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100年後に咲く花と101年後に来るつばめ

作者: さだはる

それは、嵐のような季節でした。

暗く重い雲が島中を覆い、絶えることのない雨で満ちた奇妙な季節でした。いや、季節と呼ぶものではなかったかもしれません。その島にとって、これが日常だったからです。冷たい雨は一日中、一年中降り続けました。

そんな島には植物の他に、一輪だけ花が咲いています。島の植物が誰も寄り付かない裏の崖に、ひっそりと。咲いていると言っても、こんな雨の中じゃ綺麗な姿を見せることはできません。なので、花は降り止まぬ雨の中、球根として生きているのでした。


100年に一度訪れる、春の季節に備えて。


ある日、その瞬間はついにやってきました。

日の光も差し込まぬ分厚い雲が薄れていき、100年振りに太陽が島を照らしたのです。植物たちは長い長い眠りから目覚めてうんと背を伸ばし、ポカポカの陽気に包まれて島は体全体で太陽に当たります。空には虹が架かり、うらやかな風が甘い香りを乗せて吹き抜けました。

このお祭り騒ぎはお花にも例外じゃありません。球根の中で一秒一秒を数えて、今か今かと待っていたのですから。


花「春だわ、まあ、春がやってきたのね。こんなに気持ちがいいのは久しぶり。今日はうんと綺麗に咲こうかしら。なにしろ100年振りなんだもの」


お花は綺麗な赤色の花を咲かせます。

でも、島の裏側にあるせいで見てくれる植物のひとつもいやしません。


そんな孤独の春を、お花は何度も何度も繰り返してきました。


花「私、どのくらいここにいるのかしら。もう忘れてしまったわ」


話す相手もいないので、こうやってぶつぶつとお花は独り言を言うのでした。

だからこそ、お花には生きる意味というのがわからなかったのです。


花「くんくん……おかしいわ、いつもより……くんくん……潮の匂いが強いわね…」


そう、実はこの島にも夏というものがあったのです。

101年に一度訪れる夏が。


花「まあ、なんて偶然でしょう。春も夏もやって来たんだわ。素敵ね」


つばめ「そうだね、素敵だ」


突然、一羽のつばめがやってきました。


つばめ「君、独り言多いんだね」


お花は急なことで固まってしまっています。


つばめ「にしても、ここからは海が一望できていいね。あっちなんか日が沈む方向じゃないか、夕日が綺麗なんだろうな」


お花はまだ固まっています。


つばめ「……そろそろ、喋ってもいいんじゃないかな」


花「……ごほん…ごほん、ごほん」


つばめ「…君、もしかして緊張してる?」


花「し、してないわ」


つばめ「ほら、やっぱりちょっと緊張してるんじゃないか」


幸いにも、お花は赤色をしていたため緊張で赤らんだ頬は上手く隠せて…


つばめ「ちょっと顔赤くなってる」


花「なっ…」


これが、お花とつばめの出会いでした。

その日は一日中、お喋りをして互いのいろんなことを話したり、聞いたり。


つばめ「へぇ、君はずっとこの島にいるの。ずっと一人で寂しくない?」


花「慣れているもの、寂しくはないわ」


つばめ「変なの。僕たちはね、この島が夏になったら必ず来るんだよ。なんせ101年に一度だから、幻の島なんて言われてる。生きていられるうちに来られるなんて思ってもみなかった。とってもいい所だね。こんなに綺麗な景色が見られるんだ、寂しくなんかならないのかもね」


