⑭-01-410
⑭-01-410
ザッザッザッザッザッザッザッ
雨上がりの曇天を映した水溜りが振動で揺れていた。
バシャッ
水溜りが軍靴によって跳ね飛ばされた。
沢山の人間が同じような装いで同じ方角に歩いていく。
南へ――――――
ザッザッザッザッザッザッザッ
ルンバキア公国軍が公都オラキアの北門から出て行く。
近年稀に見る大規模動員に軍関係者だけでなく街民も落ち着かないでいた。
しかし街民の落ち着かないと言うのは気持ちが沈んでいるというのではなく、
ワーワーワーワーワー
軍事施設から北門へ向かう兵士に沿道から声が掛かる。
特にヒト以外の種族からが多い。
『北部憎し』
声援を送っているのだ。
反乱後の混乱を戦争が纏めてしまった側面が有る。
街壁上でも北に向かう同胞を見送っている者も居る。
外壁と内壁の間の空間も軍勢で埋まっていた。
そしてその空間の一角で――――――
「はぁ!?殿下も一緒に行くぅ!?」
「えぇ!」
俺の声も辺りの喧騒に掻き消されそうだ。
「何を言ってるんですか!大公でしょ!あなたは!」
「この戦には必ず勝たねばならないのです!」
「だからって大公が前線に出て来てどーすんですかっ!」
「私には剣を振るう事は出来ません!しかし私が前線に出る事で兵の気持ちが奮うのなら!私は前線に出ます!」
「あなたにもしもの事が有ったらどーすんですか!」
「弟や妹が居ます!」
「いや!そーならない為に戦って来たんでしょ!」
そう叫んでいる最中でも向こうでは軍勢が北門を抜けて行っていた。
「私が死のうとも後を継ぐ者は居ます!どうしてもこの戦に勝たねばならないのです!」
「はぁーもう!大臣!」
「我々では御止めする事は出来なんだ・・・」
「ファーダネ閣下!」
「我々は援軍なのでな」
「・・・・・・バルドル将軍!」
「総大将は殿下である」
「かー!誰か止めろよ!」
「無礼だぞ!貴様!」
「そーですー!」
「なっ!?ちびっ子騎士!?」
「「ちびっ子言うな!」」
ゲシッ
「いった!良いキック!?」
「「ふん!」」
「えっ!まさかこの子達も!?」
「殿下の近衛騎士なのだから当然だろー!」
「当然なのですー!」
「殿下!あなたが来る所為でちびっ子達も来るんですよ!」
「「ちびっ子言うな!」」ゲシッ
「いてぇ!」
「スクルド、ヒルダ。あなた達は残りなさい!」
「御断り致します!殿下を護るのが近衛騎士の務め!離れる訳にはまいりません!」
「そーなのですー!」
「子供を戦場に送るおつもりか!」
「「子供じゃない!」」ゲシッ
「あっつ!」
「私は貴族だぞ!貴族の責任を果たさねばならん!」
「ならんのですー!」
「公国の剣となり殿下の盾となる!私は騎士なのだ!」
「騎士なのですー!」
「まだ見習いだろ」
「「うるさい!」」ガスッ
「いたっ!」
「マコル」
「ファーダネ閣下」
「冒険者には冒険者の流儀が有る様に、貴族には貴族の流儀が有る。その責任において我々が口出す事は出来ないのだ」
「子供を戦場に送るのが責任なんてクソっ食らえだ!」
「子供言うな!」ゲシッ
「汚い言葉ですー!」ゲシッ
「ちっ!勝手にしろっ!ふんだ!」
僕等は自分達の馬車の方へ向かった。
「偉そうな奴だ!」
「ですー!」
「殿下。御考えは変わりませんか!」
「大臣!留守を頼みます!」
「・・・・・・はぁー。分かりました。もう何も申しますまい。バルドル将軍。頼みましたぞ!」
「畏まりました。この命に替えましても!」
「バグレスク殿。弟妹派の動きには注意せられよ!」
「後顧の憂い無く・・・とは申せませんが、出来るだけの事は致します!」
「それで良いのです。死んではなりませんよ、バグレスク!」
