幽霊相談所と死にかけの霧
ここは幽霊相談所。
俺は自分の持つ霊感を生かした仕事をしたいと思い、この相談所を立ち上げた。
馬鹿だと言う人も多いが、しかし、この仕事は意外と楽しい。
大体相談しに来る幽霊は訳ありで、それを解決するのが俺の役目。
その悔恨をなくし、幽霊を成仏させるのだ。
そして今日も、俺のもとに幽霊がやってきた。
ただ、今日の幽霊は普通じゃなかった。
扉が開く音がした。
お客さんだ。
「いらっしゃ……」
数々の依頼をこなしてきた俺だが、今回ばかりは驚いた。
相談所に入ってきたのは、かなり薄れた、もはや死にかけと言ってもいい少女の幽霊だった。
薄れすぎて、幽霊というよりかは霧に近い。
「あの……ここでいろいろ相談してくれると聞いたのですが……」
「あ、ああ。俺は幽霊相談所の者だ。どんな相談だい?」
そう聞くと、ぽつぽつと彼女は話し始めた。
彼女は生前、大好きな彼氏さんがいたらしい。
どれぐらい好きかと聞いたら、宇宙ぐらいだそうだ。大層なことだ。
その彼氏と死ぬ前に約束を交わしたらしい。
死んでも私のことを好きでいてほしい。幸せになってほしい。
彼氏は了承してくれたそうだが、そのあと交通事故で彼女はなくなった。
死んで成仏するのかと思いきや、しかし彼女は、死んだ後の彼氏のことが気になってうまく成仏できなかったらしい。
彼女自身、彼氏のもとに行って彼氏の今の状況を確認すれば、それで成仏するだろうと分かっている。
しかし、彼氏が死んだ自分のことを忘れていないか心配で、怖くて見に行けないらしい。
そのまま月日がたち、今現在幽霊としての力を失ってきて、死にかけていると。
なんともくだらなくて、かわいそうな話だ。
彼女がいない俺にとっては、少しうらやましい話でもあるが。
俺は彼女の話を聞いて、早速行動することにした。
「じゃあ、俺が彼氏のことについて調べるから、君は待っていてくれよ」
そう言い残して。
俺は彼女の言う彼氏のことをしらべた。
彼女が口にした情報から、彼がどこに住んでいるのかはすぐに分かった。
あとは一日二日程度、彼氏の動向について調査して、それを伝えれば今回の仕事は終了ということだ。
土曜日。
とりあえず彼の家の前で張り込みをしていた俺は、彼が家から出てきたのを確認して彼の後についていった。
彼は買い物したり食事したり映画見たり、普通に普通の生活を送っていた。
家族とも良好な関係だった。
違和感は特になかった。
まあ、普通だよな。
俺は安心して、帰って彼女に報告しようと思った。
だが、その矢先。
彼が発した言葉に衝撃を受けた。
明日の予定はあるのかしら、と母に尋ねられた彼は、こう答えたのだ。
「ちょっと、彼女とデートする約束だから」
俺は一瞬放心しかけた。
だが、放心しなかった。
俺の後ろから霊の気配を感じ振り返ると、彼女がそこにいて、放心していたからだ。
彼女は、俺についてきていたのだ。
待て! 落ち着くんだ!
そう俺は彼女に行ったが、彼女は顔を抑え、涙を流しながら壁をすり抜け、どこかへと行ってしまった。
俺は仕事の失敗を悟った。
このまま仕事を放棄するわけにもいかないので、とりあえず次の日曜日も、俺は彼についていくことにした。
彼は家から出て駅に行くと、待ち合わせていた彼女と手をつないで電車に乗った。
ああ、本当に彼女いたんだな、と、他人のことだけれど少し落ち込んだ。
ただ、せっかくここまで来たので、仕方なく俺も電車に乗った。
どこに行くんだ?
映画か? カラオケか? テーマパークか?
そう思ったけれど、彼らは都心とは言い難い、田んぼが広がる田舎の駅で降りた。
なぜこんなところで降りるのか、俺には見当がつかなかったが、とりあえず俺も降りて彼らについていった。
彼らは街を歩く。
ラブホやゲームセンターも時々見え、そのたび俺はドキドキしたが、そのドキドキはすべて杞憂に終わった。
歩き続け、やがて建物が少なくなってきたころ。
彼らは大通りからずれると細い脇道に入った。
ついていくと、そこにはお寺があった。
なぜ、お寺?
彼女と一緒にくるものなのか?
と思っていたら、俺はあり得ないものを見た。
幽霊の少女が、驚きの表情で彼らを見ていた。
お寺の端の方で、お墓の前に座りながら。
俺も驚いたが、彼らにばれると色々と面倒なので、こそこそ隠れながら彼らの行く先を見ていた。
すると彼らは、お寺の端の方、少女が座っているお墓まで行くと、バッグからお線香を取り出した。
彼はお線香に火をつけ、お墓にお供えすると、手を合わせた。
彼女も、同じことをしていた。
それが終わると、彼女が彼氏に聞く。
「このお墓の人って、大事なひとなんだっけ?」
彼氏はゆっくりと、考えるようにして答えた。
「あぁ、大事な人だ。僕が一番最初に好きになった人で、今でも大好きだ」
「私とこの人、どっちが好き?」
「それは……悪いけど、死んだ彼女の方が好きだったかな。彼女と約束したんだ。死んでも好きでいる、死んでも幸せでいるって。だから、俺は今も彼女のことが一番好きだし、今は君がいるから幸せだ。こうして僕が幸せでいることが、死んだ彼女のために僕ができる、唯一の償いなんだ」
彼氏はそう言うと、少し不安げにして言った。
「俺のこと、嫌いになった?」
彼女は少し笑いながら言う。
「そんなことあるわけないよ。それに私だって、死んじゃったそのこのために、あなたを幸せにしなくちゃだしね」
彼氏も、つられて少し笑った。
「そうだね、そうしよう。天国の彼女も、ずっと幸せでいられるように」
少し、温かい風が吹いた。
彼らが墓地から去った後、俺は少女のところへ行った。
幽霊の少女は泣いていた。
「君は、いい彼氏を持ったね」
少女は、小さくうなずく。
嗚咽を漏らしながら、小さくうなずいていた。
俺は少し、心が温かいもので満たされた気がした。
「成仏、するかい?」
「……します」
「わかった」
少女は笑っていた。
幸せそうに笑っていた。
俺は思った。
ああ、やっぱりこの仕事は、意外と楽しい。
そして、少女は消えた。
成仏した。
死にかけの霧は今、死んだのだ。
……帰るか。
次の依頼は、どんなのが来るだろうか。
少し楽しみにしながら、俺は相談所へと帰った。