⑮-14-469
⑮-14-469
カズヒコの右ローキックがベオウルフの右脛内側に刺さった。
(コイツ!)
抜かれた爪先ナイフの血が宙を舞う。
大した傷ではないがイラっとしたベオウルフ。
その一瞬の隙を突いてカズヒコの左手が伸びベオウルフの目を突こうとする。
(この!)
右腕を跳ね上げてカズヒコの左腕を叩き上げた。
左腕を跳ね上げられ上半身が一瞬無防備になる。
(今!)
ベオウルフは左ストレートを繰り出そうとするが、
跳ね上げられた反動を利用して右足で金的を狙うカズヒコ。
(この!)
軌道を変えて左ストレートをカズヒコの右足に振り下ろす。
カズヒコの右足は石畳に落とされたがその反動で再び左手が目に迫る。
(鬱陶しいわ!)
剣を持った右手で払おうとする。
剣を払う事は出来ない。
この超至近距離でスペースは無い。
振ろうとすれば剣じゃなく腕がカズヒコに当たってしまうからだ、丁度今の様に。
振り払おうとしたカズヒコの左腕が止まる。
(フェイント!?)
カズヒコが回転しつつ右足でベオウルフの右足小指を踏みつける。
(ぐっ)
踏まれた痛みで一瞬動きが止まるベオウルフ。
踏んだまま左回転して更にベオウルフの懐に入って密着、
ベオウルフに抱き抱えられる形になる、
フェイントに出していた左腕を引き鳩尾に肘を入れた。
「ぐほっ!」
そのまま前屈み気味に真上にジャンプして両足でベオウルフの腹を蹴る。
ベオウルフ自体は身じろいだ程度でそんなに動かないが反動でカズヒコが飛んで行った。
前転しつつ体勢を整え立ち上がるカズヒコ。
ベオウルフに背を向けつつ顔だけ振り返る。
対してベオウルフは多少ダメージは有ったものの、本当に多少だ。
それよりやっと剣の間合いが取れたので逆に有利になったとほくそ笑む。
そこへ、
バァアアアンンン
「!?」
銅鑼が鳴った。
「何!?」
「降参だ!」
「何だと!?」
「降参だー!降参降参!降参ったら降参!」
バァアアアンンン
再び鳴る銅鑼。
「待て!まだだ!まだ終わりじゃない!」
「こうさーん!参りましたー!」
「ふざけるな!まだ終わっていない!」
「1分経ちましたよー!」
「これからが本番だ!」
「観客の皆が見てますよー!」
「はっ!」
周りを見渡すベオウルフ。
《うおおおおおおおおおおお!》
『はっ!』
「えっ!?終わったの!?」
「降参!?」
「お終い!?」
「どうなってんの!?」
「ロッシさんは降参って言ってましたよね!」
「終わったのか!?」
《うおおおおおおおおおおお!》
超高速至近距離戦に声も出せず見入っていた観客達が呼吸を思い出して喚声を上げた。
しかし、
〈ふざけるな戦えー!〉
〈まだ戦えるだろーがー!〉
〈ざけんじゃねー!〉
ブーブーブーブーブー
あまり良いものじゃないものも混じっている。
〈金返せー!〉
結構。
〈殺すぞー!〉
いや、かなり。
「観客も望んでいるだろうが!続きだ!」
「僕は望んでいませーん!」
「ワシは大公だぞ!言う事を聞け!」
「あー!強権振り回しちゃうんだー!幻滅ぅー!大公様に幻滅ですぅー!」
「うぬぬぬ!」
「みんなの憧れ大公様が約束を破っちゃうよー!」
「うぬぬぬぬぬぬ1」
「どうなのかなー!?」
俺は耳に手を当て聞くジェスチャーを取った。
「くぅううううう!」
「かなー!?」
「ぅううううう・・・終了だ!降参を認める!」
《うおおおおおおおおおおお!》
はぁ~、やっと終わった。
アナウンサーが叫ぶ。
「勝者!大公ベオウルフ16世殿下ぁー!」
《うおおおおおおおおおおお!》
俺は競技台を降りようとした。
「おい待て!」
「ん?」
「また今度続きをやろう!」
「お断りします」
「何故だ!」
「戦うのが嫌いだからです」
「馬鹿な!じゃぁ何故ロイヤルスクランブルに参加した!」
「騙されて・・・」
「だまっ!?本当か!?」
「はい」
「・・・まぁ理由はどうでも良い。再戦だ!」
「お断りです」
「では賞金は無しだな!」
「あー!強権発動かよ!せこい王様だな!」
「王様じゃない大公だ!」
「どーでも良いわ!」
「良くない!政治的な問題が絡んでて国内外の統治にも」
「うるせー!知るか!」
「何だその言い草は!」
「テメーだって殺そうとしたくせに!」
「何の事だ!」
「開幕初っ端!縦斬りでぶった斬ろうとしたくせによ!」
「それがどうした!」
「降参を前提にした試合になんて事しやがるんだ!」
「殺さないと言った覚えはない!降参はしても良いと言っただけだ!」
「屁理屈だ!言葉遊びをしたいんならお家に帰ってママとやってろ!」
「貴様!ブッ殺す!」
「何だやんのか嘘吐き大公が!」
ボカスカボカスカ
『と、止めろー!』
『誰か止めろー!』
『誰が止められるんだー!?あいつ等をー!?』
『・・・』
「何をやってるのかねロッシは!」
「大公も大公よ!大人げない!」
「どっちもどっちね!」
『本当ね!』
「ニャー」
「痛い・・・」
俺はブースの椅子に座っていた。
顔を腫らして座っていた。
今日はもう2本もポーションを飲んでいるからこれ以上は飲めない。
回復と水魔法使いは有料だそうだ。
頼もうとしたが他の参加者達の下に行ってるらしい。
俺の怪我は試合中は負っていない、殆どはその後のものだ。
急を要するものでもないから後回しにされた。
しばらくは我慢するしかない。
「しかし、おめーは何とまぁ・・・」
「痛い・・・」
「あの最強のベオウルフに・・・」
「降参したけどな」
「本当に1分もたせやがった・・・」
「これで500万エナか・・・うーん」
「金じゃねーだろ金じゃぁよ」
「そんなセリフ言えるのは金に苦労した事がない奴か見栄張ってる奴だけだ」
〈《サイクロン》!〉
《ぎゃあああ!》
俺の周りで魔法使いが観客を静かにさせている。
俺に賭けた奴か?
降参したのが気に入らないのか?
分からんが壁を乗り出して俺に文句を言ってる奴等が大人しくなっていく。
さっきは狂ってるとか思ってたけど今は凄い助かってるよ。
ありがとね、魔法使いさん。
バァアアアンンン
銅鑼が鳴った。
決勝の賭けを締め切る銅鑼だ。
あれから俺は競技台から降りたがベオウルフはそのまま不戦勝だった奴と試合する為に残っていた。
シードになる実力を持ちながら不戦勝になる運も持ち合わせていた男は試合開始の銅鑼が鳴ったと同時に瞬殺された。
瞬殺と言っても死んではいない、担架に運ばれていった。
俺との喧嘩の雰囲気をそのまま持ち越していたのかもしれない。
大公の優雅さも無い粗削りな戦いで瞬殺した大公は更に続けて決勝を戦う事となる。
オッズを見る。
1.0倍。
さっきの準決勝と同じ、俺との戦いとも同じオッズだ。
バァアアアンンン
銅鑼が鳴った。
この試合も瞬殺に終わった。
大公ベオウルフ16世の留任が決まった。




