④-16-73
④-16-73
「美味しかったですよ、ブリトラさん!」
「ありがとうございます」
空気は少し微妙な感じである。
サーヤ君はハリエットさんと愛人契約していたのだ。
僕以外は気まずいようだ。
「マイタケがねー。マーヤ君も初めて食べたんじゃないかな?」
「・・・は、はい。すごい美味しかったです」
「そうだろう、そうだろう。何せ自分達で狩ったんだからな。はっはっは」
ブリトラさんの愛想笑いが窶れた顔に更に影を作る。
「ところでプリシラさんはお母さんが嫌いなのかな?」
「は?え、何?何を言ってるの?」
「お母さんが嫌いなんですか?」
「なんで、そんなことない・・・わよ」
「そっか、じゃぁお父さんが嫌いなんだ」
(ちょ、先輩)
「・・・」
「じゃぁ、マーヤ君のことも嫌いなんだ」
ビクッ
「エ、エタル・・・さん」
「君がそうなら仕方ないな、僕らは出ていくよ」
「え?」
「ちょ」
「お父さんと愛人契約結んだ女が同じ屋敷にいるのが我慢できない・・・そうなんだろ?」
「・・・」
「君はどっちに怒ってるのかな?家族を裏切ったお父さん?奴隷で仕方なく契約を結んだマーヤ?それとも両方?」
「・・・」
「それともお母さんを苦しめてると分かってるのに何もしてあげられない君自身かな?」
「!?」
「恐らく全部なんじゃないかな?」
「全部?」
「君はお父さんが好きだった。でも裏切られた。お母さんも裏切った父親を許せない。
好きだった父親と愛人になったマーヤ。お母さんの敵であるマーヤを許せない。
夫のせいで苦しんでるお母さん。マーヤのせいで苦しんでるお母さん。悩んでる自分のせいで苦しんでるお母さん。そんなお母さんを助けられない自分を許せない」
「分かんないよ!もう滅茶苦茶なんだもん!」
「そうだ。今君の周りは滅茶苦茶だ。でもだから大丈夫って事でもあるんだ」
「え?」
「滅茶苦茶が通り過ぎた先に何が有ると思う?
混乱が過ぎ去った世界に何が残ってると思う?」
「なにが・・・あるの」
「何も。何も残らない」
「え?」
「お父さんとお母さんが必死になって作り上げたこの商会も、
お父さんとお母さんが必死になって作り上げたこの屋敷も、
お父さんとお母さんが必死になって作り上げたこの生活も、
そして君が愛したお母さんも、
みんな無くなってしまうんだ」
「・・・」
「今君の心の中は滅茶苦茶だろう。だけどその滅茶苦茶が過ぎ去ったら君は1人ボッチになってしまう。商会の人やお母さんも。誰も君を助けてくれない。誰も助けられない」
「・・・」
「今、滅茶苦茶だけど、今ならまだ間に合うんだ」
「・・・間に合う?」
「商会もお金もお母さんも。みんないなくなったら何も出来なくなってしまう。
君はこの世界でたった1人で生きていかなくてはいけないんだ。
でも滅茶苦茶になったんなら、その欠片からまた作り直せばいい、その破片から築き直せばいい。今ならまだ直せるんだ」
「・・・」
「君は最近お母さんの顔を正面から見たことがあるかい?」
「え・・・」
「見るんだ。君の滅茶苦茶な世界で絶対に君の味方になってくれる人の顔を」
「・・・おかあ・・・さん」
「君のお母さんがなんでこんなに窶れているか。お父さんに裏切られたからじゃない。君が心配だからだ。君のたった1人の母親だからだ。
なんで相談しない?君の母親に。
なんでぶちまけない?自分が何を思ってるか。
何に怒っているのか、何が嫌なのか、なんでお母さんが嫌いなのか」
「ちが・・・嫌いじゃない」
「お父さんを罵らないお母さんが嫌いなんじゃないのかい」
「ちがう」
「マーヤを追い出さないお母さんが嫌いなんじゃないのかい」
「ちがう」
「母親に相談しない君を叱らないお母さんが嫌いなんじゃないのかい」
「違う!私が、・・・わたしは」
「マーヤは10才で攫われて奴隷にされた」
「え?」
「10才で彼女の世界は無茶苦茶になった。親も兄弟も故郷も何もかもなくなった。でも10才では何も出来ない。作り直すことも築き直すことも。
16年間何も出来なかった。滅茶苦茶ですらない、何も無いからだ。
だが今回の事件に遭遇した、ただの偶然だが。今彼女は必死に作ろうとしてる。
新しい彼女の世界を。必死にね。魔物相手だ、死ぬ危険がある。君もあそこで見ただろう。魔物に襲われた末路を。
それでもマーヤは新しい自分の世界を1から作っているんだ。そして彼女には僕達がいる。僕達が一緒に作る。作ってみせるよ。新しいマーヤの世界をね。
君は作れるのかい?たった1人ででも。
今ならお母さんが助けてくれるよ」
「おか・・・」
「滅茶苦茶でも何もなくなってしまったら・・・作り直すことは難しい。何もないんだからね。
今、君は滅茶苦茶で何をしていいのか分からない。なら分かるまでお母さんと生きていけばいいんじゃないかな。
お父さんを嫌いになってもいい、マーヤを嫌いになっても。でもお母さんを嫌いになっちゃだめだ」
「でも・・・お母さんまで私を裏切ったら・・・」
「裏切っているのか裏切っていないのか、1人で悩んでても仕方ないだろう。お母さんに話してみないと」
「でも。話してもしそうだったら・・・」
「作り直せばいいじゃないか。お母さんは死んでいないのだから。
お父さんは死んじゃった。話も出来ない、勿論作り直すこともね。
でもお母さんはまだ生きてる。何度でも作り直すチャンスはあるじゃないか。それに裏切ってるかなんてまだ決まってないんだから、まず話してみないと」
「う、うん・・・」
「僕は大熊を倒すことが出来た、けど大怪我も負って動けなくなったしまった。でもマーヤが街まで背負って帰ってくれたんだ。君には今、背負ってくれる人がいるのかい?
今日の料理は美味しかったかな。僕らとマーヤで狩って来たんだ。この傷が治ったらまた狩りに行くよ。何度でもね。ごちそうさまでした」
僕らは席を立って部屋に向かった。
静かな春の夜だ。
この世界は基本的に静かだ。
車の音もTVの音もBGMも無い。
無音の音だけが聞こえてくる。
「・・・お母さん!」
「はぁ~。空気読まないのは毎度の事ですけど」
「1つ言っておくが、読めないんじゃなく読まないんだからな」
「そう言ってるじゃないですか」
「食事代浮いたな」
「いやいやいや」
「明日は装備の修理に行かないとな」
「そうですね!忘れてましたよ」
「素材が無いだろうから取り寄せかな」
「でしょうねー。時間掛かりそうですね」
「笛も完成させたいな」
「笛?」
「今作ってるんだよ、楽器としての」
「どんな調子です?」
「おならの音の方がまだ音楽って感じだな」
「全くってことですね」
「ん?どうしたサーヤ君?」
「・・・カズヒコ様」
「早く来ないと置いてくぞ」
「・・・」
「俺達は前に進む、進み続ける。ぼさっとしてたら置いてかれるぞ」
「・・・はい!」