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8.

 部屋に戻ったジョルジュは、布団に腰掛けたままじっとしていた。

 頭は働かせていたが、考えていたとは言い難い。色んなことを考えなければならないのに、ちっともまとまらない思考を追い回していたに過ぎなかった。

 少女はコーヒーを淹れてベッド脇の小机に置いていったが、ジョルジュはいまどんな飲食物も胃が受けつけないだろうと口は付けなかった。

「たでーまー」

「戻ったぞ」

 日が沈んで小一時間も経った頃、玄関から聞こえたダクタリとロバートの声に、ジョルジュはようやく顔を上げた。

 ジョルジュが部屋から姿を見せると、二人は心底驚いた顔をした。それもやむを得なかったろう。昼に見た光景と漂い続ける悪臭から、ジョルジュは一日で十歳は老け込んだように見えた。

 二人が何事かと口を開く前に、ジョルジュは小さく、しかしハッキリと、出て行く、と告げた。少女を連れて、この家を出ていくと。

 まとまらない思考の中でジョルジュが出せた数少ない結論だった。この臭いを、あの光景を、真実を知ってしまった自分はもはや今まで通りに暮らしていくことは不可能だ。行くアテはないが、それでも何も知らない二人と一緒に、何食わぬ顔で暮らし続けることなど出来なかった。

 少女を連れて行く。その部分に、ロバートとダクタリはこのジョルジュの言葉にはただの気紛れでない何か大きな裏があると察したようだった。

 二人はジョルジュをじっと見つめ、ジョルジュも二人を見つめ返した。

 最初に目を逸らしたのは、長く深い溜息を零したロバート。次に目を逸らしたのはダクタリだった。二人は互いに顔を見合わせるとどちらからともなく「荷造りを手伝おう」と申し出た。ジョルジュの突然の出立も、二人にとってはどこか自然なことに思われたのだ。それは彼らが気まぐれで同居を認めた不可思議なシュプリオンに、何かただならぬ秘密を感じ取っていたからか、あるいは無意識下で、意識の深層で、この街の異常な景色を日々無視し続けたからかもしれない。もしくは反対に、彼らが欠かさず服用し続けていた安定剤が、ジョルジュとの間に諍いを起こすことを防いだのかも。

 いずれにせよ本人たちでさえ完全には理解できない感覚から、二人はジョルジュの出発を咎めようとも、理由を問いただそうとも思わなかった。

 荷造りはすぐに終わった。ロバートは餞別として職場で廃棄された部品の寄せ集めで作った不格好なラジオをシュプリオンに渡し、ダクタリは持て余していたあの猟銃をジョルジュに預けた。

 二人は見送りに出なかった。いつも仕事に行くジョルジュを見るように、玄関で軽く挨拶を済ませてそれきりだ。

 ダクタリとロバートは揃ってリビングの椅子に腰掛けると、じっと窓から見える夜空を睨みつけた。

「勿体ねぇことしたよまったく。あんなレア物を、ぶっ壊さずにみすみす手放すなんてさ。どんな金持ちだって、あんな珍しいシュプリオンはそう易易と手放さないだろうに」

「金持ち。金持ちか。ははっ、金持ちね」

 ダクタリとロバートは、どこかスッキリした顔で、互いに噛み合わない言葉を交わし合った。

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