⑰-53-633
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「以上で決戦に向けた軍議は終了する。皆、心して準備するように」
『はは』
「それと、ウォーカー」
「はい」
「あなたには問い質したい事が有るの」
「何でしょう」
「見事な夜逃げっぷりだったわね」
「お褒めに預かり光栄至極」
「・・・皮肉なんだけど、まぁいいわ。野営とは言え戦時中。夜警の居る中でラドニウスを連れてどうやって脱出したのかしら。良かったら教えて頂戴」
「と、言いますと」
「あの大きさのラドニウス。大きさだけじゃなく(恐らく《隠蔽》系持ちだろうから視覚は誤魔化せるわよね)歩いた時に振動があるでしょ。どうやって夜警に気付かれずに移動したのかしら」
「(視界は《偽装》で、地面の振動は《土魔法》と《EMP》で相殺したが勿論言うつもりは無いがね)海亀様の御導きで御座います」
「はぁ、また?(言うはずないとは分かってたけども)」
「日頃の信心が海亀様に通じ私達を導いて下さったのでしょう。宜しければ決戦の吉日を海亀様にお伺い致しましょうか」
「調子に乗るなよ痴れ者が!」
「ん?」
「ファナキア殿はどうやって逃げたのかと聞いているのだ!」
「だから海亀様の導きだって言ってんだろ、聞いてたのか?その長い耳はコスプレか?」
「・・・」ピクピク
(不味い、これ以上はキレるぞ。止めろウォーカー)
パチパチ
(おや、まだやるのかクレティアン。これ以上はマジでキレるぞ、まぁ、やるけども)
「そんな戯言を信じると思っておるのか!」
「ファナキア様とクレティアン様に信仰心を説いていたのはお前だろうが、忘れたのか?」
「何だと貴様」プップッ
「人には神を敬えと言っておきながら、いざ他人が奇跡を話したら疑いから掛かる。お前の信仰心なんてそんなもんなんだな」
「・・・」プップッ
(止めろ!これ以上はマジで止めろ!)
パチパチパチパチパチパチパチパチパチ
(そんな煽る!?そんなに欲しいの?まぁ、やるけども)
「・・・」プップッ
「そんなんじゃぁ人からの信用は得られないぜ?神を信じるんなら人も信じろ。おや、そう言えばお前の取り巻きの内の1人が見当たらないな」
『!』
「愛想でも尽かされたか?」
スラッ
ウルチャイが剣を抜いた。
「「!」」
クレティアン、ファナキア両名が目を見開く。
(馬鹿!やり過ぎだ!)
(馬鹿!自分から挑発しておいて挑発に乗せられて!)
「死ねっ!」
剣を振りかざして俺に迫って来る。
てんで駄目だ。
《剣術》は有るが、有るだけだ、全く脅威ではない。
躱すのは容易だがそれだけじゃぁここまでやった意味が無い。
カズヒコは向かって来る剣を躱そうと身を捩りつつ僅かにバックステップ。
ここに居た者の殆どはそれに気付いていなかったがその僅かな者に、
((!?))
ウルチャイの切っ先はカズヒコの頬を掠めて振り切られた。
「ぎゃあああぁぁぁ!」
ドタッと地面にもんどりうったカズヒコ。
頬に手を当てジタバタしている。
ジタバタしつつもクレティアンに目線を送る。
チラッ
「(・・・ったく、あの馬鹿!)そこまでだウルチャイ!」
(くそっ!やられたわ!)
