いつかのように
どうも皆様こんにちは。
評価をして下さった方もいらっしゃるみたいで、わたくし、嬉しく思います。
「ったく、酔いつぶれたお前を運ぶのは俺だって言うのに……」
酔いつぶれて意識を失ったジソンを担いで事前に聞いていた宿へと向かう。
「それにしても、すごいなスライムは。まさか酔い覚ましまでできるとは……」
どこか誇らしげな感情が帰ってくるのを感じて思わず笑みを浮かべるグレイ。
あの後もジソンに勧められ何杯も飲んだのだが、彼に酔いはっていない。残血中アルコールを体内にいるスライムが分解してしまったからである。
「──グレイ、さん?」
「チヨさんか」
そんな中、暗がりから声をかけてきたのはジソンの妹であるチヨだった。
「ああ、酔いつぶれてしまったんですね。運んできてくださってありがとうございます」
「ああ、構わないよ。ここまできたんだ、このまま部屋まで運ばせてもらおう」
代わりに担ごうとした千夜を押しとどめて、二人は歩き出す。
静寂が支配する夜道でチヨが話しかける。
「……よかったです。兄さんがグレイさんに会えて」
「どうしてだ?」
「兄さんの寝顔が、何かから解放されたような……吹っ切れたように見えるんです」
笑みを浮かべるチヨだが、どこか暗さを感じる笑みだ。
「あの事件からずっと、兄さんは何かにとりつかれたように強くなろうとして、どこか思い詰めていたんです」
「次期村長になる予定だったんだ。どこか責任を感じていたんだろうな」
「多分こんなに心地よく眠れてるのは、あの事件以来初めてだと思うんです。だから──ありがとうございます」
「何もしてないよ」
「生きて、兄さんに会ってくれて、ということです」
手を後ろで組み、振り返ったチヨ。
金糸のような紙が広がり、それを満月が照らす様はどこか絵画じみており、美しく見えて──
胸が、高鳴った。
「ッツ!?」
「どうかしましたか?」
「いや、問題ないよチヨさん」
そう答えたグレイに、チヨどこか寂しそうな表情になる。
「──あの頃の村に戻れないのはわかっています」
「……ああ」
「けれど、どうかあの時みたいに『チヨ』って呼んでくれませんか? せめて、呼び方だけでも、あの頃みたいに……」
「あの、ころ……」
思い出すのは、まだ平和な村で遊んだり、いがみ合ったり、笑いあったりしていた時のこと──
それは一瞬の出来事だった。
その思い出が炎に焼かれ、無残に朽ち果て、昨日まで生きていた人間たちが物言わぬ死骸となってしまった光景。
──どうして魔物を倒すの?
いつか問いかけた自分の言葉がよみがえる。
どくん、と心臓が強く脈打った気がした。
「……ああ、そうだな。『チヨ』」
「──! はい! グレイさん!」
花が咲いたような笑みを浮かべるチヨ。
それから上機嫌なチヨを送りつつ、ジソンを寝かせたグレイは自分のとった安宿へと帰って眠るのであった。
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──どうして魔物を倒すの?
──悪いことをするからだよ
これは、夢だ。
幼いころの、俺の夢。
──魔物と仲良くなって、魔物のことをもっと知りたい!
──じゃあ、強くならないとな
──どうして?
──強くないと、わかりあうという選択肢すらないからだよ
わかっている。
チカラがなければ交渉すらできないということは。
──じゃあ、強くなればいいの?
──ああ、強ければドラゴンとだってお話しできるかもしれないぞ
今思えば、【テイマー】があまりいい印象がないというのを知っていた父が、選択肢を増やすために言った言葉なのだろう。
──強さの種類は一つとは限らないが、強さがなければ選択肢すらない
その言葉がどうしても頭にこびりついて離れない。
──強さがなければ選択肢すらない
その台詞が頭の中で反響する。
繰り返し、繰り返し。
まるでその記憶を刻み付けるかのように。
何回も何回も。
他の子どもたちは溜めたお小遣いを使って【冒険者】の登録をするといって街に残り、僕一人で村へと帰った。
そこそこに距離はあったが、街道は一応整備されてもいたからか危険は少なく──それでも現れたスライムを【従魔】にして。
「帰ったらみんなに自慢してやるんだ」と意気込み──
焼けて、崩れた村を見た。
木が焦げるにおいがする。
肉が焼けるにおいがする。
その木は何の木だ?
その肉は誰の肉だ?
どくん、と鼓動が強く脈打つ。
「あ、あああああ」
理解した。
父を含めて、村の人々がなぜこうなったのかを。
「──強さがなければ選択肢すらない」
彼らには選択肢がなかったのだ。
──それはひとえにチカラが足りなかったからだ。
ゆらりと粗雑なベッドから起き上がる。
──身体が熱い、どうにもうずく。
ゆっくりと動き、歩みを進める。
この熱はどうすれば冷める?
