⑱-30-697
⑱-30-697
私室に案内された。
「それでは誰も通さないで下さいね」
「分かりました、キルケさん」
そう言ってダリアが出て行った。
俺達はソファに座って話し合う。
「さてと。俺達はあれからタリルコルさんのバレンダルとオランドさんのドゥベルチに行って来ましてね」
「おや。オランドさんは公都を離れて?」
「えぇ。新店舗開店の為にです」
「もう開店ですか。流石ですね」
「えぇ。カツールク商会とは?」
「はい。鳩は開通しました。今後定期的な取引を結ぶ事で話はまとまっています」
「それは良かった」
「ですが先日便りに有った話で無理な事が御座いまして」
「はい」
「ここで農地を経営する話です」
「あぁ」
「私共はまだ開店して数カ月しか経っておらず、とても農業経営に手を出せる余裕が無いのです」
「そりゃまぁそうだな。いきなりな話ですいませんでした」
「いえいえ」
「でも農地は今後必要でしょう?整地だけでも出来ないかしら」
「本格的に始めるのは先としても、土は作っておいた方が良いんじゃないかなぁ」
「むっ、確かに。土は時間が掛かるからな。キルケさん、数年後に農業を始める事を見越して土地を取得、整地できませんかね」
「うーん。正直人手が足りていないのですよ。そこに土地を管理するとなると・・・」
「人手かぁ・・・あっ、人手というか、業務の削減という意味で助けられるかもしれません」
「ほぉ?」
ガシィィィィィ
「いででででで!」
「キルケさん!マコルさんが痛がっています!」
「あっ!すっ、すいません!私とした事が」
「いででで、いや、なに、だいじょ「ボキボキ」・・・座って話しましょうか」
「はい」
「これが洗濯機です。如何ですか?」
「素晴らしい!従来の時間を大幅に短縮するだけでなく、それよりも多くの服を洗う事も出来る。正に革命的商品と言えるでしょう!」
「売れますかね」
「売れます!特に富裕層は対面外交が重要です。臭いや汚れに敏感ですからな」
「しかし洗濯機は頭打ちになる」
「本命は洗濯石鹸という訳ですか。洗濯機は直ぐに真似されそうですが石鹸は無理。耐久消費財じゃなく日用的に消費されている石鹸なら超長期的に売れるでしょう。洗濯機のインパクトで最初期の売れ行きも良さそうです。そこを利用して我々のブランドを浸透させられれば業界の地位は確立できるでしょう、素晴らしい」
「実はタリルコルさんとオランドさんの所でも販売する事に決まってまして」
「ほぉ」
「3箇所で同時に販売する事で誰が最初だったかをぼかす狙いです」
「なるほど。我々はあくまでも代理販売でラグリ商会に辿り着かせないようにと」
「えぇ」
「承知しました。その様に吹聴しておきます」
「よろしくです。そして早期に製造販売計画を作って欲しくて」
「ふむ?」
「カツールク商会に卸す為です」
「おぉ。ソルトレイクに売り込むのですか」
「人口が多ければそれだけ売れそうですし、カツールク商会が儲かれば女王派にプラスになるでしょうし」
「確かに」
「マコル」
「ん?あっ、そうそう。それでですね。今まで洗濯に掛かっていた時間が洗濯機に因って浮く訳ですよ」
「なるほど。浮いた時間を農地の整地に充てるという訳ですね」
「えぇ。夜間警備は必要有りません。先ずは土を作っておくだけでいいので」
「十分可能ですね、これだけ効率化されれば。分かりました。農地の取得と整地までは進めておきましょう」
「あっ、整地についてですが、同時に堆肥作りも行っていきたいんですよ」
「堆肥作り?」
「えぇ。作った堆肥を土に混ぜ込んで土を肥やし、来るべき時に備えておく、そーゆー感じです」
フィィイイイイン
数日後。
あれからキルカ商会で生産作業をしながら過ごし今はドラゴンレディに乗ってソルトレイク王国を目指していた。
「キルケさん、プレゼン上手く行くと良いんだけど」
「ジョゼがセーラちゃんの枕元に手紙を置いといてくれたから大丈夫だとは思うよ」
「ナウ」
「直接渡しちゃ衛兵が来そうだもんねぇ」
「メンド臭い事になりますわ」
「大公殿下に知らせたとはいえ、殿下が態々1商会の商品プレゼンに出席するとは思えない。代理の者が出席するだろうしそれほど心配する必要は無いと思うが」
「だと良いがな」
その日の夕方、カツールク商会館。
「早速のご利用、礼を言うべきかね」
「イルイル会長、お久しぶり」
「久しぶりというほど日にちが経ってないだろ。それとイリ―で良いよ」
「じゃイリー、厄介になるよ」
「ホントに厄介になりそうで怖いよ」
「街の様子がざわついてたが?」
