欲して求める者たち
気が付いたら誕生日を過ぎていた……私はまた、歳をとったのか……?
そんなこんなで頑張りますよー! どうぞー!
──それは突然、現れた。
否、元からそこにいたのだが、そんなことがわかるわけもなかった。
力のあるバケモノが何故『人間』の擬態を──それもロクな魔力も持たない貧弱な個体であるふりをしていたのか。
そんなことを野生にいる只のゴブリンが理解できるはずもない。
何かの三区が焼けるにおいを感じて群れを引きつれ、様子を窺えばそこにいるのはロクな魔力も持たない『人間』だった。
森の中でそんな弱者が肉を焼いているのだ。襲い掛かってしまったのも無理はなかった。
だから、それの正体なんてわかるはずもなかった。
襲い掛かる直前までは群れで襲えば殺せる程度の存在でしかなかったそれが──瞬間、バケモノに変ずるなんて──
「gyaaa!!」
同属の悲鳴が耳朶を打つ。
一番手に襲い掛かった仲間が捕まれ、首を千切られた。
後続に襲い掛かる者たちも文字通り一蹴され、肉片へと変わる。
血管が浮き出たかのような紅い、文様のような線を身体に走らせたソレは、悍ましいほどの魔力を腕に纏わせながら、一歩一歩近づいてくる。
「──gya!?」
己の近くで逃げようとした仲間が悲鳴を上げて弾ける。
その亡骸を見れば、胸のあたりにナイフが転がっており、それが目にもとまらぬ速さで投げられたことは容易に想像がついた。
──立ち向かっても殺される。逃げようとしても殺される。
取ろうとしていた選択肢がなくなった中、それはゆっくりと、着実に歩み寄ってきた。
生き残るために何かないかと周りを見渡すが、あるのは自分を含めて残された数人の同属だけ。
目の前には己を殺すバケモノが迫る。
その拳が振りかぶられ──
「gya?」
──とっさに隣にいた同属を掴んで目の前に晒す。
直後に衝撃。
内臓をかき回すような衝撃が襲い掛かり──意思が流れ込んでくる。
──チギレチギレ俺と契れ色を見せろチカラを示せお前の色を寄越せ全て寄越せ魅せろ楽しませろ足りない枯渇魅せろ契れ契れ見せろ色を契れ色を鮮やかな色彩を契れ契約しろ俺にない契れ色を契れ見せろさもなくばチギレすべて見せてから死ね契約しろ俺のものに……
濁流のように流れ込んでくる意思に気が狂いそうになる。
同属だったものの血肉を浴びながら気が付いた。
──自分はこのバケモノに求められているのだと。
呆然としていると、バケモノが首を傾げながら何かを呟き、歩み寄ってくる。
恐らく、問いかけられているのだろう。
従順か、敵対か──
それを理解した瞬間、自分は従うことを選んだ。
そんな自分の肩にその手が触れ──流れ込んでくるのは【契約】の条件。
一つ、自由にしていい。
一つ、進歩することを望む。
最後に──その色を見せること。
それを理解し、輪のようなものを受け取った瞬間、駆けだした。
あのバケモノのそばにいたとして、ただのゴブリンである自分が何事もなく、過ごせるだろうか?
