変化
どうも皆さまこんにちは。
最初の方なので書け次第上げていこうかと思います。
それではどうぞ
「ふぅー、やっと終わったぜ」
壁の補修作業を終えたティーチは汗を拭いながらロビーに戻ってくる。
「お疲れ様です」
「おう。ところでグレイの登録は無事終わったか?」
「ええ、【テイマー】ということで心配はありましたが、戦闘ができるならもしもの時も対処できそうですしね」
「ああ、短時間とは言え【狂化】した俺相手に無傷だったからな」
「信じられませんね」
試験を頼んだ受付と試験の内容を再び話し合いながら席に着く。
「技術はあるようですが、魔力も少ないし、それでどうやってしのいだのかが気になるところですが……」
「ああ、そう言えばアイツ、『スライム』って言っていたな」
「スライム、ですか……? 本人も『従魔』がいるとは言ってましたが、見せられる状態にないといわれて確認はまだなんですよ」
「どちらにせよ、スライムだと奇襲性はともかく、しっかりとやりあうには心許ないな。困ってるようなら教えてくれ。俺が手を貸す」
そう告げるティーチに受付の男は驚く。
「面倒見はいいのになかなか懐には入れないあなたが深入りするのは珍しいですね」
「──あの歓談中すみません。そのグレイさんという新人なのですが……依頼に出てからまだ戻ってきてないのです……」
そんな二人の会話に遠慮がちに割り込んできたのはどこかフワフワとした雰囲気が特徴的な受付嬢。
「新人が最初に受ける依頼は薬草採集だろ? 街の周りで終わる仕事だから多少時間がかかっても危険はないと思うが……」
「それが、見慣れない【冒険者】が森に一人で入っていくのを見たという人が居て……」
「……良くないですね。確か、最近は森の方でゴブリンが増えていると報告が上がっていた筈です」
その言葉に各々が険しい顔つきになる。
「……悪い、ちょっくら席を外すぞ」
「行くんですか? 【冒険者】は基本自己責任ですよ?」
「ああ、せっかく俺にビビらねぇ珍しいやつを見つけたんだ。何かあったら勿体ねぇだろ?」
そう告げて彼は駆け出す。
「──【半狂化】」
森に向かい、新人を助けるという意思を狂おしいほどに高め、その感情をエネルギーにして常人ではありえない速度で駆ける。
──誰かを助けるために、狂おしいほどに心を燃やせるティーチだからこそ、その感情を【狂気】として扱えるからこそ【狂戦士】としてやっていけるのだ。
(理性は残せてる。とにかくアイツを見つけて──ッ!?)
森に入り暫くして──背筋に走る悪寒に危機感を覚えたティーチはすぐそばの木陰に身を隠した。
(血の匂い……いくら何でも濃すぎる。いったい何が──)
「─、──」
(誰かが、喋っているのか?)
恐る恐る身を乗り出し、その先を覗き込む。
「チ、ギル、チギル……チギル?」
その先にいたのは、『チギル』と呟きながらゴブリンを素手で殴り殺すグレイの姿。
腕に紅く脈動する線を走らせ、笑みを浮かべながらゴブリンを握りつぶすその姿は、どちらが魔物なのかわかったものではない。
「チギ──る?」
「ひぃっ!?」
目が、合った。
その瞳に宿る狂気に、同じく【狂気】に理解のあるティーチをして──恐怖を覚えた。
まったくもって理解できない、相容れることのないその感情に。
「どうかぁ、しましたぁかぁ?」
一瞬で目の前に迫り、至近距離でそう問いかけるソレに──
「ひ、うわああああああああ!!?」
思わず悲鳴を上げて駆けだす。
向う先はそう──安全な街へ。
「どうしぃてぇ、にげるんだぁあ?」
狂おしいほどに湧き上がる恐怖心をエネルギーに変換し、ここに来た時以上の速度で走っているのにも関わらず、それは全く遅れずに後をついてくる。
「──く、【振撃】!」
魔力のこもった体験を振るい、大地を打ち付ける。
瞬間、大地が揺れ木々は倒れて悪路に変わる。
「ま──うぇあろうがっ!?」
つまずき、派手に吹き飛んだその瞬間を逃さずティーチはさらにギアを上げる。
「おい、どうしたんだティーチさん!」
「え、あ──」
その呼びかけにティーチは正気を取り戻す。
「そんなに慌ててどうしたんだ、ティーチさん」
「あ、ああ、門番さんか。いや、さっき森で──」
そこまで言いかけてふと思う。
「……あれ、グレイじゃね?」
恐怖のあまり新手の魔物と勘違いしていたが──あの身なりはよくよく思い返せば彼の物だったように思う。
「ま、まあ、あそこまでできる奴ならつけに行く必要もない、よな……」
ダチだと宣言したその日に苦手意識を植え付けられたティーチなのであった。
▼
「……ひどくね?」
倒れたグレイがぽつりとつぶやく。
「恐ろしい魔物でも見たかのような顔して逃げやがって……いや、よくよく考えてみれば俺が悪いか?」
正常に戻ってきた思考で思い返してみる。
呂律の回らない言葉に、紅く光る線が走る身体。
それが森という暗がりの中ものすごい速さで迫ってくるのだ。
「なにそれこわい」
そんなことを呟きながら自分の身体を眺める。
