【従魔】スライム
「……マジかお前」
隣を歩くグレイを見て、ティーチは思わずつぶやく。
「ん? どうかしたか?」
「いや、そこらへんに生えてる薬草をむしって食うやつを見たことがなかったもんでな」
突然の奇行にもどこか慣れが出始めたティーチ。
「ソレ、うまいもんじゃないだろ? 苦いし、薬味が強いし……」
「いやいや、それがうまいんだって」
そう言いながらもしゃりもしゃりと薬草を齧るグレイ。
「野生の魔物かお前は……」
「どっちかというと、それを【テイム】する側だぞ」
呆れた様子のティーチと何とも感じていないグレイ。
「そういやお前、【テイマー】だったな。【従魔】はどうすんだ?」
「まあ、増やしたいとは思ってるんだが……どうにもうまくいかなくてな」
「一度【テイム】した【テイマー】は感覚で二度目以降も成功できるって聞いたんだが……どうなんだ?」
「さあ? 俺に【テイマー】の知り合いはいないし、その感覚って言うのもどうにもつかめてないんだ」
手をぶらぶらと振ってどうしようもないといったグレイだが──そこに悲観の感情はない。
「何なら、手伝おうとも思ったが……その必要はなさそうだな。目途があるのか?」
「いいや? だが……なかなかどうして、そっちのほうが良い『色』が見れる気がするんだ」
「『色』?」
「ああ、『色』だ。それが積み上げてきたもの……作り上げてきた『色』だ。俺からすると、ティーチもなかなかにいい『色』をしている」
「よくわからんが、ほめられている、のか? それならいいが──って、おい! その葉は毒草だぞ!」
ふと視線を向けたティーチがグレイが口にしている草を見て声を上げる。
「ん? ああ、そうなのか?」
「そうなのかって──吐け! 今すぐ吐け!」
グレイを激しく揺さぶる。
「くそっ! 悪いが、我慢してくれよ!」
それでも吐き出さないグレイの腹に拳を叩き込む。
「ヴぉえッ! ゲホぁ!」
嗚咽と共に透明根期待を吐き出すが──その液体は地面に着く前に止まる。
「──は?」
今しがた食べていた毒草がじゅわじゅわと溶けていく様を見せながら、その透明な液体はグレイの体内に戻ってゆく。
「──は?」
「ゲホ、ごほ……何すんだよいきなり」
「いや、なんだ今の……」
「どっからどう見ても『スライム』だろ?」
「いや、なんでお前からスライムが出てくるんだ!?」
訳が分からず混乱しているティーチ。
「紹介してなかったな。。俺の従魔のスライムだ」
「いや、俺が聞きたいのはそうじゃなくて、なんでお前の口からスライムがっていうところなんだが……」
「……そう言えば、なんでだ?」
よくよく考えてみれば、何故口から出てきたのかわからないグレイも困惑の声を上げる。
「……え、知らないのか?」
「知らないな。なんでだ? 胸の傷から出てくるならわかるんだが──?」
「いや、それもおかしいだろ……って、どうした首なんか傾げて──!?」
ヒュンッ、という風切り音が鳴り、グレイの身体がゆっくりと崩れ落ちる。
「グレイ!」
二射、三射と射かけられる矢を大剣で薙ぎ払い、倒れ伏せたグレイへと駆け寄る。
(背に矢が突き刺さってる。心臓は──クソッ! 止まってやがる……!)
「無駄無駄、ソイツはもう動けねぇよ! 何せ、その矢には毒が塗ってあるからなぁ! ぎゃははははは!」
男が茂みから現れて下品に笑う。
「……賊か」
「何に見えるってんだ?」
「確認しただけだ。念のためな。グレイ、少しだけ待っててくれ」
そっとグレイを横たえ、立ち上がったティーチが大剣に手を掛ける。
「そんなでっかい大剣、振れんのかよ」
「──俺のことを知らないってことは、お前らここら辺のモンじゃねえな」
その瞳に魔力の灯が灯る。
「俺の目の届く範囲で、ダチは死なせない」
瞳の焔が狂おしいほどに燃え上がる。
「絶対にだ」
その意志はまるで狂気のように。
強く、強く燃え上がる──
「【冒険者位階】レベル『6』、【狂剣】のティーチ。冥土の土産に覚えておけ」
その剣が振るわれる──
▼
「──処置は終わったわティーチ」
扉の近くに座り込んでいたティーチに白衣の女が声をかける。
「──! どうなった! 無事なのか!?」
「うるさいから叫ばないで。もう一度聞くわ。彼は背後から矢で、胸を撃たれたのよね? 胸を剣で、貫かれたのではなくて」
「ああ、奴らは毒も塗ってあると言っていた。無事なのか?」
「……いろいろと話さないといけないわね。入って」
そう言って白衣を翻す女について部屋へと入る。
「──ん? ああ、ティーチか。苦労を掛けたみたいだな」
「グレイ! 大丈夫なのか!?」
「ああ、全く持って問題ない。むしろ具合がいいくらいだ」
そう言って振り返ったグレイに、肩から掛かっていた布がはだける。
「お前、その傷……」
「ああ、ついこの前やられたんだ」
その胸には剣で貫かれたような傷が一つ。
背の同じところにも、同じ傷が見れることから確実に貫通しているように見える。
「何ともないのか?」
「ああ、見た目は少しグロいかもしれないが、痛みすら残ってないぞ」
