④-19-76
④-19-76
クロスボウを新調して更にサーヤ君の殲滅力が上がっていった。
銃身の安定化とスコープによって命中率も上がり、
コッキングロープで装填時間が短縮し疲労も軽減され、
持ち前の《頑健》さで戦闘時間も伸び、次々とゴブリンをも射抜いていった。
更に大熊の革鎧も完成し防御力もアップ、充実したハンティングライフを送っていた。
そこにリガル・サーペントの素材が入荷したと知らせが入り、修理に出した。
良いタイミングだろう。
ここらで1周年記念と開放記念の食事会を開こう。
「ではこれからのパーティの成功と無事を祈って、乾杯!」
「「かんぱーい!」」
酒ではなく果実水、フルーツやハーブを入れた飲み物だ。
「長かったような短かったような、そんな1年でしたね」
「いつか聞いたセリフだな」
「サーヤは長かった暗黒時代からの脱出ね。これから一緒に幸せになりましょ!」
「はい!」
サーヤ君は目が赤くなっている。
酒は飲んでいないはずだがな。
「そういえば言ってなかったが、お金が必要な時は言ってくれ。僕達が持ってる金はパーティの金だ。基本、共有資金と別に個別に給金的なものも考えようかと思ってるんだが」
「い、いえ。私は・・・」
「駄目よサーヤ!私達はお金を稼ぐために冒険者になったのよ」
「そうだ。ただ少し前までは奴隷だったサーヤ君にいきなり大金を渡すのも心配だ。当分は僕達が管理しよう。必要な時に都度言ってくれ」
「は、はい。分かりました」
「美味しい物が食べたいとか、お土産買いたいとか。ちゃんと言うのよ」
「はい!」
「サーヤ君、僕達は戦いの素人だから意見が有ればどんどん言ってくれ」
「えっ?でもお2人すごく強いですけど・・・」
「魔法があるからな。無ければその辺の奴らより弱いよ。戦闘訓練なんか受けてないからね」
「そうなんですか!?でも大熊とか・・・」
「あれは運が良かったんだよ」
「そうでしょうか・・・」
「まぁ、訓練受けたこと無いって言うのはホントよ」
「大熊みたいに望まざる遭遇戦っていうのも今後もあるだろう。自分達より強い奴らとのね。だから僕ら2人だけの意見じゃなく君も意見を言って欲しい。それがパーティの生存に繋がる」
「分かりました!」
各々料理をつまんでいく。
「大熊戦以来考えてることが有るんだ」
「なんですか?」
「大熊が吼えた時動けなかったろ?」
「えぇ。確かに」
「はい。ビクッってなりました」
「サーヤ君、上位アンデッドは死霊魔法を使うって言ってたよね?」
「はい、そう聞いてます」
「魔法を使うって事はスキルを使うって事だろ?」
「あ!魔物もスキルを使う?」
「あぁ、だと思うんだ」
「はい。魔物もスキルを持ってます」
「そうか、やっぱりな。だとすると大熊の咆哮はスキルでスタン的な効果があったんじゃないかな?」
「なるほど、それはありそうですね」
「安全の為にもより一層魔物を観察する必要があるな」
菊池君は現代日本女子だから分かるがサーヤ君も沢山の種類の料理を少しずつ摘まむのが好きだな。
世界問わず女性共通なのか?
「周りがチラチラこっち見てる気がするな」
「大熊を倒したのが広まってるんじゃないですかね」
「困ったな」
「えぇ、何でですか。私は誇らしいです」
「尾けられたりしてワライマイタケ狩ってる所見られたりするの困るだろ」
「な、なるほど」
「そんな感じで前の街も居られなくなったのよ」
「グンナーに来て2か月少しか・・・そろそろかね?」
「・・・他の街へ?」
「うん」
「サーヤ君はどうだ?」
「わ、私はどちらでも・・・」
「君の意見を聞いてる」
「は、はい。私は・・・最初は直ぐにでもここを離れたかったんですけど・・・」
「ブリトラ・プリシラ母娘か」
「はい。でも今は・・・なのでここでもやっていけるなって思ってきたところでした・・・なので」
「なるほど。安息の地が出来た・・・ってところかな」
「今までが奴隷で気の休まる場所なんてなかったろうしね」
「まぁ、僕達は世界を見て回る。その果てに君はここへ戻って来ても良いだろうし。今はここを故郷って思ってみてもいいんじゃないか?そういえば君は故郷を覚えているのかい?」
「風景は朧気ながら・・・でも場所は・・・」
「・・・そうか」
「ここは奴隷から解放された土地だから、ここを第2の故郷にするのもいいんじゃないかな?」
「・・・そうですね、新しい自分、新しい人生。ここからやり直します」
「そうしよう。過去を振り返っても良いことはないだろう」
「いつくらいに発ちます?」
