⑮-13-468
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ベオウルフとカズヒコが競技台に上がって行く。
「ようやく出て来たね!」
「何か有ったのかしら!」
「全く!棄権するんじゃないかと思ったわよ!」
「棄権しなかったわね!」
「ロッシ兄ぃの性格だと棄権すると思ったけど!」
「何か有りましたかね!」
「かもしれんな!」
ワァーワァーワァーワァーワァー
大公と並んでメインスタンドの方を向く。
ベオウルフは剣だ。
他の得物は持っていないようだ。
周りはまた賭けの集計をしている。
ミキ達の方を見る。
望遠鏡でこっちを見ているようだ。
俺は手を水平にして振った。
「どう!?」
「賭けるなって言ってるわ!」
「流石に勝てないか!」
「ベオウルフだもんね!」
「仕様が無いよ!」
「オッズは!?」
「ベオウルフ1.0倍!」
『!?』
「賭けになってないわね!」
「無事を祈ろう!」
「ロッシ兄ぃ!」
「ロッシさん!」
「ロッシ!」
「ニャー!」
「あぁー。どうせ降参するのにやる意味有るんですかねー」
「賭けるのが楽しいのだ。好きにやらせておけばいいのだ」
「降参したら俺に賭けた奴等に殺されませんか」
「はっはっは!返り討ち出来るだけの腕は有るだろう?」
「殺しますよ?」
「構わんよ。金で殺そうとするんなら返り討ちで殺されても文句は言えんだろう」
「ですね」
「楽しみにしとるぞ」
「ん?」
「クルル・カトを負かしたお前にな」
「過剰な期待は裏切られた時に怒りに変わりますよ」
「仮にも大公だぞ。その程度の事で怒りはせん」
「この国の連中は戦う事に関するとムキになるんだよなー」
「はっはっは!否定出来んな」
「まぁ24年も大公の座に居るんだ。信用しますよ」
「そろそろ飽きて来ておってな」
「えぇ!?」
バァアアアンンン
「あっ、ちょっ!」
「期待しておるぞ!」
ベオウルフが離れていく。
「ちっ」
俺も離れていく。
所定の位置に着いた。
周りを見る。
トーナメント出場者達が自分のブースから見ている。
負けた者もブースに居る。
空席なのは治療中のようだ。
戦いを間近で見る事が出来るのも特権なのだろう。
クルル・カトも居た。
俺を見ている。
大公になりたかった奴だ。
降参したら怒るかもな。
どうでも良いが。
空を見る。
もう夕方近い。
まだ見てたんだなお前。
今日はもう疲れた。
宿に帰ったら一緒に俺製燻製肉を食おうぜ。
そういやジョゼはどうしたかな。
バイヨに無理やり連れて行かれたからどうなったか分かんないんだよな。
まぁミキ達が付いてるし大丈夫だろう。
案外今彼女達と一緒に居たりしてな。
ふぅ・・・
さてと。
バァアアアンンン
「《身体強化》!」
《うおおおおおおおおおおお!》
「いきなりフルスロットルかよ!」
流石の大公!
魔法陣の面体数も半端ねぇ!
《剣術》もこれまで見た中で断トツで1番だ!
ファーダネさんやクレティアンも強かったがベオウルフは次元が違う!
ドゥッ
突っ込んで来た!
最初の攻撃だ!
最初の攻撃さえ凌げばチャンスはある。
右袈裟斬りだ。
つまり俺の左上から来る。
斜め45度。
振る途中で縦にも水平にも変化出来る、俺の動きに対応出来る構えだ。
俺の動きに対応する為に最速で振る箏は出来ない。
しかしそれを補うスキルが奴には有る!
世話係はベオウルフは魔法使いじゃないと言った。
しかし俺には視える。
こいつは光魔法使い。
以前レヴィアン・ブルーフの《ミラージュ》を視た事が有る。
「《袈裟斬り》!」
剣の軌道が水平気味に変わった!
しかし俺には視える!
これは幻像!
魔力体だ!
本物は縦に来てる!
真っ二つにする気かよ!ふざけやがって殺す気満々じゃねーか!
今言った「袈裟斬り」が魔法発動のスキル名詠唱だ!
俺達と同じ様にスキル名の変更を知っている!
俺達と同じ様に魔法が使えるのを隠して大公の座を維持して来たんだ!
しかし俺と違うのはお前は俺が魔法を使えるって事を知らない事だ!
現に今も《神経強化》に気付いてる様子は無い!
幻影の剣に向かう。
(何!?)
ベオウルフは自分から剣に向かって行くカズヒコに戸惑った。
彼の長い闘いの歴史の中で1人もそんな行動をした者は居なかったからだ。
幻影の剣がカズヒコの胸を捉えたが無論彼は無傷。
そのまま次の動作に移行しようとしている。
(気付かれてる!?)
ベオウルフ16世は用心深い男だった。
魔法が使えるのを隠しているのもそうだ。
最速の攻撃というのは思い切り力を込めているという事。
思い切り力を込めると途中で軌道を変える事は難しい。
なので彼はセーブして剣を振るっている。
今も袈裟斬りから縦斬りに変えていた。
しかしその意図は読まれていた。
俺は左からの幻像の袈裟斬りを受けて透過させ、本体の縦斬りに右裏拳を合わせる。
通常、剣よりも剣を持っている手首が相手に最初に近付く。
垂直に降ろされて来るベオウルフの手首に裏拳を当て軌道を逸らした。
そのまま関節を極めようと両手で手首を取ろうとするも剣を薙ぎ払って来ようとする。
奴の手首に左掌底をかまして薙ぎを止めて更に右掌底を鳩尾に決めようとする。
左腕でそれを防いだベオウルフ。
奴はそのまま左腕で殴りに来ようとする。
殴ってふっ飛ばせば剣の間合いが出来るからだろう。
(くっ!)