どこからどう見ても致命傷なその傷は紅い膜のようなもので被われているだけで、肉体の修復機能で治癒しているようには見えない。
「どうなってるんだ、それ……」
「『スライム』だ。俺の【従魔】であるスライムが塞いでくれてるんだ」
「塞いでくれている、ねえ? 本当にそれだけかしら?」
少し離れた位置から見ていた白衣の女が問いかける。
「どういうことだ、メディナ」
「どうって、こういうことよ」
ごく自然に、いたって何事もないかのように腕を振るう。
瞬間、放たれたメスがグレイの首筋を切り裂いた。
「──ッ!?」
「メディナ!? 何を……!」
「見てみなさい、その男を」
その声に視線を向ければ、切り裂かれた首を抑えるグレイ。
しかし──
「血が、流れていない……?」
「なんだ、これ……」
驚愕するのはティーチだけではなく、グレイもであった。
「その様子だと、気が付いていなかったようね。あなたの心臓が動いていないことにさえも」
「……」
「ねえ、あなたは人間? それとも──魔物かしら!」
もう一度投げられたメスがグレイに迫り──当たる直前、傷口から溢れ出した紅い液体が絡めとる。
「……宿主を守る、か。なら──ッ!?」
ぞくり、と悪寒が走る。
「──スライム、『待て』だ」
妖しく耀き始めたスライムへと『命令』する。
よく見ればスライムはメスの柄を掴んで振りかぶるような形を取っており、放っておけばそのまま投擲するのは見て明らかであった。
「お前も『待て』よ? 俺はやり返したっていいんだ。だが、それじゃあ、もったいない」
その言葉には感情が乗り、意思が籠る。
「理由を教えてくれ。俺に攻撃してきた理由を。そこに、お前の色があるはずだ」
声に微塵の震えもなく、その言葉には揺らぎがない。
寧ろそこには好奇の色すらあった。
「……悪かったわね、いきなり攻撃なんかして。理由は簡単、あなたが人間かどうかを確かめたかっただけよ」
脱力し、椅子に座り込んだメディナはため息を吐きながら告げる。
「ま、そんなところだろうな」
「……俺は話についていけていないんだが、どういうことだ?」
理由を察していたグレイとは異なり、何が何だかわからないといった様子のティーチ。
「『スライム』っていう魔物は生きている環境によってさまざまな変化をするの。毒に関するものが多いところで生きていれば『ポイズンスライム』に。火山とかだと『ファイアスライム』といった具合にね」
「ああ、それは知っているが……」
「学説では食べたものの性質を真似ることによって環境に適応してるって言うのがあってね。じゃあ、生きている生物の体内に埋め込んだらどう適応するのか」
「……まさか」
「その生物を生きたままにその環境に適応したスライムはその体を乗っ取り、新たな魔物を生み出した。あまり有名ではないかもしれないけれど、『パラサイトスライム』って呼ばれてるわ」
「今回俺を調べた彼女は、それを疑って俺に攻撃してきたっていうわけだ」
説明を終えた二人は視線を交わす。
「あなた、意外と博識ね」
「自分の【従魔】のことは念入りに調べているからな」
「なるほど、【テイマー】だったのね」
「で、あんたが調べた結果は?」
「正直、今まで見てきたスライムの分類で判断するのは難しいわね。あなた、今までこのスライムに何を与えてきたの?」
その問いかけにこれまでの記憶を掘り返してみる。
「魔力回復薬とか回復薬各種。最近だと薬草とか毒草、後は魔物だな」
「……よくそんなお金があったわね」
「効果の切れる寸前の、たたき売りの奴を大量に買ってあげてたんだ。こいつの好物だったからな」
首の傷から出ているスライムを撫ぜながらメスを取り上げ、メディナに返す。
「なるほど。道理で野性のスライムじゃ考えられない魔力を持っているわけね。あと、気になるのは心臓が動いていないのに生きている理由かしら。少し調べさせてもらっても?」
「ああ、構わない。むしろこっちが知りたいくらいだ」
「じゃ、少し触れるわね」
「ああ──スライム、ダメだぞ。そんなことしたらお昼は無しだぞ。というかそろそろ俺も文明の食事を食べたい」
酒は飲んだが、つまみは遠慮して食べなかったグレイの食事は主に薬草と毒草であった。
「……大体わかったわ。まず、心臓が動いていなくても問題ない理由ね。簡単に言えば、スライムが血液がする仕事をすべて行っているからね。大方、あなたの血液を食べてその性質を受け継いだのだろうけど……あと、胃液もスライムに置きかわってるわね。このスライムがいなかったらあなたは生きていないわ」
「ああ、なるほど。だから俺の口からスライムが出てきたのか」
うんうんと頷くグレイに対し、メディナの顔色は優れない。
「……あなた、本当に何も異常はないの?」
「さっきも言ったろ? むしろ、気分がいい。スライムがこんな『色』を見せてくれるなんてな」
身体の中にスライムが住んでいて、己の命を握っている。
そんな事実に嫌悪も恐怖もなく、あるのは唯々歓喜だけ。
「お前は俺を、どこまで楽しませてくれるんだ」
慈愛の笑みを浮かべて、グレイはスライムへと語り掛けるのであった。




