⑮-25-480
⑮-25-480
集団から少し離れた場所で止まった。
バティルシクという名の爺が口を開く。
「お前に言っておく事が有る」
「はぁ」
「我が軍はこれより国土奪還という重要な戦いを行う。それに当たって集団行動を乱す行動を抑制させねばならん」
「はぁ」
「お前とお前のパーティには目を光らせておく。もし統率を乱すような事が有れば躊躇なく排除する。理解したかな」
「・・・排除とは?」
「文字通り排除だ。先日の闘いで腕が立つと自惚れているのだろうが所詮は試合。我々には排除の方法など幾らでも有る」
「はぁ」
「理解したかな」
「これは警告か?」
「いや、交渉だ。お前達も参戦してきた以上は戦ってもらわねばならん。勇者だしな」
「いや結構だ。俺等は降りる。今日にでも国を出て行く」
「それは無理だ。勇者である以上参戦してもらわねばな」
「そんな契約を交わした覚えはない」
「ベオウルフと結んだのであろう?」
「大公と個人的に結んだのであって国と結んだのではない。大公に事情を話して破棄してもらう」
「それは困るな」
「知った事か。話は終わりか?じゃぁな」
「む」
「おい!待て!」
「何だ」
「バティルシク様の御言葉に逆らうのか!」
「逆らうも何も。交渉だと言っただろ。交渉は決裂した。それだけの話だろ」
「戦争をしに来たのではないのか」
「そのつもりだったが気に入らねぇ事が有ったから止める。問題か?」
「大いにな。ベオウルフはお前達を大公付にした。そのお前達が破棄したいと言ったならその理由を聞くだろう」
「当然だろうな。そして当然お前等の事を話す」
「お前等だと!?」
「それでは困るのだ。我々は一丸となってリィ=イン教国に当たらねばならん。不和を生むのは敵に利するだけだ」
「真実を言うだけだ。疚しい事が無いなら堂堂としてろ」
「む」
「じゃぁな」
「ま、待て!」
「何だ?」
「あ、う・・・バティルシク様」
「何だそりゃ」
「ベオウルフはお前達の帯同を望んでいたぞ」
「邪魔する奴等が現れた。分かってくれるさ、心配すんな」
「むむ。何らかの思いが有って参戦しに来たのではないのか」
「・・・」
「お前達のメンバーには獣人とエルフも居るそうだな。恐らくその辺が原因なのであろう?」
「・・・交渉と言ったな」
「そうだ」
「では契約だな」
「そういう事になるな」
「俺達は従軍中騒がせる事はしない。それを破ったら殺される、と」
「殺すとは言っていない」
「なるほど」
「成立かな?」
「あぁ、良いだろう」
「よしよし」
「では改めて報酬を確認する」
「ん?」
「その条件を達成した暁にはお前とお前の家族を殺す。いいな」
「「!?」」
「なっ、何を言っているのだお前は!?」
「お前は俺達に集団行動を乱すなという条件、違反時は俺達の殺害、おっと、排除だったな」
「・・・」
「その条件達成時の報酬が提示されていなかったから俺の方で付け足した。当然違反時の罰則と同等のものだ。即ちお前とお前の家族の排除だ。何か問題か?」
「問題も何も!何故ワシの家族が関係してくる!」
「冒険者との契約には報酬が無ければ成り立たない。これは何も冒険者に限った話ではないがな。一般的な常識だと思うが」
「そうじゃない!何故ワシの家族が関係しているのかと言っているのだ!」
「俺の家族を排除すると言ったろ?ならお前の家族が対象になるのは自然だと思うが」
「お前等と一国の宰相であるバティルシク様の家族が同等である訳がなかろうが!」
「うーむ。確かにな。お前の言う事も尤もだ」
「当り前だ!」
「という訳でお前の家族も対象に含めてやろう」
「はっ!?」
「お前の言う通り、俺の家族と比べると軽すぎるからな。喜べ。一国の宰相の家族と同列に扱われるんだぞ」
「な、何!?」
「達成時の条件を改めて言うぞ。追加されたんでな。俺達が何も騒ぐ事なく戦争を終えたらお前等とお前等の家族を排除する。達成条件は緩いから簡単だろうな。何せ、何もしなけりゃ良いんだからな」
「・・・本気かお前」
「契約結ぶ時に遊ぶ冒険者なんか居ねぇよ、金が懸かってんだ。何だ、ベオグランデ公国の奴等じゃぁ違うのか?」
「・・・」
「2人共顔が怖いぜ。契約成立してるんだ。もっと朗らかに行こうぜ」
「「・・・」」
「やれやれ、良いのか?」
「何がだ」
「無遠慮にお前等、俺の間合いに入ってるが」
「「!?」」
2人共先日の祝宴に出席していた。
当然ウォージャイの騒動も目撃していた。
武器を使わず腕を斬り落とした事も・・・
2人の首筋に冷たい汗が流れる。
(ワシと話していたからワシが衛兵より前に出ている)
(殺るなら先ずワシからなのは確実)
(しかし本当に殺すつもりなのか?)
