⑩-41-291
⑩-41-291
記録。
先ず初心を記す。
これは復讐の為の記録。
私から全てを奪ったティラミルティに対しての復讐の記録だ。
『ティラミルティに対しての復讐!?』
「どういう事!?」
「ティラミルティの諜報員だったんだよね!?」
「勿論そうよ!」
「どういう事だ!?」
「分からん」
私は幼い頃に戦争でベドルバクラに攫われた。
「「ベドルバクラ!?」」
「ルンバキアとベルバキアに跨って接するティラミルティの衛星国だ」
「ほー」
「キルフォヴァの北の国だ」
「へー」
元はルンバキアの村に居たらしい。
しかし今はもうはっきりと思い出すことが出来ない。
父や母の顔もぼやけてしまっている。
ベドルバクラで地獄を過ごしていた時にふと軍関係者の目に留まり軍属になった。
その頃の私は右も左も分からない子供で、食うや食わずの日々の生活に擦り切れていた事も有り軍属になれたのは幸運だと思っていたものだ。
その内良い成績を収めていたようでティラミルティへ留学の機会に恵まれた。
本当に恵まれた。天啓と言っても良い。
ティラミルティでも捗々しい成績を残し、所属をティラミルティに移せた。
そして順調に昇進を重ねて行った頃、私の村を襲ったのはティラミルティの作戦だという記録を見付けた。
『・・・』
「なるほど」
「そういう事ね」
「・・・可哀そう」
私は衝撃を受けた。
今までの良い生活、良い給料、明るい未来。
それは私の故郷を犠牲にして見ていたのだ。味わっていたのだ。
私の家族、生きているかどうかも分からない、
いや!
その時に殺されたかもしれない家族の恨みの上に胡坐をかいて酒を飲んでいたのだ!
その瞬間、私は猛烈な吐き気に襲われた。
この記録はその吐き気を忘れない為に残すのだ。
家族の恨みを忘れない為に。
『・・・』
「復讐か・・・」
「・・・私は・・・私には分かるな」
「マヌイ・・・」
「罪も無い人を悪魔にしちゃ駄目だけど・・・でも」
「動機は理解出来る・・・か」
「・・・うん」
「えっ、でも復讐って・・・ティラミルティに?」
「ティラミルティの諜報員だよな?」
それから私は変わった、生まれ変わった、いや!
元に戻ったのだ、本当の私に。
そして復讐の方法を研究し続けた。
単に放火や破壊活動など局所的にやっても駄目だ。
この国を、この体制を破壊しなければ。
私は数年研究し続けてある時その機会が訪れた。
南部各国に諜報員を派遣するらしい。
『!?』
単なる諜報員ではなく破壊活動を目的とした諜報員だ。
私はその部隊に入れるよう工作し潜り込んだ。
そして帝国が隠れて研究をしている悪魔の血を持ち出す事に成功した。
「なんてこった!」
「ティラミルティが持ってたのね!」
「許せない!」
「許せませんわ!」
「全くだ!」
「しかしな・・・」
「うん?」
「僕等も悪魔をルンバキアに納品しただろう?」
「えぇ」
「その血は・・・どうなったんだろう」
『うーん』
「やはり研究してるんじゃないだろうか」
「・・・まぁ研究の結果、眷属から人間に戻す方法を見付けたりするかもしれないわね」
「「「うーん」」」
私は復讐の為に今回の諜報員の話を利用することにした。
ティラミルティの命令で現地で情報を集めるが重要な情報はティラミルティには伝えない、ティラミルティの不利益になるように南部に情報を流す事にする。
ティラミルティだけじゃない、その協力国の情報も南部に流そう。
私はモグラだ。
「なんてこった!」
「二重スパイだったの!?」
「「「にじゅうスパイ?」」」
「エウベルトみたいに、ティラミルティのスパイとして働いてたけど実は他国のスパイでティラミルティの情報を流出させてたって事よ」
「これがあいつの言ってた復讐か・・・」
「北部の弱体化を狙ってたのね・・・」
私を攫い、騙し、利用して人生を壊した。
ならば私がそうしても文句はあるまい。
必ず成し遂げてみせる。
全てを犠牲にしてでも。
覚えていない父と母の名に懸けて。
そして私の名に懸けて。
「全てを犠牲にしてでも・・・か」
『・・・』
父と母の名を忘れてしまったが両親に与えられた私の名は幸い忘れてはいない。
私の名はジュゼッペ。
ベドルバクラでの名も、
ティラミルティでの名も、
全ては偽り。
私はジュゼッペだ。
『!?』
「ちょっと待て!」
「えっ!?ジュゼッペって!」
「あの悪魔に襲われた村のお爺さんの!?」
「嘘でしょう!?」