花「いいえ、綺麗すぎてときどき切なくなるわ」


つばめ「…ほら、やっぱり寂しいんじゃない」


花「切ないと寂しいは違うわよ」


つばめ「一緒だよ」


花「違うわ」


つばめ「一緒」


花「あなたって、揚げ足取りね」


するとつばめは片足を上げて、


つばめ「見て、上げ足鳥」


花「…ばかみたい」


つばめ「あ、笑った」


花「笑ってないわよ、私、笑ったことないから」


つばめ「嘘だ」


花「ほんとよ」


つばめ「ふーん。でも不思議だね、死なない花だなんて」


花「普通じゃない?」


つばめ「ううん、初めて聞いたよ。普通はすぐ枯れるものだから」


花「そうなの?」


つばめ「君、何も知らないんだね。…花はね、種ってのを残してまた生えてくるのさ。それを繰り返して命を紡いでいく。それに花それぞれに花言葉ってのもあってね」


花「花言葉?」


つばめ「そう。純白とか愛とか希望とか。素敵でしょ。君にはないの?」


花「ないわよ、初めて知ったんだから」


つばめ「そうなの?だったら付けてあげようか」


花「いや、必要ないわ」


つばめ「付けるよ」


花「遠慮しておくわ」


つばめ「君、なかなかドライだね」


花「あまり仲良くなりたくないの」


つばめ「別にいいじゃないか、せっかくの出会いなんだから」


花「別れが寂しくなるじゃない。こりごりなの」


つばめ「誰かとお別れしたことがあるの?」


花「………いや、ないわ」


つばめ「なんで寂しくなること知ってるのさ」


花「……そうね、不思議だわ」


つばめ「変なの」


お花は本当にわかりませんでした。なぜ自分がそういった感情を持っているのか。

お花には1万と100年前のことはもう覚えていなかったのです。永遠を生きる花にとって、出会うというのは珍しくて、楽しくて、それでいてとても辛いものでした。


つばめ「君って春以外には咲けないの?」


花「そうよ、春以外はダメ。夏も咲けない」


つばめ「じゃあ、僕らが出会えたのは奇跡なんだね」


花「そうかもしれないわね」


春と夏が混ざったこの季節だからこその出会いだったのです。


つばめ「そんな奇跡の記念に、僕がどこかに連れて行ってあげよう」


花「私、ここから動けないわよ」


つばめ「こうやって、嘴で掴んで運ぶんだ」


花「怖いわ」


つばめ「大丈夫。上手くやるから」


花「ちょっと!」


そう言うと、つばめは強引に、そして優しく花を抱え、飛び立ちました。


つばめ「どう?これが空からの景色だよ」


花「…………」


それは花にとって初めての経験で!


花「見て!島があんなに小さい!それにあそこ、鳥がたくさんいる!」


つばめ「僕の仲間たちさ。この島で卵を産んで大きくなるまで育てるんだ。なんせ幻の島だよ。ここで育った子どもは元気に長生きするなんて言われてる」


花「知らなかったわそんなこと」


つばめ「お望みとあれば、どこにだって連れてくよ」


花「じゃあ、あそこに!」


つばめ「はいよ」


こうして、花とつばめは一日中島を探検しました。


花「こんなに楽しかったの初めてよ」


つばめ「そりゃよかった。またいつでも連れてくよ」


花「ええ是非!…………あ」


花は目を丸くしました。でも、すぐに綻んで、


花「まあ、いっか」


次の日もそのまた次の日も、花とつばめは一緒でした。

島の洞窟に行ったり、つばめの仲間を紹介してもらったり。

もうすっかり仲良くなってました。


つばめ「ねえ、一つ提案があるんだ」


花「提案?」


つばめ「うん。こんな誰もいない島の裏側にいるより、他の場所で暮らした方がいいと思うんだ」


花「ここから移動するってこと?」


つばめ「そう」


花「それは…無理よ。私、ここじゃなきゃいけないから」


つばめ「どうして?」


花「ちょっと試してみて。そうね、あそこの盛り上がった丘の上に私を運んでちょうだい」


つばめは丘の上に花を運んで、そっと置いてあげました。

すると、どうしたことでしょう。赤く綺麗な色が、みるみる青くなっていくではありませんか。


花「早く…出して…」


つばめはすぐに元いた場所に帰してあげました。


花「苦しくなるの。ここじゃないと生きられないみたい」


つばめ「そんな…」


花「昔、同じように試したことがあってね。トラウマなの」


つばめ「それは……ごめん」


つばめはしゅんとして下を向きます。


つばめ「……ちょっと待って。試したってどうやって?」


花「え……」


花は言葉を失いました。

確かに、私はどうして青くなるって知ってるんだろう?試した?いつ?


花「覚えてない…」


永遠を生きる花の運命は残酷です。全てを覚えていることはできないのですから。


つばめ「僕以外に友達はいないの?」


花「いないわよ」


つばめ「覚えていないだけじゃない?」


花「覚えていなかったら、いないと同じことじゃない」


その瞬間、つばめはたまらなく悲しくなりました。

そうか、いつか僕のことも…。


花「どうして泣いているの?」


つばめ「…え……ほんとだ…どうして…だろ」


花「変なの」


つばめ「変、だね」


花「変よ」


また花は笑いました。



そうして楽しい時間は流れていき、卵だったつばめも大きく育ち、春と夏が終わろうとしていました。

別れの時が近いのは、花にも、つばめにもわかっていたことでした。


花「あなたもずっと生きていられたらいいのにね」


つばめ「…そしたら、いろんな所に連れて行ってあげたいね。一面砂だらけの砂漠とか、一晩中火を噴く火山とか」


花「楽しそうね」


つばめは敢えて、別れの話をしませんでした。

でも、花は口を開いてこう言うのです。


花「私、ずっと一人じゃなきゃいけないの」


突然の悲しそうな声につばめは驚きました。


つばめ「……どうして」


花「誰も私のこと覚えていてくれないから」


つばめ「…そんなの、僕が覚えてるよ。ずっと」


花「無理だよ、それは」


つばめ「ううん、覚えてく。せっかくこうして出会えたんだもん、忘れないさ」


花「でも、あなたが覚えてくれていること、私にはわからないじゃない」


つばめ「また会いにくればいいさ」


花「ほら、無理じゃん」


つばめ「長生きするよ」


花「また春と夏が重なるときまで?」


つばめ「そうさ。君にまた会える時まで」


もちろん、つばめにはそんなに自分が長く生きられないことはわかっていました。でも、つばめの顔はどこか自信に満ち溢れていて、夏の眩しすぎる太陽がつばめを逞しく照らすのでした。