「ハリエット商会が持ち直しつつある。一区切りついたところくらいが良いんじゃないかい?」
「ムヒとか護衛に雇ったって聞きましたよ。他の街への移動が問題なくなったらってところでしょうか」
「そうだね。それじゃもうしばらくお金と経験値を稼ごうか」
「どこに行くんです?」
「まだ決めてないよ。君等も何処へ行きたいか考えておいてくれ」
「「はーい」」
防具も直りそれから約1ヶ月ほどハリエット商会の様子を見つつ狩りを続けた。
僕達も強くなり幾つかスキルのLvも上がっていたところで、ハリエット商会も何度か他の街へ品物を運び経験と信頼を積んでいった。
そろそろ頃合いだろう。
ある日の夜、ブリトラさんに明日街を発つと切り出した。
「急・・・ですわね」
「申し訳ありません。ワライマイタケの在庫が足りませんか?」
「・・・いえ、それは、大丈夫です」
「世界を旅してましてね。まだまだ見て回りたいものが有るんですよ」
「海亀とか・・・ですか」
「それもです」
「娘が・・・寂しがりますわ」
「ブリトラさんが支えてください」
「・・・そうですわね」
翌朝、会わずに出て行こうと思っていたがプリシラちゃんに捕まってしまった。
「何も言わずに行っちゃうつもりだったの!」
ムヒや現場検証をした冒険者もいた。
揃って護衛依頼を定期的に受けていたようだ。
「聞いたぜ。ハリエット商会に口利いてくれたのおめぇなんだってな」
「忘れたな」
「すまなかったな。俺は勘違いしてたみてぇで。大熊もおめぇが殺ったんだろ」
「まぐれだがな」
「上位種まぐれで殺れるやつぁいねぇよ。・・・その、まぁ、達者でな」
「あんたも。ハリエット家を頼んだぜ」
「あ、あぁ。任せときな!」
「エタルさん、マキロンさん。そしてマーヤさん。今までありがとうございました。これからのご成功を願っていますわ」
「ブリトラさん。私達もハリエット家の活躍の噂を遠い空の下で待ってますよ!」
「奥様。色々ご厄介になりました。私はこれから自分の人生を取り戻しに旅に出てゆきます。奥様もお嬢様も、これからの人生、母娘で仲良くお暮しください」
「サー、いえ。マーヤさん。新たな人生の門出を祝福出来て幸いでした。そして新たな人生に幸有らんことを」
別れは苦手だ。
湿っぽくなる。
サラっと別れたいんだが。
「お兄ちゃん!」
「プリシラちゃん」
「もう!ちゃんじゃないってば!」
「プリシラお嬢様」
「もう!・・・お父さんはまだ許せないけど、パパならまた話しても良いかなって・・・今度お墓に行って話してみようかなって思ってる」
「そうか」
「でも多分いっぱい文句言っちゃうと思うけど」
「どんな事言ったかお母さんにも教えてあげるんだ。お母さんもパパと話せる切っ掛けになるだろう」
「・・・うん、分かった」
「君達母娘に謝りながら憑いてくる背後霊が見えるな」
「ふふふ」
「・・・ガラじゃないんだが・・・一曲聞いてくれるかな」
バッグから笛を取りだす。
「あら、完成されてたんですの?」
「えぇ、ついこの間」
「リコーダーじゃないですね」
「ケーナに近いね」
「ケーナ?」
俺は『コンドルは飛んでゆく』を吹いた。
・
・
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ふふっ。本物には遠く及ばないな。笛も演奏も。
「物悲しい調べですね」
「でも悲しいだけじゃないね。力強さも感じたよ。お兄ちゃんが作ったの?」
「いや。僕の故郷からまた遠い国の曲さ」
俺は笛をプリシラちゃんに渡そうとする。
「君にあげよう」
「え」
「受け取ってくれ」
「・・・もう二度と会えないなんて言わないよね?」
「はっはっは。マーヤ君の故郷だからね。また帰って来るさ。それまでに君の曲を聞きたいな」
「・・・分かった。今の曲、練習するよ」
「あぁ。楽しみにしてる」
「マキロン姉ちゃんも、マーヤ姉ちゃんも。お母さんと2人でお店おっきくして待ってるから。いつでも帰って来てね!」
「お嬢様・・・」
「分かったわ!お母さんと待っててね!」
「うん」
「そろそろ行くぞ」
「「はい」」
別れは苦手だ。
後ろ髪引かれる思いになる。
それを振り払うのも強さなんだろうか。
いや、強くなってもその気持ちは無くならないだろう。
人と人との繋がりを断ち切ろうとするのは強さなんかじゃない。
むしろ人の思いを受け止められないのは弱いからだ。逃げてるんだ。
「また会えるさ」
「えぇ。勿論よ」
「はい」
初夏、僕達はグンナーを後にした。