俺は殴りを左側転で躱す。
このバケモノの《身体強化》が乗った殴りを受け止める事は出来ない。
受けてしまえば骨を砕かれるだろう。
左手を石畳に着け支えとし、右足を上げて顔面を狙う。
(こいつ!)
ベオウルフは殴るのを途中で辞めてスウェーでギリギリで躱そうとしたが爪先からナイフが飛び出した。
(何!?)
ベオウルフの顔をかすめてナイフは過ぎ去る。
顔から鮮血が流れた。
いち早く体勢を整えたカズヒコが左後ろ回し蹴りを繰り出す。
剣を持った右腕でそれを受ける。
《身体強化》しているからこそ出来る事だ。
(重い!)
《神経強化》による判断速度が向上して効果的な箇所に効果的なタイミングで攻撃を加えられたベオウルフには重く感じられる。
カズヒコは回転を継続して遠心力が増した右肘をベオウルフの右腕に食らわせる。
(重い!)
(利き腕を狙って来やがる!)
何とか剣を振ろうとするが密着状態で振っては威力も出ない。
剣を持ったまま殴るか、左拳で殴るかくらいしか出来ないでいた。
スキル。
《剣術》や《槌術》などの武器スキルがある為に体術はあまり重要視されていなかった。
特に騎士や冒険者はそうだ。
騎士は対人。
人は武器を使う。
ならば自分も武器を使わないと不利だからだ。
冒険者もそうだ。
魔物なんかに素手で挑む奴が居るだろうか。
武器を使えばもっと簡単に殺せるのだ、使わない手はない。
カズヒコが挑んで来た初めて経験する超至近戦にベオウルフは戸惑いを隠せない。
(何だコイツ!)
しかし流石大公、在位歴代最長を誇るベオウルフ16世。
初めての戦いにも持ち前の才能を活かして対応していた。
その戦闘センスにカズヒコも戸惑いを隠せない。
(やっぱりバケモンだコイツ!)
(センスも半端なければ速さも半端ない!)
(速さは筋力だ)
(勘違いしてる奴も居るが速さは筋力から生まれる。つまりパワーだ!)
(筋肉馬鹿が遅いってのは違う!)
(遅いのは必要以上に筋肉を付けてる奴だ)
(筋肉は重い、水にも浮かない。ガチムチが泳げないのは水に浮かないからだ)
(パワーを増そうと筋肉を増やせばそれだけ重りも増える)
(更に筋肉が増えれば関節の可動域が狭まる。背中が掻けないのもその所為だ)
(腕相撲は関節をあまり使わない為にマッチョでも瞬間的な速度を出せる)
(しかし走ったりといった複数の関節を使う運動は無理だ)
(複数の関節を連動させる事が出来ない。可動域を制限されてしまうからだ)
(しなやかさが無いのだ)
(こいつは違う!)
(自分に最良の筋肉量を知っている!)
(バトルロイヤルで死んでいった筋肉バカ達とは違う!)
(人には体質が有る)
(最適な筋肉量は人それぞれ違うのだ)
(それを知らずただ筋肉だけを付けていった筋肉バカの行く末はさっき見た通りだ)
(こいつはただ鍛えるだけの奴等とは違って自分を知り鍛えて来た)
(やはり天才!)
(はぁー!もうヤダ!帰りたい!)
ベオウルフも超至近戦をこなしながら戸惑っていた。
(何だコイツ!)
(この細さからこのパワー!)
(この至近戦でうまく回転して遠心力を利用している)
(至近戦だから《剣術》も活きないからパワーで押し勝てないでいる)
(しかし《身体強化》しているんだぞ!?)
(どうして押し勝てない!?)
カズヒコは超至近戦をこなしながらウンザリしていた。
(武器に慣れた奴ほど知らず知らず距離を取りたがる)
(振りかぶったりする助走が必要な攻撃をする為だ)
(助走が必要な攻撃は最大攻撃力到達地点に達する前に当て身を当てれば俺のパワーでも逸らす事が出来る)
(バケモンに《身体強化》を使われても何とか凌げてるのはそのお陰だ)
(しかしその分俺の体力もゴリゴリ削れていってる)
(強いパワーを逸らすには強いパワーが必要だからだ)
(パワーとは筋力、速さもまた筋力)
(なら【AGI】とは?)
(目の前の大男の様に人間離れしたパワーによる反力もまた人間離れしたものになる)
(それを受け止められるだけの体の強度、【VIT】だけだと筋線維断裂や疲労骨折が起き易い)
(それを軽減するのが関節だ)
(そして俺みたいな筋力の乏しい人間のパワーを増大させるのもまた関節だ)
(弓の弦は何故動物の腱を使うのか)
(パワーを貯える為だ)
(衝撃を軽減するのも関節だが増大させるのもまた関節なのだ)
(関節は鍛えられない)
(前世では)
(しかし人間離れしたパワーを得られるこの世界ではそれを支える関節もまた強化出来る)
(それが【AGI】だ)
(そして俺の【AGI】成長度はA!)
(数多の関節を連動させてパワーを得る投擲や走る事が人間という種の特技であるならば)
(それを活かした俺の戦いがコイツを凌げてるのも当然だ)
(あぁー!早く終わんねーかな!)