この疼きはどうすれば収まる?
──気が付けばグレイは再び森の中にいた。
「……お前らにも力がなかったからこうなったのだろう?」
昼間に倒してそのままにしていたせいか、獣に食い散らかされたゴブリンの死骸を見んてそんなことを呟く。
「──ガアア!」
「お前もだ」
背後から飛びかかってきた狼の魔物をがっちり掴み、地面に叩きつける。
「──スライム」
その名を呼べば、何を欲しているかを察したスライムがその体に変化をもたらし、その結果グレイの肉体に血管のような赤い線が走る。
「喰っていいぞ」
更なる一言にスライムは歓喜し、赤い線がグレイの皮膚を突き破って狼へと伸びる。
「キュウウウウン!?」
「痛めつけるのは趣味じゃあない」
ジュウジュウと溶け始めた狼の首をへし折り──魔力の抵抗がなくなったせいか、さらに溶けるのが加速していく。
「人も、動物も魔物も。全ては死ねば骸となる。そこに大した違いはない」
ならば違いはなんだ、と彼は虚空に問いかける。
そして彼は、彼なりの答えをすでに出していた。
「それになるまでに積み上げてきた、塗り上げてきた『色』だ。そして、そこにお前らの積み上げてきた『強さ』があるはずだ」
そう考えるからこそ、彼は求めるのだ。
「お前らの積み上げた『色』を、【契約】して俺に見せ続けるか。それとも、死ぬ間際まで抗ってその『煌めき』を残すか。二つに一つだ」
潜んでいた魔物たちが彼を取り囲む中、笑みを浮かべて問いかける。
「さあ──【契】ろうか」
▼
「はあ、やっちまったなあ」
どこか落ち込んだ様子で森を歩くティーチ。
昨日、反射的に森を破壊してしまったことを咎められ、整備してくるように言いつけられたのだ。
「まあ、やっちまったモンはしょうがねえ。倒しちまった木はバラして『次元袋』で持って帰るとして……えぐれた地面は後で考えるか」
背負っていた身の丈ほどもある大剣を振り、倒木を次々にバラバラにして袋に詰めてゆく。
「……こんなもんか」
あらかた作業を終えたティーチはこれからどうしたものかと考える。
「今日は元々休みにする予定だったしな。ゴブリンが増えてるって言うし、ちょいと狩って減らしておくか」
そんな軽い気持ちで少し森の奥へと進み──後悔した。
明らかに残された戦闘痕が、ここで行われたであろう戦闘の激しさを物語っていた。
(なんだ、これは……ここで一体、何が暴れたって言うんだ……? しかもこれは、おかしすぎる)
地面や樹には戦闘痕が残されているのにもかかわらず、血痕がないのだ。
(……これ以上進むのは辞めて、ギルドに報告するか? しかし、何もわからないままに報告してもな)
そう考えたティーチは周囲をしっかりと警戒しながらゆっくり奥へ進んでゆく。
(生き物の気配が全然見つからないな……いくつか薄い気配が集まっているのは──スライムか?)
何かがあるのかと恐る恐る覗き込めば、その先にあったのは──
「グレイ!?」
座り込んだ様子で動かないグレイに、周囲の気配を再度確認したうえで駆け寄る。
「……んぅ、ふぁあ~! なんだ、ティーチか」
「な──なんだ、じゃねえ! こんなところで何やってんだ!?」
どこからどう見ても寝起きのグレイに声を荒げるティーチ。
「ん、ああ。昨夜はどうも寝苦しくてな。熱を冷ますために森に散歩しに来たんだ」
あっけらかんと言い放つグレイに「なにいってんだこいつ」という視線を送る。
「……死にたいのか?」
「そんなことはない」
「なら、森の中で寝るのはやめてくれ」
「そうしよう」
「──ああ、そう言えばここに来る途中戦闘痕を見つけたんだ。そこそこ規模のでかいものだったんだが、何か知らないか?」
そういって立ち上がるグレイに、先ほどまでの光景を思い出したティーチは何か知らないかと問いかける。
「知らないな。そんなに歯ごたえの在りそうなヤツは見てもいないし、聞いてもいないな」
「そうか。お前はこれからどうする?」
「依頼も受けないとだし、街に帰るよ」
「なら俺も行こう。もし何かがいるようなら危険だしな」
そう言って二人は歩き始める。
(多分アレをやったのはコイツなんだろうな)
そんなことを考えながらティーチはグレイを街に連れてゆくのであった。
グレイくんの人間アピールはここら辺で仕舞いとしましょうかね。
そろそろ本格的にグレイが動き出します。
冒険パートはもうすぐ!なハズ!