06 死闘と絶望
胸糞注意です
「何か手がかりは見つけられたか?」
ルーカスが焦りともどかしさに支配されているのか、顔を掻きながら大声でみんなに呼びかける。
「きゃーー!あ、あれ見てくださいぃ……」
ヘレナが病人みたいに顔を真っ青にしてある方向を震わせながら必死に指差す。
「く、黒い女だ!本当にいたんだ」
思わず声をあげてしまう。幽霊なんて初めて見たよ。
「おーい、聞こえてますか?」
試しに声をかけてみる。だが返事はなく、ゆっくりと重苦しい足取りで森の奥の方へと進んでいく。
「何か伝えようとしているのかもしれない、とりあえず行ってみないか?」
「なんか怖い気持ちもあるけどちょー楽しそう!ドキドキするね!」
「とりあえず着いて行ってみよう。何があるのかもしれないし」
「わかった」
「ふぇぇ、本当に行くんですかぁ……?」
ヘレナの気持ちもわかるが、それ以上にアメリアと同じ様な好奇心が勝ってしまう。とりあえず黒い女と少し距離を取り警戒しつつ彼女の後を付いていくことになった。
「……こっちに小さい子供の足跡がある。山の奥の方に続いているな」
彼女に従って付いていくと、突然姿が霧のようになり、水が蒸発するようにして消えてしまった。あたりを探索していると、エイデンが小さな子供の足跡を見つけた。裸足で移動していたからかとてもくっきりと残っている。
「みんな、気合い入れろよ!」
これから起こる戦いを想像したのか、ルーカスが発破をかける。
「ああ、絶対彼を助けよう!」
俺もルーカスに応えるべく語調を強めて返事をする。絶対に助けるからな。
「もうそろそろ昨日ユータが見つけた巣に着くぞ!」
足跡に従い森の奥の方に向かうと、ある場所で彼の足跡が消え、複数の4本足の小さな足跡が見られるようになった。4本足ということは、ゴブリンの可能性が高いな。それに沿って歩いていく。
「ここが巣だね。ね、ねえみんな見て!骨が落ちてる……」
2つの大髄骨が交差するように並べられ、その上に明らかに人のものだとわかる頭蓋骨が置いてあり、そのモニュメントが所狭しと並んでいる。いったい何人が犠牲になっているんだろうか。趣味が悪すぎる。
「もう無理ですぅ……」
「俺たちにできるのは無念を晴らすため元凶を倒すだけだ」
義憤に駆られる。俺たちが倒さなければさらに被害が増えるかもしれない。
「絶対に許さなっ!?」
急に背中に寒気が走った。何だこの感覚は?本能が奥にいる者は危険だと騒いでいる。
「みてあれ!」
アメリアが震えながら奥の方を指差す。え、何でこいつがいるんだ……
「不味い、あれはゴブリンエンペラーだ!上位種はいると思ったが流石にこいつがいると思わなかった」
『鑑定』
【略奪王 アファールス】
こいつ、ネームドかよ⁉︎俺たち中堅の一パーティーで倒せるレベルじゃないぞ。前言撤回だ。逃げるしか生き残れないぞ……
「ナカマ、コロス、オマエラ、ユルサナイ!」
今まで黙り込んでじろじろと獲物を定めるように見ていたあいつがいきなり咆哮を上げ、俺たちを殺そうと襲いかかってくる。
「撤退しながら戦うぞ。みんな覚悟を決めろ!」
人語を理解できるのか、その言葉を聞いた瞬間右手を動かして後ろ道を配下のゴブリンに封じるよう命じる。
まて、よくよく見たら右手に女が描かれている金色に輝いた腕輪を付けている。
「あいつ、右手になんか変な腕輪をしているぞ!」
「……何だと!?」
普段は無口なエイデンが今まで聞いたことのないひどく驚いた様子で話す。確かにあの腕輪からは変なオーラがするがそんなにやばいのか?
「……何かきっかけがないとネームドモンスターにはなれない。1番きっかけとして多く、簡単な方法はのはモンスターが至宝を手に入れることだ。おそらく、その指輪は至宝じゃないか?」
モンスターが至宝を手に入れることがあるのか。だとしたらあの黒い女と何か関係があるに違いない。
「あいつは俺がやる!だからユータは後ろを頼む。エイデンは俺の補助、女子2人は俺たちの間に入って前と後ろをサポートしてくれ」
「わかった!」
俺は1番後ろに立ち、群がっているゴブリンを精一杯睨みつける。
「行くぞ!」
いったいどのくらいの時間が経ったのだろうか。いくら斬ってもゴブリンどもは湧き出てくる。実際それほど時間は経っていないかもしれないがマラソンの終盤のように1秒1秒が重く、そして永遠のように感じる。
「はっ!これでも喰らえ!」
左から右へ刀をはらう。息が上がるのを肌で感じる。酸素が行き届いていないのか、頭の思考がぼやっと霞のように消えていってしまう。それでも後ろにいるみんなを考えて必死に腕を振い続ける。
「ルーカスそっちは大丈夫か?」
息苦しさを感じ、途切れと切れに言葉を発する。
「ヤベェぞ……手が痺れてきて腕の感覚がない。2人のサポートがないともう持たない!」
本来なら悲壮感が漂うはずだが、少しでも士気をあげようとしたのか努めて飄々した様子で俺の質問に答える。だが、この言葉を聞いて俺は死地だというのに一瞬安堵してしまった。これが致命的なミスだった。
「ぎゃーー!ごはっ……」
後ろから少女のあどけなさが残る高い声と、血を吐く声、そして骨を絶つ音が聞こえる。俺が先程からゴブリンに対してしている時と同じように……首にヘドロが付いたかのようにゆっくりと後ろを振り返る……
「ヘレナ!大丈……ごべっ……」
今度は明るい陽気な声が聞こえる。しかし、後半になるにつれ急速に声の張りが無くなっていく。
え……そんな……
後ろの光景を見て呼吸が出来なくなる。冷酷な死神に心を掴まれたような気がした。俺が一瞬油断した隙に間をすり抜けて後ろの2人を攻撃したのか……
俺のせいだ……嘘だ……数時間前まで一緒にふざけて笑っていたのにっ……!
「まずい、2人がやられ……ぐしゃ……」
「……何とかするしかな……ばごっ……」
俺はこのメンバーなら何があっても大丈夫だと信じていた。だが、土台からそれが一気に崩れるような気がした。俺のせいで……俺のせいで……みんなが目の前で死んでいく。
俺は武器を手から離し、腰が抜けていつのまにか尻餅をついて地面に座っていた。
「トウゼン 、ムクイ、オマエモオナジ、スル!」
俺の無様で怯えた姿を見て満足したのか、にちゃりと口角を上げながら俺も見下す。
俺は勘違いをしていた。これはゲームだと心のどこかで思っていた。だがそれは間違っていた。彼らは機械が操作するNPCではない。かけがえのない、人間だ。これは、もうひとつの世界だ。
『二度と誰も失わない、強い力が欲しいですか?』
『この世界の理不尽に立ち向かう、折れない力が欲しいですか?』
どこからか鈴を転がしたのような可愛らしさと、それでいて荘厳で凛とした声が脳内を反芻する。
「ああ、もう二度と目の前で誰かを失いたくない!何も出来ないなんて、嫌だ!」
『私はあなたの中から溢れる義憤に惹かれました。私の加護を与えましょう』
主人公はこの世界の理不尽に抗い続けます。強さとは何か葛藤しながら成長していく姿を描けたらと思います。