『色』追う者ども
「──予想以上ね」
レイダはひとり、部屋薄暗い部屋の中で呟く。
彼女の瞳に見えているのは、この部屋の光景ではなく、妹レイナの見ていたグレイたちの戦闘であった。
彼女は生まれながらにして、特殊な『スキル』を持っていた。
【共感覚】と呼ばれるもので、感覚を自分と共有するというものだ。
今は妹であるレイナと視覚を共有することで、自分がその場にいなくとも彼女の見ている光景を共有して見ることができていた。
対象は妹であるレイナに限らない。
対象を変えるために接触さえすれば、その後は好きに対象の感覚を共有することができる。
共有できるのは何も視覚だけではない。
名高い軍師と思考の感覚を共有すれば、その軍師が行った思考をトレースして儒分も扱うことができる。
屈強な兵の身体の感覚を共有すれば、その兵の行った体の動かし方をトレースすることができる。
だからこそ、妹を通して見たその光景に、彼女は驚いていた。
「あの時よりも確実に、チカラの使い方がうまくなっている」
あの時、というのはレイナが捕まったときに助けに来たグレイのことだ。
あの時もレイダはレイナと感覚を共有しており、それを通して探そうとしていたのだが──その結果、グレイのチカラを見ることとなった。
「あの時は単にチカラを振るうだけだったけど、今はそれが一つの戦い方として定着している」
その成長の仕方を見て、レイダは一つの答えを導き出す。
「彼も、私と同じような『スキル』を持っている?」
ジャーティスとの戦いを見る限りだが、その戦い方はあまりにも似通っていた。
「思考を共有してみたけど、そんな施行をしている様子はなかった。自覚していないだけ? いえ、彼はおそらく、誰よりも自分を理解している」
そこでふと、彼を訓練生から追放した時のことを思い出す。
そこで向けられた視線は──どこまでも興味がない、無機質な視線。
「……どうして、彼はそんな視線を私に向ける?」
そして思い出すのは──妹の視界を通して見た、優しい笑みを向けて「よかった」と呟く彼の姿。
それを思い出して、何かがきしむ音を聞いた。
「どうして……」
彼女の『スキル』は他者の思考さえトレースできる。
だからこそ、優れた容姿である自分に向けられる下品な感情は誰よりも身に染みてわかっている。
妹にも、自分の好みはそういうものを自分に向けない人間だといってある。
だが、どうしてだろうか。
「私は、彼に関心を持ってほしいと願っている……?」
妹〈自分〉に向けられた慈愛の表情と自分に向けられた無関心。
そのギャップに心を動かされているのだが……他人の感情にばかり敏感になっている彼女はそれに気づけない。
「彼をもっと、知りたい」
その衝動は濃いにも似たものなのだが、自分を知らない彼女はそれに気づくことはできないのであった。
▼
──足りない。
「……ダメだな」
目の前に現れた魔物を握りつぶしながらグレイは呟く。
「こんな簡単に死ぬようじゃ足りない」
彼が求めるのは、自分にない『色』。
それを見せられない魔物たちに対して失望の念を隠せない。
「……あいつと戦ったのが裏目に出たか」
ジャーティスという素晴らしい『色』を見たばかりだからか、そんじょそこらの色では満足できなくなっているのかもしれない、と思い始める。
「一撃で殺さなければ【テイム】できそうな雰囲気はあるんだが……手加減して捕まえた魔物が戦争で生き残れるか?」
あの摸擬戦の後、グレイはジャーティスとともに遊撃を任された。
遊撃とはいってもどこかの部隊に所属するわけではなく、「ここら辺に配属するから、好きに暴れてこい」、ということである。
この世界には様々な【圧倒的暴力】を持つ者がいるからこそ実現できる戦法である。
「仲間を守りながら戦うのは苦手って……まあ、一人で暴れるほうが楽だけどさ」
レイダ兵士長に言われたことを思い出す。
もともと彼の戦闘スタイルは戦争向きではなかった。
相手を誘い込み、意表を突き、常に不意打ちのような戦い方をしてきた彼にとって戦争は戦いにくいの一言であった。
誰もが痛みに備えているから、多少の痛みでは意識に空白は生まれない。
そこら中に死が広がっているから、仲間の死に動じにくい。
「今となっては、ジャーティスのように単騎でのチカラを得たが……誰かを守りながら戦うのは無理だろうな」
自分が生きるために、『色』を求め続けた結果得たのは──
「──独りよがりの力でしかなかった、か」
自嘲するように呟き──それを鼻で笑う。
「それでいい。【テイマー】ってのは、そういう事だろう?」
魔物と【契約】し従え、一人の人間とその他の魔物で群れを成す。
一人にして複数の魔物を従えれば、一人の為の軍勢。
正しく──独りよがり。
「今回の戦争では、それが必要になる。だからこそ、戦力となる仲間が必要だ」
だからこそ、彼は手加減をしてまで増やそうとはせず、自分が従えたいと思うような『色』を持った魔物を探している。
「……もっと深い階層まで潜る必要があるか」
『色』を求めて、彼は歩みを進める──
▼
──それは気が付いたら発生していた。
それが自意識を手に入れたのはとある疑問からだった。
──なぜ彼らは表情を作るのだろうか。
わからなかったが、伝わってくる意思に応じて殺した。
それでも、その疑問が晴れることはなく自身の中で渦巻いていた。
殺す前は、口元が弧を描くように。
殺す直前は、それを歪ませて。
気になって気になって、その生き物が現れる方へと移動してみる。
そこには何があるのか、その先にはアレらを象る何かがあるのだろうか。
その好奇心に身を任せて、歩みを進めた。
邪魔してくるものは殺した。
視界に入ったものも、伝わってくる意思に従って殺した。
ほとんどの生き物は目が合えば殺せる程度でしかなかったが──殺し続けていたある時、自分の体が組み変わったことに気が付いた。
その力を使うと、その殺した相手の見ていた光景を断片的にだが見ることができた。
殺した相手は『人間』や『エルフ』など、様々なものがいたが……共通して二足歩行の生き物。
──それ等の見ていた光景は、今まで見たことのないものだった。
ここの外には、そんなに素晴らしい光景が広がっているのかと。
その光景に、憧れた。
殺したことで得た景色を追って、その光景へと進んでゆく。
意思が伝わってきて、命令をしてきたが、それを無視して進み続ける。
あれほどまでに『従わねば』と思っていた言葉はもう、気にならなくなっていた。
階段を上がるごとに体にかかる負担が増えてゆくが、そんなことは気にせず進む。
その先に見えるであろう、まだ見ぬ光景に想いを馳せて、邪魔するものはすべてを退けて突き進む。
襲い掛かってきた人間たちを殺す度、自分が少しずつではあるがその光景に近づいていることを知る。
もう、止まらない。止めさせない。
自分の求める光景を見るために突き進む──
『景色』を求めるものと、強い『色』を求める者。
両者が相まみえるのは、この時すでに必然になっていたのだろう──




