⑱-20-687
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「汚れも臭いも、落ちてます」
「お、落ちてるねぇ、良かったねぇ」
ギリギリ・・・
両肩を掴んでいる手に力が入った。
目の前の眼は充血している。
「何故、たったあれだけの時間で、回しただけで、何故なのですか」
「うんうん。不思議だよね、気になるよね。一旦落ち着こうか、落ち着いてお茶でもぅおおおお」
両肩を掴んでいる手に更に力が入った。
武官だけあり力は普通の女性より強い。
「街主様、ロッシさんが困っています、離れて下さい」
サーヤ君が声を掛けてくれた。
「はっ。す、すいません閣下!」
「い、いやぁ、戦争続きで肩が凝ってたから丁度良かったよ。今度マッサージ機でも作ってみるかな。はははは」
「思わず我を忘れて・・・」
「うんうん。それだけ衝撃だったんだろう」
「そうです!何故なんですか」
「うんうん。先ずは本当に汚れが落ちたのか、スキルや魔法じゃないか確かめてみよう」
「いえ、閣下の事を信用していますから、」
「まぁまぁ。ルーナ君」
「はい」
サーヤ君が洗濯機の中の洗濯水を取り出してくれた。
彼女にそれを見せる。
「この通り、さっき見せた時と違うだろう?」
「驚きの黒さ!?」
「うんうん。洗濯して落ちた汚れが洗濯水に混ざった為にこういう色になった訳だ」
「分かります。洗濯すれば黒ずんで行く事は。しかしここまで黒くなるとは」
「それだけ汚れていたという事であり、それだけ落ちたという事でもあるね」
「はい。実際に洗濯物を見れば落ちていますし、スキルではなく、実際にこの洗濯機だけで落とした事は分かります」
「うんうん」
「ですので何故なのですか」
「それはゴシゴシ擦って洗っていないのに、という事かな」
「それもですし、この短時間で落ちた事もです」
「うんうん。実はだね」
「はい」
「この洗濯機を新商品としてウリク商会から売り出そうと思っているんだ」
「・・・はぁ」
「売れると思うかな」
「売れます。私は必ず買います」
「うんうん。という事で、何故こんなにも汚れが落ちるのかは、企業秘密という事になるんだが」
「えぇ~」
「俺と君との間柄という事で特別に教えようと思う」
「閣下!」パァ
「当然企業秘密を教える事になるから」
「分かっております。秘密は厳守いたします」
「うんうん。実はこの洗濯機自体にそれほど洗濯能力は無い」
「・・・えっ?しかし現に、」
「一緒に入れた石鹸水が落ちた秘密だ」
「石鹸水に!?」
「そうだ。今まで君達が使ってきた石鹸よりも洗浄力が高いんだよ」
「石鹸の方でしたか・・・ではこの洗濯機の役目は」
「勿論ある。石鹸水を洗濯物によく馴染ませる事。人の手だとムラが出やすいから回す事で満遍なく石鹸水を衣服に染み渡らせる事が出来るんだ」
「ほほー。染み渡らせる事がそんなにも重要な事なのですか」
「そうなんだよ。実際にこの短時間で落ちている訳だし。勿論洗濯機を使わず人の手でやっても良いが」
「人の手だと1枚1枚やらなくてはいけない。何よりこれからの季節は厳しいでしょうね。かじかんで震えながらだとムラも出るでしょう」
「軍隊だと洗濯も兵士の仕事のようだけど」
「そうなのです!上官は高位の貴族が就くものなのでそもそも洗濯などした事無い人もおり、冬場の洗濯の辛さを知らない奴が簡単に命令した時には殺意が湧く程で・・・」
(((((うわ~・・・)))))
「洗濯だけじゃなく何でそんな事も知らないんだよという連中ばかりで、あまりに一般民の生活を知らな過ぎる言動で振り回される私共には・・・」
(((((溜まってるな~)))))
「お茶出しなど女の仕事だと言わんばかりの態度にムカっ腹が立って、茶に唾を入れて出した事も1度では無いくらいで・・・」
(((((驚きの黒さ!?)))))
