緘口・・・?」
「申し訳ありません」
「まぁ、同席させなかったのは正解よね。してたら帰ってましたよ!」
「誠に申し訳ありません」
「それで?話というのはこれからのゴースト退治の事ですか?」
「は、はい。仰る通りです」
「まさか1匹5万は払えないっていうんじゃ」
「いえいえ!それは間違いなくお払いいたします!」
「じゃぁ、倒し方を聞いて他の冒険者にも倒させよう・・・とか?」
「・・・マインさん」
「冒険者の飯の種をわざわざバラす訳ない、って思いません?」
「・・・仰る通りです」
「帰りましょう先輩、ターニャ」
「お、お待ちください!それはギルドの案ではなく冒険者に疎い者達のものなのです」
「それで?」
「私達ギルド関連の者は、そういった冒険者に疎い者達に説明したのですけれど・・・」
「街の為になら流れの冒険者の損得などどうでもいい・・・とか?」
「・・・」
「そんな殊勝な性格なら軍に入ってますよ!」
「・・・仰る通りで」
「それでか・・・」
「どうしました、先輩?」
「下に人が集まって来てるな」
「「なんですって!?」」
「時間稼ぎか。嵌めましたね、シレナさん。いやハメたかったのは僕もだが」
「やってくれましたね」
「そんな!?違います!私はそんな・・・」
「どうします?」
「俺が時間を稼ぐ。マインとターニャは宿に戻って荷物の回収。食料と水の奪取だ。そのまま街を出る」
「「分かりました」」
「お待ちください!私が話してきます!」
「あなたが話したとて聞く連中じゃないから集まって来たのでしょう?」
「いえ!うちのギルド長は話の分かるお人です!ギルド長から掛け合ってもらいます」
「信じられませんね。それに時間が掛かればそれだけ僕等に不利だ」
「ギルド長はギルド戦争でも活躍した穏健なお方なのです!」
「戦争で活躍したって、キナ臭いにおいしかしないんですが」
「・・・とと兎に角!話してきます!どうかそれまで穏便に!どーか!」
「確約は出来ませんね」
「よろしくお願いします!では私は話に行きますから!」
シレナさんはそう言って出て行った。
「面倒な事になりましたね」
「あぁ」
そう言いながら席を立ち窓に近づく。
「どうしたんですか?」
「脱出するぞ」
開いていた窓外の様子を探る。
人の反応は無い。
「さっき言ったように宿から荷物の回収。食料と水の確保。終わり次第西門に移動する」
「「分かりました」」
全員窓から飛び降りた。