「畏まりました。殿下の戦勝を祈っております!」
「それで続報は!?」
「はい。昨日と変わりは有りません。ベドルバクラ軍は要塞に一旦集まり南下の模様です!」
「要塞、グデッペン要塞」
「はい。過去何度も南部の攻撃を跳ね除け、かの建国王すらも抜けなかった難攻不落の要塞。そこを拠点として南下は北部の定石です!」
「という事は今回の目的の街も!」
「はい。恐らくはドゥムルガでしょう!」
「では私達も当初の予定通りドゥムルガに向かいましょう!」
『はは!』
「マコルの所属は!?」
「はい。バルドル将軍の下に就けようかと思いましたが・・・」
「お目付け役かしら」
「某に異存は御座いませぬ。某に監視役は当たり前に御座りますれば」
「私の直属になさい!」
「は!?」
「その方が彼らもやり易いでしょう!」
「はっ。ではその様に!」
「殿下ー!あんな奴必要有りませんよー!」
「必要無いですー!」
「こらっ!殿下に意見なんて10年早いぞ!」
「でもブルーフ様ー!」
「ブルーフ様ー!」
「殿下!そろそろ進発です!」
「分かりました!バグレスク!行って来るわ!」
「お待ち下さい!お前達直ぐに!」
『ははっ!』
各宗教の重責者たちが駆け寄って来て戦勝と無事の祈りをする。
そこにエリス教徒の姿は無かった。
セーラが箱馬車に乗る。
バグレスクが叫んだ。
「先祖の御霊よ!我が子らに祝福を!建国王よ!あなたの思いを受け継いだ子にあなたの加護を!」
ルンバキア公国軍が街道を進む。
公都オラキア周辺の街道は広いが下るにつれ狭く小さくなってゆく。
なので大軍は通れない。
それで先に進発させていたのだ。
長い行列が連なる。
セーラの乗る箱馬車に馬に乗った近衛騎士が話しかける。
「殿下!」
窓を開けてセーラが顔を出す。
「何か」
「はっ!マコルが面会を求めております!」
「構いません。通しなさい」
「はっ!」
みすぼらしい馬車が箱馬車に近付いた。
「どーも!」
「どうしました」
「敵軍の規模はまだ分からないんですかね」
「えぇ。フリーエが斥候を出してるそうですが」
「僕達が行きましょうか?」
「えっ!」
「索敵・情報収集は得意なんで。僕達が行きましょうか?」
「そうですね。ラーン!」
「はっ!」
近衛騎士のラーンも箱馬車の護衛で近くに居て近寄って来た。
「聞いておりました。構わないと思います」
「そう。では御願い出来るかしら」
「えぇ」
「でも無茶はしないでね」
「無理そうならとっとと逃げ出しますよ」
「ふふっ」
「ふん!軟弱者が!」
近衛騎士が煩い。
「軟弱者がー!」
「ですー!」
ちびっ子騎士も馬に乗って近くに居た。
かわいい。
「馬子にも衣裳ですねー」
「そうだろー!」
「だろー!」
「マコル。フリーエ様もキルフォヴァを出発され東に向かっている。恐らくドゥムルガの街を目指しているはずだ。フリーエ様と合流を目指せ。我々もドゥムルガに行く!」
「畏まりました。ではセリーナ」
御者をサーヤ君からケセラに代わってもらった。
「では情報はレイヴを殿下に飛ばします」
「グァ!」
「頼むわね、レイヴ」
「クァ!」
「お前も殿下を頼むぞ」
「ナー」
ジョゼはセーラの膝の上に居た。
「ではドゥムルガでお会いしましょう!」
「えぇ!待ってるわよ!」
「セリーナ!」
「ハイッ!」
ドドドドドドドドド
『はっや!?』
「えぇっ!?あんな馬車で!?」
「ラドニウスですよ!?」
「馬鹿な!?」
カズヒコ達はあっという間に見えなくなった。
『・・・』
「ドゥ、ドゥムルガへ急げ!」
『ははっ!』
「あ、あとスクルドとヒルダ」
「「は、はい!ブルーフ様!」」
「馬子にも衣裳って誉め言葉じゃないからな」
「「あいつ!」」