(こいつの言った通り、達成条件は緩い。何もしなけりゃ良いだけなのだからな)
(つまりは脅しだ。それはこいつも分かっているだろうに、何故そこまでする?)
(冒険者は面子を重んじる。舐められたと思っているのか?)
(つまりはハッタリか)
「ここでワシらを殺せばお前等は殺人犯となる。直ぐに衛兵や冒険者に捕まるだろう」
「その前にお前等は確実に死ぬけどな」
「「!?」」
(ブラフだ!ハッタリだ!)
「お前のメンバーも捕まる。最悪殺されるぞ」
「それはお前が心配する事じゃぁねぇよ。後の事は若いモンに任せて安心してあの世に行きな。あっ、その場合お前等の家族も後で送ってやるからやっぱり安心しろ」
「「!?」」
「家族は一緒じゃねぇとな。ひっひっひ」
(狂ってる!)
(何故だ!何故ここまで意地を張る?国が相手だ、死ぬかもしれんのだぞ!?)
(大人しくしておけという只の脅しに何故ここまで命を張る!?)
(周りには軍も冒険者も、それにベオウルフも居るんだぞ。勝てる訳がない!)
(ブラフだ!単なるブラフだ!)
しかし言葉とは裏腹に汗が額を伝う。
(祝宴の席で狼藉を働いたこいつは本当にやるかもしれん)
(後ろの衛兵も腕利きと言ってもベオウルフとやりあったこいつには及ばん)
(ワシを殺った後に何か逃げる手でも有るのか?そうじゃなければここまで自信は無かろう)
(その場合家族も殺される)
(くそっ!何でこんな事になった。ちょっと脅しただけだぞ)
「・・・契約は破棄する」
「却下だ」
「!?」
「一方的な破棄は許されない。家族を人質にした場合は尚更だ」
「人質にした覚えは無い」
「覚えは無くても条件にしっかり組まれている。排除するとな。排除という言葉がお前と俺とで意味が違うのかもしれないが排除という言葉を組み込んだ以上それは今重要ではない。理解したか?」
「・・・」
「助けを呼ぼうと少しでも動いたら首を落とす」
「「!?」」
「巻き込まれた単なる衛兵のお前には同情するが、余計な事は寿命を縮めるだけだぜ?」
「うっ」
「鼻くそが詰まってすぴーすぴー鼻が鳴っても殺す。大人しくしてろよ?」
「うぅ」
「俺は大公殿下に頼んで後方勤務にでもしてもらうさ。安全だし契約達成も簡単になるだろう?」
「・・・」
(何でだ!?何故こんな事になった!?)
(祝宴で狼藉を働いたから少し脅しただけが何故ワシの家族を巻き込む事に!?)
(理解出来ん!ワシらと同じ獣人の冒険者でもここまで狂っていない!)
(くっ)
バティルシクは目線だけを動かした。
ベオウルフが向こうで笑いながら冒険者達と歓談している。
(くっ。ワシが死にそうな時に何をしておる!)
哀願の目線を送ったバティルシク。
ベオウルフがふと顔を上げバティルシクを見た。
(そうだ!助けてくれ!)
ベオウルフは苦笑しつつ談笑に戻った。
(何故だー!)
(何でスルーした!?)
(3人で何か相談してるだけと思ったのか?いや、それはそんなんだが!)
(目は口ほどに物を言うと言うだろ!気付いても良さそうなもんだ、大公だろ!)
「一国の宰相が自分が起こした不始末で他人に助けを求めるのか?」
「くっ」
「契約は成った。俺は失礼するぜ」
「待て!」
「命令か?」
「いや・・・待ってくれ」
「断る。これでも忙しいんでな。戦争の準備をしねぇと」
「うむむむ・・・」
(早く逃げねぇと来ちまうからな)
「よう!何やってんだ!」
ベオウルフが現れた。