「塩会議で各国の使者が街に来てる。緊張と期待で浮ついてんのさ」
「期待?」
「新たな商機って事さね」
「なるほど。会議だけじゃなく商談もって事か」
「国の全権委任大使のお仕事は会議に出るだけじゃないって事よ。約8年に1度開かれる塩会議。各国の今後に関わる重大な会議であると同時に各商会の浮沈にも関わるって事さ」
「なるほど。初めてだから聞くんだが、北部も街に来るのかい?」
「いや、北部は流石に来ない。会談場所は大体北河沿岸の開けた場所でやるはずだ。北部はその辺の国で集まってる筈だろうね」
「ふむ。南部はもう全員来てる?」
「あぁ。ルボアール王国、ソルスキア王国、そしてアレク3公国だが、今回アレク3国各国は来ないらしい」
「ほぉ」
「ベオグランデ公国の大臣がアレク3国を代表して来てるってさ」
「代表して」
「アレクサンドリア復活戦争の結果だろうね」
「なるほど。大臣も来てるんだね?」
「あぁ、来てるよ」
「城に泊まるのかな?」
「いや、貴族区の内区に専用の迎賓館がある。そこに泊まっているはずさ」
「軍は従えてるんだろ?」
「勿論ね。ただ護衛は貴族区の方で、兵士は外区の安宿に泊まる事が多いね」
「ははーん。金が回るって事か」
「その通りだよ、書き入れ時だね。何だい、いやに興味があるじゃないか」
「そりゃぁ戦争に参加した身としちゃぁ塩会議は興味津々だよ」
「まっ、そりゃそうか」
「シンファン氏族連合は来てないのか」
「流石に来る度胸は無いだろうさ」
「戦争の結果を踏まえて今後の事を話し合うんだろ?」
「あぁ」
「全部勝ってんだ、景気の良い話になって欲しいね」
「全くだね。しかし戦争と外交は別物だからね、戦争の結果が良かったって外交が良くなるとは限らない。むしろ外交も戦争の一環だから煮え湯を飲まされるってのもよくある話さ」
「商談と一緒か」
「あぁ。まぁお偉いさんに頑張って貰うしか私等には出来ないね」
「その点、気楽だな、俺達は」
(マコルさん~、恨みますよ~)
キルケの目の前にセーラもとい、ルンバキア公国大公:ヴォーレ8世が近衛騎士を従え座っていた。
(何で大公が商品プレゼンに出るんだよ~近衛騎士が怖い~)
「キルケ、と言ったかしら。久しぶりね」
「は、ははっ!女王陛ぃっ、たったたた大公殿下に遊ばされましては、ご機嫌麗しく、何よりで御座います」
「クーデター鎮圧の折にあなた達の商会に所属する冒険者に助けられた件、覚えて居ります」
「はっ、ははっ!勿体ない御言葉!恐縮でございます!」
「ふふふ、そう畏まらなくて構いません。今回は非公式な立場になるので気を張らずとも良いのですよ」
「殿下。そうは言っても大公殿下を前にすれば緊張するのは当たり前で御座います」
「大臣。つまり、これが普通という事ね?」
「然様、”猫”が普通ではないのです」
「おほほほ。猫は猫らしくあった、そういう事ね」
「真」
「キルケ」
「はは」
「家宅捜索で迷惑をかけた。私の一存を拡大解釈した衛兵による仕業としても命令したのは確かに私であった」
「はっ、はは」
「殿下。もう少し婉曲に為されませ」
「あら。そういう事をキルケの前で言っても良いの?」
「我々はクーデターを共に戦った仲、そうであろう?」
「は、ははっ!(一蓮托生という訳か。なるほど、やり手の大臣だとマコルさんに聞いていたが・・・)」
「今回は新たな商品の紹介とその販売についての相談という事であったな」
「はい。今回日常を変え得る画期的な新商品を製造いやー!」
『?』
「えー、新商品を見付けまして。それの販売の許可を得て製造し販売しようと思っている次第でして、はい」
「ふむ。つまり?」
「私共はあ・く・ま・で、代理販売、という事でして、はい」
「?ふむ。して?」
「新商品をいきなり販売して騒動になった時にお手を煩わせるのも恐縮する次第」
「ははは、随分な自信だな」
「新しい物を販売すれば不安がる者も出てくるでしょう。そこに布で覆っている物がその物なのでしょう?」
「はい」
「なるほど。それ程の大きさであれば不安になる者も出るでしょうな」
「国から販売の許可を得ていれば皆も安心して買う事が出来るでしょう」
「ドゥムルガ戦役に勝ち、アレクサンドリア復活戦争に勝ち、公弟殿下の反乱も鎮められた殿下の御墨付となれば皆安心するに違いありません」
「その通りです。今回販売を始め、後に販路を広げていきたいと思っている所で御座いまして」
「ふむ。とは言え、功有ったとしても鑑定に色は付けられんぞ。何せ国の許可を得るのだからな」
「は。皆様、先ずはこちらをご覧下さい」
キルケは覆っていた布を取り去った。