そうして、季節の終わりとともにつばめは島を飛び立ちました。声も届かぬ遠い空へと羽ばたいてゆくその姿を、お花はただずっと見つめるのでした。心の底にしまい込んでいた、ずっと昔の誰かと姿が重なりながら。


程なくして、暗闇がまた島を包み込みました。再び始まるひとりぼっち。お日様の匂いは雨に流されていきました。

この匂いを花はよく知っています。冷たくて重い、この匂い。


花「これが私の世界だから」


また花は数え始めます。一秒一秒を、一日一日を、一年一年を。


やっと100年になったとき、花はあのつばめが来た方向をずっと見ていました。


花「まだ、こない」


もう100年が経っても、花は同じ場所を見つめていました。


花「…まだ」


さらに100年、200年が経ってもやはり同じことをするのでした。


花「…まだ…まだ」


想像を絶する月日がこうして流れていきました。

そしてあるとき、


花「…あれ、いま……何年………私…なにしてるん…だっけ…」


とうとうお花は忘れてしまいました。

待つにはあまりにも長すぎた時間だったのです。


お花は暗闇の中で生きている意味を考え始めました。自分が何者なのか、何のために生きているのか。

出ない答えを探し始めました。

それは、遠い昔の誰かと出会う前と全く同じ状況でした。ずっと一人だったあの頃と。何もかもを忘れたときの、本物の孤独と出会ったあの頃と。


お花には、温めてくれる思い出の一つも残ってはいませんでした。



また、月日が流れていきました。

ふと、お花は100年振りに空が晴れたのを見ました。

久しぶりの春でした。植物たちは踊り、風は甘い香りを乗せて島を吹き抜け……と、お花はいつもの春と違うのに気づきました。


花「潮の、匂い」


微かに、潮の匂いが風に混じってる気がしたのです。

次の瞬間、太陽が強く照りつけ、風は上空へと吹き上がっていきました。


夏、でした。


植物たちはぐんぐん背を伸ばし、深い緑色の葉っぱをつけ、浴びるように太陽に向かって体を広げるのでした。


花「夏だ」


と、遠くの方から声が聞こえてきます。いつか、ずっと昔に見ていたあの方向から。

声の主はだんだんと近づいてきます。

ついには、お花の横に降り立ち、こう話しかけるのです。


つばめ「約束、果たしに来ました」


それは悠久の遥か昔の約束。


つばめ「ね、覚えていたでしょ?」


お花は全てを思い出していました。


花「…ほんとうね」


つばめ「はい、ほんとうです」


花「ほんとうに…約束を…」


つばめ「ちょっと、どうしちゃったんですか」


花「思ってもみなかったから…」


つばめ「泣かないでください。贈り物があるんですから」


すると、つばめは真っ青な大空を見上げて、


つばめ「僕の仲間たちです」


花「………」


つばめ「僕のおじいちゃんのおじいちゃんのそのまたおじいちゃんのおじいちゃん…と、何百年、何千年何万年とかけて紡がれてきた約束なんです。『崖の上に咲く、一輪の綺麗なお花に会ってほしい』っていう。……約束、果たせましたか?」


お花は一度息を吸って、


花「果たせたに、決まってるじゃない」


つばめ「それは…よかった」


しばらくお花は空を見上げていました。


つばめ「そして、これが贈り物です」


つばめがみんなに合図を送ると、空から次々と種が降ってきました。


つばめ「約束の中に『お花の種を持っていってほしい』というのもあったんです。世界中の花の種です」


花「世界、中の」


もうお花は堪えきれませんでした。

何千年、何万年と溜め込んだものが一気に解けていくのを感じて。


つばめ「そして最後に。遺言を授かっています。言わせてください」


花「…うん」


つばめは大きく息を吸い込んで、そして優しく話し出すのです。


つばめ「花言葉は『永遠の友だち』」



次の春、崖の上のお花の周りには色鮮やかな花々が咲き誇っていました。そこから種が生まれ、また次の春にも同じように色鮮やかに咲くのでした。


お花は、遥か遠くの青い空を見つめながら、


花「永遠の、友だち」


そう言って、優しく笑ったのでした。


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