「樹をなぎ倒す勢いで転がったのにも関わらず、打撲と擦り傷だけ、か。強化の割合はかなり高いみたいだな。その代わり──気分の高揚と理性の脆弱化がデメリットとして現れるのか」
自分の新たな力をそう分析しながら──ふと感じた気配に振り向く。
(──今、気配を感知して振り向いた? ……武術の達人でもあるまいし、そんなわけないか)
「──あの、大丈夫ですか?」
馬鹿馬鹿しいと切って捨てようとして──かけられた声に落とした視線を上げる。
「けがはありませんか? 良ければ治しますが……」
「あ、ああ。そこまで大したけがはないから大丈夫だ。それより君は一人か?」
「いえ、そろそろ仲間が来るはずです──あ、みんな!こっちに人がいたよ!」
(……なんだ? この女、どこかで見たことがあるような……)
「おいチヨ! ヒーラーがひとりで先走るな! 何かあったらどうすんだ!」
手を振る少女を見て、そんな、感慨を覚えたグレイだが……その少女の声に駆け寄ってきた男を見て納得した。
「久しぶりだな、『ジソン』」
「あ? なんで俺の名前を……って。お前、グレイ、か?」
どこか懐かしそうに声をかけたグレイに対して、ジソンと呼ばれた男は驚愕を露わにしてその名を呼ぶ。
「え……グレイ、さん?」
「お前、生きてたのか!? 今までどこに──いや、それは後だ」
そう言ってジソンはグレイを強く抱きしめる。
「まだあの村の生き残りがいて本当に──よかった」
涙を流しながら力強い抱擁をするジソンを、グレイはそっと抱き返すのであった。
▼
「待たせたな」
「いいや、そんなでもねえ」
【冒険者ギルド】からほど近い酒場で待っていたジソンに会いに来たグレイ。
「……お前は何を飲む?」
「悪いが、手持ちが宿代しかないんだ」
「気にすんな、俺が奢ってやる。再会とお前の【冒険者】登録記念に先輩として、な」
「悪い」
「いいっての。いつか何らかの形で返してもらうからよ」
「なら、遠慮はしない。お前のオススメを頼む」
「それでいいんだよ。これを二つと今日のツマミを」
店員に注文し、酒場の喧騒に少しの静寂。
「お待たせしました、ご注文の蜂蜜酒とおつまみです」
「お、来た来た。じゃあ、俺らの再会とお前の生存、【冒険者】登録に」
「「乾杯」」
軽くグラスを打ち合い、蜂蜜酒を口にする。
「うまい、な」
「オヤジたちがよく飲んでたよなぁ」
それはもう二度と見ることができない光景。
その失われてしまった光景を思い出しながら、ジソンが懐かしそうに蜂蜜酒を口にする。
「村が滅ぼされてから、どうしてたんだ? 俺はお前が村に帰った後で村が滅んだって聞いたから、正直もう死んだものだと……」
「いろいろあってな。生存を知らせなかったのは申し訳ないと思ってはいる」
「そういえばお前は昔から何かに興味を待ったら一直線だったな」
グレイの言葉に理解を示したジソンに驚きを露わにする。
「へえ、変ったなお前。以前なら噛みついてきただろうに」
「そりゃあ、な。村が滅んでからやっと気づいたんだ。村長の息子なんて立場は村の中でしか通用しない。そしてその村が滅んじまったら俺はただの『ジソン』なんだ、ってな」
(本当に、変わったんだな)
ガキだったんだと自嘲するジソンにそんな感想を抱くグレイ。
「いや──変らざるを得なかった、か」
「ま、そんなとこよ。で、お前は何をしてたんだ?」
「俺、か。何をしていたんだろうな……」
彼のしたことの仔細を誰かに話すことなんてできない。
経歴として私兵団に所属していたことを証明する手段などないし、それどころか国境付近での出来事は口外すればした本人も聞いたものも処刑されることになるだろう。
だが、彼には聞く権利があるとグレイは考えた。
「あまり多くは語れないが、一つ言えることは──お前はもう、『復讐』に気をやる必要はないってことだな」
「……! それってお前、まさか……!?」
「いっただろ?多くは語れない、ってな」
驚愕を隠せないジソンにそのことを念押す。
「俺がやったことは手放しに称賛されることではない。多くの人間に迷惑をかけてもいる」
「それでも、これだけは言わせてくれ……! ほんっとうに、ありがとう……!」
感極まったジソンから目を背けて蜂蜜酒を口にする。
「これからは、アイツを超えるためにでも強さを身に着けるんだな。復讐なんかのためじゃなく、な」
「……ああ」
その目尻から零れる雫を見ないように、どこか茶化した様子でグレイは笑う。
「……ああ、しみったれたのはなしだ! 飲むぞグレイ! 今日は俺の奢りだからな!」
「ああ」
「俺はまだあきらめて無いからな!絶対、シオンよりも強くなって、認められて、添い遂げて見せる!」
そう宣言して酒を煽る。
「今日はとことん飲んでやる! もう一杯だ!」
「吐くまでは飲むなよ。店に迷惑がかかるからな」
どこか自棄にも見えるジソンにそう告げてから自分ももう一杯だけと頼む。
思い出の酒を浴びるように飲んでいる姿は、どこか心の底に燻っていた恩讐の焔を洗い流し、かき消すようにも見えて。
グレイはただただ、それに付き合うのであった。