⑱-06-673
⑱-06-673
俺達はドラゴンレディで南下していた。
目指すはタリルコルさんの居る領都バレンダルだ。
「ジャック達をカツールク商会に紹介しようとしたのは商会の強化の為ね?」
「そうだ。信用出来る冒険者の確保。今後ウリク商会と商売をするのにジャック達の護衛は心強いものになるだろう」
「確かにねぇ。知らない人よりも知った人の方が安心出来るし」
「ウリク商会への紹介では駄目だったんですか?」
「オラキアからは出て行きたそうな雰囲気だったからね」
「ソルトレイクに行きたそうだったな」
「活躍もしてたから良かったんじゃない?」
「そう思う」
「カツールク商会も強化しないといけないしね」
「新たな戦争だね」
「元老院派と女王派の」
「派閥争いか、どこでも同じだな」
「全くだ。異世界や種族や文明レベルなんか関係無い。どこも同じ、人間はみんな同じなんだな」
「何で争うんだろうねぇ、貧乏な人なら分かるんだけど。お金持ちや貴族も、もう十分持ってるだろうに」
「マヌイ、釣りは楽しかったか?」
「急に話変えるんだね。うん、楽しかったよ」
「まぁ、デカいの釣ってたもんな」
「あははは。カズ兄ぃは釣れなかったもんね」
「また釣りたいか」
「うん!楽しかっ・・・そういう事?」
「貧乏人からすると金は命に関わる、必死にもなる。しかし金持ちや貴族からしたら、ちょっと違うんだろうな」
「・・・娯楽って事?」
「いや。娯楽って言うとちょっと軽そうに聞こえるが。熱中出来るものなんじゃないかな。ミキは《木工》だろ、マヌイは《皮革》。俺達それぞれ熱中出来るものがある。好きが高じて才能が開花しスキルとなった」
「金儲けや権力争いが熱中出来る事なの?」
「商人とかはそうでしょうね」
「陰謀や権力争いは私達が参加した戦争でも見てきましたね」
「貴族では処世術でもあるしな」
「金は幾らあっても良い。無ければ困るが有っても困るなら、有る方を選ぶのは自然だろう」
「貧乏はヤダね」
「それに神の教えにもある、家族を大事にしろと。家族を養うには金が必要だ。神様がそう説いてるんなら神に選ばれた貴族は自然と富を貯えるだろう」
「他人と争ってでも?」
「魚釣りは釣れる保証なんて無い。釣れる魚も大きいのか小さいのか分からん。そもそも魚が居るかどうかも分からん。家族に食わせる為にも、もし釣れたら釣れるだけ釣ろうと思うんだろう」
「その日食べる分だけじゃ駄目なの?」
「明日釣れるか分からんだろ。余ったら売れば良い。何にせよ、釣りが好きでそれで金になるんなら、もっともっと釣りたくなるんだろうさ」
「・・・」
「それに、ある種興奮状態にある場合、脳内に麻薬物質が生じるらしいな」
「「「麻薬物質!?」」」
「釣れた時、やったー!ってなるだろ」
「うん」
「また釣りたくなるな」
「なるね」
「ちょっとした依存って感じなのかしら」
「釣れなかった時も、悔しいからまた釣るー!ってなるしな」
「成功したらまたやりたくなる。失敗してもまたやってしまうという事ですか」
「貴族の陰謀とかそうなんでしょうね。政敵が自分の陰謀で失敗しようものなら脳汁ブシャーって感じなんじゃない?」
「金を稼げば更に稼ごうと思うのは自然な事なんだろう。俺達も冒険者をやってて大金を稼ぐ事が出来るようになった。通商同盟を大きくしようとするのはもっと金を稼ごうというのと同義だ」
「寧ろ成功してるからこそ次も成功すると思うのは自然な事ですね」
「成功する確率が高いのならチャレンジするだろうな」
「人間の欲望に底は無いって言うしね」
「しかし物質である富は有限だ。無限の欲望に有限の富、争いが起こるのは必然なんだろうな」
「絶滅するまで釣っちゃうのが人間なのよね」
その日俺達はソルスキアとの国境でもある南の山の近くにキャンプをする事になった。
山の天候が荒れそうだったからだ。
新たに風の結晶魔石が手に入ったがそれをドラゴンレディに組み込む改造を施していないので推進力は今までのまま。
ドラゴンレディはグライダーであり滑空飛行なので強風の中を飛ぶのは危険だ。
雲の上に抜ける事も考えたが寒いし強風の中で危険を冒してやるほど急いでもいない。
俺達は着陸して一泊する事にした。
チョキチョキチョキ
俺は髪を切っていた。
雨は降ってはいないが曇り空、
日が暮れる前でまだ明るい内に夏の間伸びた髪を切っていた。
俺達は熾した火に鍋をかけ、炊き上がるまでの間を思い思い過ごしている。
「カズヒコさん」
「ん?」
「あ、あの・・・わ、私が切りましょうか?」
「・・・そうだなぁ、お願いしようかな」
「はい!」
チョキチョキチョキ
「どんな風にします?」