「・・・」ハァハァ
ウルチャイは興奮状態だったがクレティアンの大声に気圧された。
そして我に返ったのか剣を掴んだ手を見ていた。
「はっ!?」
「ここは統合会議。女王陛下からのお達しとそれに沿った作戦を決める神聖な会議の場だ」
「こっ、これは!違うのです!こっ、こ奴が私を!」
「その神聖な場を血で穢すとは」
「痛ぇよー!俺の神聖な血がぁー!」ジタバタ
「じゃかましーわ!黙っとれ!ウルチャイ、貴様、女王陛下から将軍を賜ったその私の部下に対する狼藉、覚悟は出来ているのだろうな」
「違います!私を貶める薄汚い冒険者を」
「口でやられたなら口で返せ、それが出来んのならそもそも挑発するな。お前は総大将の協力していくいう言葉を早速破ったのだぞ、総大将の副官のお前がな!」
「ちっ、違うのです!ファナキア殿!私は!」
「クレティアン卿」
「総大将殿」
「痛ぇよぉー!」ジタバタ
「「だまっとれ!」」
「クレティアン卿」
「総大将殿、我々はドゥムルガ戦役で戦って休む間も無くここでも戦っている」
「・・・」
「元老院に邪魔をされつつもなんとかドゥムルガ戦役で勝ち、要塞を落とし、ルンバキア公国との協定を守っただけでなく彼のイスカンダル王でさえ成し得なかったグデッペン要塞を共同して落とした事で公国との仲はこれまで以上に強くなったと自負している」
「・・・」
「戦争でも外交でも王国に寄与した我々に対する暴挙、これは元老院の差し金かな」
「ちっ、違います!私は」
「貴様は黙っていろ。剣を地面に置いてただ突っ立っていろ」
「お聞きください!私「ヒュゥウン」・・・?」
プシュッ
手首から血が出て剣を落とした。
「あっつ!?・・・」
「剣を置けと言われたのよ、聞こえなかったのかしら」
「ファ、ファナキア殿・・・」
「青将軍」
「何かな」
「部下の無礼、申し訳ないわ」
「ファ、ファナキア殿・・・」
「連戦で気が立っている我々だ。多少の事でも王国の事を、女王陛下の事を思えば我慢して来たが剣を抜いて斬り掛かり血を流した。これは我々に対する宣戦布告、そう捉えられても仕方がないだろう」
「宣戦布告!?そんな馬鹿な!そんな事を私がするはず「ドヒュ」ずぶずぶ!?」
ウルチャイの両頬をナイフが貫通していた。
「申し訳ないわね、余計な口を挟まないようにしておいたわ」
「結構だ、話し易くなったな」
「勿論、私達はあなた達と事を構えるつもりは無い」
「口では何とでも言える。赤将軍の副官は剣を抜いた、その事実が重要なのだ」
「謝罪は受け入れないというの?」
「受け入れないとは言っていない。仲間割れを誘発するような暴挙に対する謝罪が言葉だけだというのが誠意が無いと思うのだが?」
「・・・」
「我々は眼前の敵だけじゃなく背後にも気を付けながら戦わなくてはならないのか」
「どうしろと」
「指揮権を委譲して貰いたい」
『!?』
「・・・」
「勿論、総大将の座は赤将軍のままで良い。ただ戦争の指揮は私が行う。それであれば部下達も今回の侮辱と暴挙を許し共に侵略者に対するに納得してくれる事だろう」
「・・・」
ファナキアは目を細めて顔を向けず眼だけをウルチャイに向けた。
「ぶぶぶ・・・」
頬に開いた穴から血を流しながら怯えるウルチャイ。
ややあって、
「・・・分かったわ。女王陛下からの至上命令は戦争の勝利。その命令を遂行する為に一時的に指揮権をクレティアン卿に委ねる事にする。皆、いいわね」
『ははっ』
「結構!」
「しかし戦闘終了後には直ちに返却してもらう、いいわね」
「勿論だ」
「戦闘終了後よ、戦争じゃなく」
「勿論だ。戦争後の処理は赤将軍に御任せするよ」
「後始末ばっかり押し付けるわね」
「役割だよ。その方が世の中上手く行くのだ、赤将軍様様さ」
「ルンバキア援軍での貸しも返して貰って無いのに」
「役割役割。お陰で海亀襲撃は防ぐ事が出来たのだろう?」
「私じゃないけどね」
と、2人は地面に転がってる人間に目を向けた。
「事後処理が上手く行ったお陰で情報統制も為されて敵国に情報が渡っていない。赤将軍のお陰さ」
「委譲した以上、勝って貰わないとね」
「赤将軍の冗談が出るほど我々の仲は強固なものだ。皆の者、団結して敵に当たろうぞ」
『おぉー!』
(はー、やれやれ。俺の役割は終わったかな)
(上手い事運んだな。あいつ、やり過ぎたが結果的に最高のものになった)
(やられたわね。あいつ、これを狙って挑発してたのかしら?クレティアンと示し合わせてた?クレティアンもあんなに目を瞬いてたし、斬られたのだって寸前で避けてたわ。斬り掛からせる前提だったのでしょう。相変わらずクレティアンは油断できないわ)




