⑱-17-684
⑱-17-684
「俺達、洗濯機という物を開発しましてね」
「洗濯機?名前からすると洗濯をする物の様ですが」
「仰る通り、洗濯する道具です」
「・・・洗濯板とかの類ですかな」
「見てもらった方が良いでしょう。収納袋を返して頂いて宜しいですか」
「はい」
返してもらった収納袋から洗濯機を取り出した。
「これが洗濯機ですか」
「そう、これが洗濯機です」
「中々、大きな物ですね」
「洗濯物を5人分ほど集めていただいて宜しいか」
「分かりました。集めさせますね」
部屋を出て行ったオランドさんが戻って来た時5人分の洗濯物を抱えていた。
「分かり易いように特に汚れた物を集めさせました」
「なるほぉっと、確かに、臭いも、男特有の臭いが、更に加齢臭も加わって結構な一品ですね、おふっ」
「「「「くっさ」」」」
「街外の農地も取得しまして、そこで働いている者達の服も集めて来ました」
「なるほど。畑は臭いですからそこで働く服にも臭いは移るんでしょう、おふっ、店頭実演販売にも使えそうだなこりゃ、おふっ」
「洗濯機という事で、既存の洗濯方法との比較に使えると思いまして」
「結構です。あぁ、あまり近付かないで良いですよ、そのままその樽の中に入れちゃってください」
「樽の中に、あぁ、この取っ手を引っ張って蓋を開けるんですね。なるほど、直感的ですね、分かり易い」ドサドサ
「じゃぁ実演開始しますね。先ず石鹸水を適量入れて、そう、その位かな、うん。後は樽を回すだけです」
「それだけ?」
「そう、それだけ」
「1時間くらい回すのですか」
「いや、10分ほどですね」
「10分!?」
「えぇ。じゃぁみんなで回すぞー」
「「「「おーう」」」」
グルグル
ジャバジャバ
交代で10分ほど回した。
「しゅう~りょ~」
「本当に10分で汚れが落ちるんですか?」
「見てもらった方が早いでしょう。取り出してくれ」
「はい」
サーヤ君が樽から洗濯物を取り出した。
泡だらけなので別に用意した桶に水を入れ簡単に濯いだ。
うん、落ちてるな。
洗濯物をオランドさんに渡そうとすると引っ手繰られた。
凝視している。
その様子、つい最近も見たような・・・
「マルコさん・・・」
「はい」
「落ちてます」
「でしょう」
「汚れが、落ちてます」
「で、しょう」
「汚れが、落ちてるんですよ!」
「でしょう!」
「たった10分!?樽を回しただけ!?信じられない!洗濯板でゴシゴシしなくて!足で踏んだりしなくて!10分樽を回しただけで!?魔導具ですか!?これは魔導具なんですか!?」
「言ったでしょう、俺達で作ったと。そもそも魔力も必要なんて無いん「ズイッ」!?」
オランドさんが男物の洗濯物を胸に俺の眼前ににじり寄った。
目の前に目がある。
お笑い芸人のダチョウ俱楽部ならキスする流れと距離感だ。
オランドさんが低い声で呟いた。
「教えて下さい。何故、回すだけで汚れが落ちるのか」
「・・・オランドさん」
「・・・はい」
「近いです」
「・・・はっ。失礼しました」
「オランドさん。先ずは本当に汚れが落ちたのか、詐欺やスキルじゃないのか、気になりますよね」
「えぇ!」
「ルーラ君」
「はい」
サーヤ君が樽の中の洗濯水を桶に出してくれた。
「・・・真っ黒だ」
「入れる前の洗濯水の色は見てましたよね」
「えぇ。つまり、これが汚れが落ちた証拠だと」
「その通りです。実演販売した時、証拠として信じられますかね?」
「信じられます。先ず客側から洗濯物を借りて洗えば疑いようが有りませんし、落ちた汚れも見える訳ですから証拠には十分でしょう」
「そうですか。では洗濯機をウリク商会で生産販売して頂きたいのですが」
「生産?マルコさんが作るのではなく?」
「物は簡単に作れるのでそちらで作って下さい」
「しかし、それだとマルコさん達に渡るお金の配分が」
「先ずは売れるかどうか、ですから」
「・・・確かに。数はそんなに売れないでしょうね」
「下層民には」
「そう。洗濯の頻度が低い一般民以下の層には売れないでしょう。買うとしたらある程度社会的な地位を持つ者に限られるでしょうね」
「しかし?」