「そんな偶然って!?」
『・・・』
「エウベル・・・ジュゼッペは知らずに自分の故郷を滅ぼしたのかよ・・・」
「・・・自分の父親を・・・」
「・・・その孫を・・・」
「・・・何とも言えんな」
「・・・ホントね」
「救われないね」
「とりあえず金庫の中の物は全て回収しよう」
「えぇ」
「悪魔はどうするの?」
「勿論回収だ」
「ほっといていい物じゃないしね」
「周りの資料も全て回収だ」
僕達は証拠を全て回収し鍵を掛けなおしてラグリ商会の本館を出た。
宿に帰ってその他の資料を調べる。
一夜を明けた翌日も一日中調べていた。
夕食に軽く食べながらみんなで擦り合わせている。
「ベルバキアには3人で来たみたい」
「3人でウリク商会を起ち上げたんだね」
「それで数年であの規模か。天才だな」
「でも商会の会長、つまり諜報部隊の隊長はあまり有能ではなかったみたいね」
「はっきり無能と書かれてましたわ」
「ソルスキアでの諜報員が吐いた名前と会長の名前が一致したわ」
「あの悪魔の古い死体が多分隊長だな」
「記録にも載ってたしね」
「ソルスキアの大盗賊団壊滅が部隊に動揺を与えたらしい」
「ティラミルティ本国からも活動をやや抑えるよう指示が有ったみたいね」
「しかしエウベルトが強行したみたいだな」
「それで悪魔の血を使った、という訳か」
「最初は魔女みたいだね」
「いや、最初は隊長だろう」
「あ、そっか」
「え。でも魔女の村には3人で行ったのではありませんか?」
「そこなんだよな」
「つまり?」
「僕の予想だと、研究所から悪魔の血という機密を持ち出すのに樽一杯って訳にはいかないだろう」
「当然だろうな。警備も有るだろうし」
「ジュゼッペはポーションより一回り大きい瓶で飲んでいた。恐らくその大きさの物だろう」
「1回分って事?」
「あぁ」
「じゃぁ魔女に使ったら無くなっちゃうね」
「では古い死体は隊長だとしてもう1人はティンゲンですよね」
「ティンゲン?」
「まーた忘れてるー。エウベルトさんの補佐だよー」
「・・・そうか、不愛想な奴」
「そうそう」
「観察記録には?」
「もう一方の死体の名前は有りませんでした。別の資料にはティンゲンが3人の諜報員の内の1人だと有ります」
「うーむ」
「違うの?」
「ティンゲンはキルフォヴァへの旅に同行したと聞いてる。それに他の眷属。ブラックドッグは司祭で確定だが、僕達が殺した悪魔2匹にルンバキア軍が殺した1匹。これは誰だ?」
「「「「うーん」」」」
「今考えられるのは2通りだ」
「2通り」
「1つ、冒険者」
「うーん。旅の護衛で雇って使い捨て・・・って感じ?」
「有り得るんじゃない?」
「そうですね」
「十分にな。エウベルト自身あそこまで1人で追って来たわけだし」
「強かったしねー」
「護衛が居なくなっても大丈夫よね」
「もう1つは?」
「ティンゲンかルンバキアの諜報員、もしくは本国からの連絡員だ」
『!?』
「・・・うーん」
「土魔法を使ってた悪魔がティンゲンだった?」
「時期的に有り得るねー」
「でも何故?」
「そうだ。仮に味方を嵌めれば怪しまれるだろう」
「ジュゼッペは作戦を強行していた、反対したら殺す事は有り得ただろう。更にジュゼッペが殺したとしても相手はスパイだ、ルンバキアに捕まったか殺されたと思われると思われる」
「単なる通りすがりの人や村人の線は有りません?」
「勿論有る。今挙げた2つが可能性が高いというだけだね」
「ブラックドッグも魔女も、心の隙を突かれてるし」
「欲望が大きそうなのは冒険者だな」
「そうね」
「有り得るけど、確かめようが無いわね」
「今となってはな」
「ルンバキアで活動したのはやはり政情が不安定だからみたいですわ」
「搾取されてたし」
「そうなると欲望で悪魔に・・・」
「そもそも心の隙を突くってどういう事だ?血を飲めば悪魔になるんだろう?」
「差が有ったな、魔女や黒犬、悪魔と」
「欲望に依存したモノに変わるって事か・・・恐ろしい」
「エウベルトさんは復讐・・・憎しみかなぁ」
「・・・だろうなぁ」
「でも何で悪魔騒動なんか起こしたの?それこそ南部が弱体化するじゃない」
「それなんだよなぁ。それが分からん」
「そもそも悪魔騒動なんて本来の作戦じゃなくジュゼッペの考えた作戦でしょう?」
「北部で起こすんなら分かるけどねー」
「本来の作戦というのは?」
「資料が無いんだよねー」
『うーん』