あのバケモノが求めているのは『色』──経験やチカラといった、積み重ねてきた特徴だ。
もし今の自分がそばにいたとして、失望されて殺されない保証がどこにあるというのだろうか。
だからこそ、駆けだした。
御圧倒的な力と、恐怖をもたらしたそのバケモノにあこがれにも似た感情を抱きながら──
──チカラをつけてまた、その前に現れようと決意して。
▼
「……どこかに行ってしまった」
去って行ったゴブリンを見送り、ポツリと呟いた。
仲間を盾にしてでも生き残ろうとするその『色』に興味を持ったグレイは、どんな偶然か【契約】できる気配を感じて実行したのだが──その【契約】したゴブリンがどこかへと走り去ってしまったのだ。
「失敗したか? いや、なんか強くなって帰ってくる、みたいな意思が伝わってきたんだが……よくわからないが、面白そうだなそれ」
弱者として知られるゴブリンが強さを求めて、どこまで行けるのか。
誰も見たことがないであろう『色』に興奮を抑えきれないグレイ。
「ああ、もちろんお前にだって同じことを考えているとも。俺とお前でどこまで行けるのか、なんてな」
その言葉に納得したのか、グレイの手から染み出るようにして現れたスライムはゴブリンの死骸へ近づき、溶かし始める。
「そういえばお前、身体から出れるようになったんだな」
その言葉に、身体を膨らませる動作で答える。
「ああ、なるほど。体積が増えたのか。いつか俺の身体から溢れたりもするのか?」
その問いかけには逆に身体を縮こませ、ほんのり光ることで答える。
「体を圧縮して魔力に変換できるのか。凄いな、お前」
地に濡れた森の中、新たなる【従魔】を手に入れたグレイだが、いつもと変わらずスライムと一緒にのほほんとした会話をして過ごすのであった。
▼
「──はい! 依頼の完了を確認しました! 冒険者証を返します!」
「どうも。ところで、何か手ごたえのある依頼とかはないか?」
元気のある受付嬢から冒険者証を受け取りながら尋ねる。
「手ごたえのある依頼ですか……グレイさんはまだ【認定レベル1】なので、討伐依頼だとあって『ボア』の討伐くらいかと」
「だよなぁ。やっぱり目下のところは【認定レベル】を上げることか。依頼を受けていれば上がるんだったか?」
「認定レベル【1】~【3】の内はそうですが、【4】以降になると試験が必要になったりしてきますね」
「とにかく今は依頼をこなしていくしかないってことか。っと、忘れるところだった。【従魔の証】を一つ買いたいんだが……」
「ということは、新しく【テイム】したんですか?」
「予備がないんでな。出先で必要になることもあるかもしれないし、買っておこうと思って。一番安い奴でいいんだが、頼めるか?」
「わかりました! とってくるので少し待っててくださいね!」
すたたたたー、と走っていく受付嬢を見送ってグレイは自分の体内へ意識を向ける。
「お前も俺の身体から完全に出られれば自由に動けるだろうし、【従魔の証】も必要だったんだがなぁ」
というのも、グレイの身体から出ることが可能になったスライムだが、スライムの『核』がグレイの心臓にあるためグレイから離れることができないのだ。
「え? 俺の身体から出たくないって? 楽だからって、引きこもりの思考だぞ。ああ、味覚は俺の中にいないと感じられないのか」
互いにとって利益があるからこそこの状態が成り立っている。
いわば共生のような関係なのだ。
「──すまない、依頼をしたいのだが……ああ、『プロテアクス兵団』の者だ」
スライムとの会話を楽しんでいたグレイはそんな声が耳に届いたことで耳を傾ける。
「ああ、支部長に話を通したい。取り次いでもらっても? ああ、頼む。それで──」
「お待たせしました、グレイさん! こちらが礼のブツになります!」
「ん? ああ、ありがとう……というか、その言い方はどうにかならないのか?」
「すみません、つい癖で……」
人聞きの悪い言い方をした受付嬢に苦言を呈するグレイ。
「……グレイ?」
その名前に、反応する声があった。
『プロテアクス兵団』を名乗り依頼をしようとしていた人物に着いて来ていた一人の男。
グレイもその声に反応してちらりと視線を向ければ、そこにあったのは知った顔──訓練生で同期であったジャーティスである。
「どうした、ジャーティス訓練生」
「兵士長より賜った密命の件で、別行動させていただきたいのですが……」
「ああ、わかった。こちらは私が処理しておこう」
「ありがとうございます。では──あっ」
そんなやり取りをしているうちに、グレイは出口から出るところであった。
「っ!」
走り出し、通りに出て見渡せばグレイは小道に入ってゆくところであった。
「ま、待ってくれ……!」
グレイを追いかけて小道に入る──が、そこにグレイの姿はない。
「確かにここに入ったはず……」
袋小路になっているこの場所で、いないはずはないと目を凝らすジャーティス。
──その背後で小さく、トンッ、と音が鳴った。
「っ!?」
「遅い」
腕を交差し、ガードしたジャーティスだが、そのガードごと身体が吹き飛ばされ、ごみの山に突っ込む。
「気配察知が鈍ったんじゃないか? ジャーティス」
「お前の気配遮断がうまくなったんだろう、グレイ!」
グレイの言葉にごみを吹き飛ばしながら立ち上がったジャーティスはグレイを睨み付ける。
「全く、わざわざ顔見知りを寄越すとは……よっぽど早急に、俺を始末したいようだな」
グレイに走る紅い線がゆっくりと四肢に伸びる。
「……おいおい、マジかよ」
それが一種の強化であると見破ったジャーティスが思わず呟く。
「丁度お前の色が見たいと思っていた所だったんだ。見せてくれよお前の色を──訓練生主席候補さんよ」
楽しそうにグレイは笑うのであった。
ゴブリンを予想していた方、当たらずも遠からず、ほぼ正解になりましたね~