「えぇ、しかし。その者達には必ず売れるでしょう。何故なら今まで1時間かかっていた仕事が10分で終わるのです。しかも1人分で1時間だ。今回は5人分で10分。とんでもない労力の削減だ、商家は必ず買うでしょう」
「買われたら真似もされるでしょうね」
「真似、なるほど。洗濯機自体、見た所簡単な作りの様だ。いずれは真似もされるでしょう。それを見越して先行販売で利益の回収をすると。先行する為には最初に数を売らないといけない、マルコさん達では追いつかないという訳か」
「オランドさん」
「はい」
「洗浄力の秘密、何だと思います?」
「それは、当然洗濯機に有るんでしょう?」
「実はこれ自体には洗浄力は無いんですよ」
「えっ!?しかしこの通り汚れは落ちてる訳で」
「洗濯機の中に洗濯物ともう1つ入れた物が有りましたね?」
「えぇ。それは勿論石鹸す・・・石鹸!?」
「その通りです。洗濯機に今まで使っていた石鹸水を入れて洗っても汚れは今まで通りにしか落ちません。俺達の本命は石鹸。洗濯専用石鹸です」
「・・・なんて事だ。洗濯機なら最初売れば後は壊れたりしない限り買う事は無い、更に真似されて売れ行きも細くなる。しかし石鹸は違う。消費物だ。この洗浄力ならいつまでも売れ続けるだろう。単価は低いが超長期に渡って売れ続ける。はっ。マルコさん、洗濯用石鹸で手洗いしてもこの洗浄力を?」
「洗濯機を使った方が落ちますが、既存の石鹸よりも汚れは落ちるでしょう」
「何故洗濯機を使った方が落ちるんです?先程は洗濯機自体には洗浄力は無いと、」
「樽を回して石鹸水を洗濯物に満遍なく染み渡らせる。それが重要でして。手洗いだとどうしても粗が出てしまうんですよ」
「なるほど。人の手ですからね。その時の気分やこれから冬になると手がかじかんでとてもじゃないがムラが出るでしょうね。なるほど。冬の事も考えると洗濯機は人が直接水に浸かる事もなく洗え・・・」
ガシッ
オランドさんが男物の洗濯物を落として俺の両肩を掴んだ。
再び目の前に目がある。
再び低い声を呟いた。
「マルコさん」
「は、はい」
「冬に、水に触る事無く洗濯を終えた」
「そ、そうですね」
「下層民が見下される理由の1つに臭さがあります」
「ほぉ」
「洗濯習慣が無いし、そもそも洗濯の時間も無いし、洗濯自体が重労働で冬の洗濯は過酷な仕事になる」
「神の試練、とか」
「そう。これだけ簡単な仕事になれば洗濯の習慣も出来るでしょう。もし将来的に下層民にも洗濯習慣が広がれば臭さも無くなり彼等の自信に繋がるかもしれません。更に洗濯習慣が広がれば洗濯用石鹸も爆発的に売れるでしょう。下層民の為にもなり我々の利益にもなる」ガシッ
肩を掴む力が強くなった。
ちょっと怖い。
「マルコさん」
「は、はい」
「一緒に商売をしましょう」
「い、いや、もうやってるじゃないですか」
「そうじゃなく、冒険者を止めて、商人として、やっていきましょう」
「い、いやぁ~。俺達はラグリ商会所属でして、同盟全体の為にやっていますので何とも・・・」
「・・・そうでしたね」
肩から手が離れた。
「同盟全体の為に働かれていたのでしたね」
「そうなんです、すいません」
「いえ。しかし・・・残念だ」
そう言ったオランドさんは寂しそうだった。
エウベルトを失った時の様な、仲間、同志、親友を失くしたような。
俺には家族が居るがエウベルトを失った彼には何でも相談出来る存在が居ないのかもしれない。
俺はラッキーだ。
「洗濯機と洗濯専用石鹸を売る計画を練りましょう、オランドさん」
「そうしましょう。公都:ムルキアで売り始めますか?」
「いえ。街主と誼があるここドゥベルチで最初販売したいと思っています」
「そうですね。公都だと我々の力だけで販売しなきゃいけませんが、ここなら街主様のとりなしも期待できますね」
「ですのでこの洗濯機はお近付きのしるしという事で街主に送ろうと思っています」
「良いと思います。街主様が気に入って頂けたら本国の貴族にも紹介頂けるでしょうし」
「洗濯機と洗濯専用石鹸の設計図はお渡ししますんで、そちらで量産して下さい」
「分かりました。しかし現物が有った方が良いのでやはり1台、洗濯機を作ってくれませんか」
「分かりました」