「適当で良いよ適当で」
「駄目ですよ、戦争も終わったんですから、身嗜みを整えて下さい」
「そうだなー。冒険者は一応客商売っちゃー客商売だもんなー」
「戦争で身嗜みは二の次でしたから仕方ありませんでしたけど」
「楽っちゃー楽だったよなー」
「それで、どうします?」
「適当で」
「もう!素が良いんですからちゃんとして下さい」
「もとが良い?」
「あっ、いえ、あの・・・」
「あー!」
「ドキッ!」
「マヌイ!おまえ!摘まみ食いしてるだろ!」
「ごふっ!?」
「こっちを見なさい!」
「ふまみぐひ、ひでまふぇん」
「摘まみ食いしてません?言えてねーじゃねーか!リスみたいにホッペ膨らませて何ぬかしてんだ!あっ!待てコラー!」
「・・・んもう!」
その夜。
真夜中。
10月もしばらく過ぎて秋の様相が濃くなり、
昼間の曇り空もあって日中の温度もあまり上がらず、
更に山に近い為に吹き降りてきた風で夜は寒いと感じられる程になっていた。
空は未だに曇り空、
月が雲の向こうに微かに滲んでいる。
ミキが起きたのは寒さから尿意を催したからだった。
キャンプ場から少し離れた土魔法で掘られたトイレに向かおうとテントから出た。
「さむ・・・」
テントの中では身を寄せ合って寝ている。
特に女は寝ている時に体温が上昇し易いという。
テントの中は温かい、というより暑いくらいだ。
外に出た時の温度の落差に思わず声が出てしまったが、家族を起こしてしまったかもという思いが眠気を少し覚まさせた。
その少し覚めてしまった眼に影が映る。
「・・・・・・・・・・・・・・」
聞き取れない、
聞き取れないが音が聞こえる。
何か、ぼそぼそと喋っているような、音だ。
「・・・・・・・・・・・・・・」
その音はその陰から聞こえて来ているようだ。
その陰の上方には滲んだ月光が秋の空気に溶け込んでいた。
その微かな明かりによって生じた陰が、人間の輪郭を醸し出している。
ヒョコ、
ヒョコ、
ヒョコ、
陰は断続的に踵を浮かし爪先立ちを繰り返している。
最初にその動きに気付いたのは影からだった。
影の断続的な動きの奇妙さに無意識に視線を影の主である陰に上げた。
ヒョコ、
ヒョコ、
ヒョコ、
肩からだらんと下がった腕の手先は震えているようだ。
指が関節で鋭角に曲がり震えている。
首も斜めに倒れて頭部が時折ピクピクと痙攣している。
「カズ・・・ヒコ・・・?」
ピタッ
そう。
夜の明かりで陰は人間の形をしていたのは認識出来ていた。
更にその魔力は何時も普段身近に感じている魔力だった。
だからこそ思わず声に出てしまったのだろう。
全ての動きが自分の声によって止まってしまった為に、
時間が止まってしまったような感覚を覚え恐怖心を消す為にも、
返事が聞こえたら安心出来るだろう、為にも、
もう1度声を掛けた。
「カズヒコ?」
ミキには結構な時間に感じられる間が開いて、
陰の首がゆっくりとミキの方に振り返った。
逆光の為に顔は影になって表情は見えない。
しかし、
目の部分であろう箇所は、
紫電に光っていた。
「・・・」
思わず口を押さえて音が出るのを防いだ。
自分が音を出すと何か状況が変わってしまうのではないかと思って。
紫電はやがて消えて影一色に顔が染まった後に、
「・・・どうしたんだい?」
「あの、とと、トイレに、起きちゃって」
「・・・そうか。偉いな、トイレに起きれるなんて」
「・・・」
「・・・1人で行けるかな?付いて行こうか?」
「ううううん、大丈夫。1人で行けるよ」
「・・・そうか。偉いなぁ。1人で行けるんだ」
「う、うん」
「・・・ここで待ってるから、何かあったら何時でも呼ぶんだよ」
「う、うん」
「・・・いいね?ここで、待ってるから」
ミキは急いでトイレに向かう。
顔の影はミキを追い、
ミキが草むらに消えると位置を元に戻した。
用を足したミキが急いで戻って来てテントに向かう。
「・・・大丈夫だったかい?」
ミキは振り返れない。
テントを向いたまま答えた。
「う、うん。大丈夫だった」
「・・・そうか、偉いなぁ」
「お、お休みなさい」
「・・・はぁい、お休み」
テントの入口を抜けようと、
「・・・ちゃんと毛布を掛けて寝るんだよ」
「う、うん。分かった」
「・・・寝る子は育つ。寝る子、睡眠、快適な睡眠、適度な運動、適度な食事、適度なストレス、ストレス?ストレス、ストレス、ストレス・・・」ボソボソ
やがて聞き取れなくなっていった音を背にテントに入って寝床に横になる。
毛布を頭から被った。
隣の体に密着して感じた人の温もりが、今のが現実であったことを確かめさせた。
ミキは気付いていなかった、
自分が涙を流していた事を。