「雑巾の搾り汁なんかを入れた事も・・・」
(((((・・・)))))
(こじらせてるぅ!前世で噂に聞いてた事、実際にやっちゃってるぅ!OLがやってそうな事ホントにやるんだ!やる人居たんだ!っていうかこの子もOLみたいなもんか。ってか、同じ様な人他にも居るような口ぶり。黒い。軍隊内人間関係のダークサイドを見ちゃった。見たくないのに見ちゃった)
「他にも洗濯する時に馬の小便を「ストーップ!」っは!?」
「(堰を切ったように出るわ出るわ。余程溜まっていたんだろう)う、うんうん。辛かったね。でももうそんな事しなくて良いんだよ」
「か、閣下ぁ」
「君がこの街のトップだ!」
「わ、たしが」
「そう!君がこの街のトップだ。そんな事、もうしなくて良いし、部下にさせてはいけない。君の代で負の遺産を洗い流して新しい時代を築いていこう、君が先頭に立って」
「私が」
「そう!君が先頭に立ってこの洗濯機を導入すれば部下達は冬の厳しい寒さでの洗濯の辛さから逃れる事が出来る。軍隊内での君の評判は上がり、将来的に民衆の間でも広まれば民衆も君を讃えるだろう。そうすれば統治は盤石なものとなり本国の女々しい奴等もつけ込む隙を無くし悔し涙を流すだろう。この洗濯機を導入すれば!」
「買います!洗濯機買います!」
「それは駄目だ」
「えっ!?」
「これは君にプレゼントする為に持って来たんだから、お金を受け取る訳にはいかないよ」
「閣下ぁ!」ダキッ
「ぐあっ」
「ちょっと!離れなさい!」
サーヤ君に離された彼女は落ち着きを取り戻した。
「すいません閣下」
「なになに、この通り問題な「ボキボキ」・・・ちょっと席に座ろうか」
「はい」
「さっき言った通りあの洗濯機は君にプレゼントするから」
「有難う御座います。もう悩まなくて済みます」
「うんうん。で、ウリク商会から売り出そうと思ってて、その許可というか、」
「勿論出します」
「で、その使った時に改良点というか、軍隊用に気になった所なんかをフィードバックしてくれれば、」
「なるほど。民間だけじゃなく将来的には軍にも導入をと」
「うん。俺達も戦場では不潔さに困ってたし、この街の軍隊は清潔だと広まれば女性魔法使いも集まり易くなるかなと」
「そうですね!魔導士は一般の人間より金を稼ぎやすいので待遇面での良さをアピールした方が良いかもしれません」
「洗濯機が将来的に売れれば真似する奴も出るだろうし」
「分かりました。取り締まるんですね」
「いや」
「違うのですか」
「さっきも言ったが、洗濯機は真似されても構わないんだよ」
「あっ、重要なのは石鹸の方でしたね」
「そうなんだ。だから石鹸の方を気に掛けてくれ。洗濯機は寧ろ宣伝目的な所の方が大きい」
「確かに。洗濯機のインパクトは大きいですね。それだけに最初は洗濯機の方に目が行くでしょう」
「あぁ。しかし主力は石鹸。この石鹸が洗浄力の秘密だ」
「これが、石鹸ですか。出来の悪い石鹸のような・・・」
「ペースト状で一見すると失敗作のようにも見えるが、これが秘密だ」
「そうなんですね、分かりました。後日オランド氏とも今後の展開を協議します」
「頼むよ」
街主の屋敷を辞しウリク商会に帰って来た。
結果をオランドさんに報告だ。
「そうですか、感触は良さそうですね」
「先ず間違いなく何台か購入するだろうと思います」
「うんうん」
「でもロッシ兄ぃ」
「うん?」
「10分で5人分が一気に洗えるんなら順番にやって行ったら1台で済むんじゃない?何台も買うかな?」
「時間短縮が洗濯機の機能的優位性だ。順番待ちが発生する事が時間を無駄にする事になる。街主様はその事も理解しているはずだ、買うだろう」
「ふーん」
「私もそう思います。それに此処はベルバキア公国との国境街、ベオグランデ公国の使節団はこの街に逗留する事になるでしょう。その際に使節団の洗濯を考慮するなら何台か購入しておいた方が良いというのも有るでしょうね」
「なるほどねぇ」
「将来的に洗濯機と洗濯専用石鹸をこの街の特産品にしようと考えられているのでしょう。使節団にアピールする良い機会ですし」
「洗濯機の便利さを本国に帰って宣伝してくれるわけですね」
「その通りです」
「ウリク商会としてもその使節団に菓子折りとか持って行った方が良いのかな」
「はっはっは!そうしますかな」
「所で、街主様は将来的にこの街の農業振興を考えて居られました」
「然様ですか。では農地を取得出来たのは良かったですな。先ずは確保出来たのですから」
「1度農地を見てみたいんですが」
「おや、農業の経験が?」
「えぇ、まぁ」
「そうですか、ではこれから一緒に見に行きますか」
「オランドさんもご一緒に?忙しいでしょう」
「はっはっは、なになに。ここはこの店舗の主人が別に居りましてね、」
「支店でしたね」
「そうです。その者が指示を出しており私は特に必要無いのですよ。寧ろその主人を差し置いて私があれこれ言うのも主人の格を貶めますし」
「そうですか、では一緒に行きましょうか」
「そうしましょう」




