色合わせ
ども皆様、こんばんは。
まだ今日です、約束通りです。
それではどうぞ!
「……顔合わせって誰と顔を合わせるんだ?」
兵舎の中を歩きながら、隣にいるジャーティスに問いかける。
「さあ?」
「お前が狂あるからって呼んだんだろ。内容知らないのか?」
「いや、呼べって命令されただけだし。俺よりも頭の回るグレイならわかるんじゃないか?」
「無茶言うな。誰が何をしたいのかさえ分からないのに、どう推測しろって言うんだ」
互いに若干の不安を感じながら歩みを進めてゆくが、その進みに躊躇いはない。
方や自身のチカラに自信を持つために。
方や、何が起こるのかは察しが付いているために。
「……やっぱりグレイは察しが付いているだろ」
「さあな。自分で考えてみろ。こういうのに慣れたいんだろ?」
「ぐ……それもそうだな。頼ってばかりじゃあ成長できねえ」
そう言ってうんうんと頭を捻るジャーティスだが、なかなか答えが出てこないのを見てグレイが口を開く。
「……ヒントは『武装してこい』ってことだ」
「……部隊の割り振りか? いや、それなら武装の必要はないか。戦う必要があるモノ……手合わせ、か?」
「当たらずと雖も遠からず、だな。そこまでわかるなら及第点だろう」
会話が終わると同時に開けた場所へと出る。
そこは『プロテアクス兵団』の訓練場の一つであった。
「──遅いぞ貴様ら!」
グレイとジャーティスに向けて怒号が響く。
訓練場の中心には立派な鎧を身に着けた者と、その背後に整列した兵どもが厳しい視線を向けていた。
「まだ時間では──」
「いやぁー、もーしわけない! 何分慣れない場所なもんでしてね。お待たせしたようですみませんね」
ジャーティスが口を開く前に、グレイが傭兵としても色を纏って謝罪する。
「ふん、薄汚い傭兵風情に規律なんぞ期待しておらんわ。で、そこの訓練生は何故遅れた?」
「こちらもあっしのせいでさぁ。兵士長殿が探してこいとおっしゃられたようで。前置きはこれくらいにして──そろそろ本題に入りませんかい?」
どこか気楽な様子で、ジャーティスに責を問われる前に話を進める。
「……ちっ、せっかちな傭兵だ。お前らを兵に組み込む前に、どれだけやれるのかを試しておこうと思ってな」
その言葉と共に、後ろに控えていた兵たちが二人を取り囲むようにして動いた。
「……どういうことだ、グレイ」
「簡単な話だ。まだ未熟な訓練生と名もない傭兵が自分らの土俵を汚しに来ると思った彼らは、俺たちに立場の違いを教え込もうとしているのさ」
「こんなの、上官に知られたら……」
「組み込む者の力量を見ること自体は違反じゃあないからな。後で【回復魔法】でごまかすつもりなんだろう」
小声で話し合う二人に悲壮感などなく、静かに包囲してくる者たちへと視線を向けている。
「──これより君たちの力量を確かめさせてもらうそ。始め!」
「「「オオオオオオオオオオオオ!」」」
「来るぞグレイ──!!?」
隣に警告を発しようとして──そこにいたソレに言葉を失う。
「ああ──人間らしい感情だ。だが、君たちはそう足りえるのか?」
笑っていた。
面白そうに、楽しそうに。
そしてどこか、期待を込めて。
グレイは一歩、前に進む。
その一歩分、ジャーティスよりも先に向けられた槍が届く──
一歩横にズレ、突き出された槍を脇に挟んで身体を捻る。
「──ラア!」
「ぎゃあ!?」
槍を離す前に隣の切りかかってきた男に叩き付け、脇に残った槍を振るい眼前の敵を薙ぎ払う。
「うわああああっ!」
「折れたか。脆い棒きれだな」
一瞬で5人ほど吹き飛ばしたグレイを警戒して距離を詰めてこない兵に向かって手を招く。
「来いよ『プロテアクス兵団』の兵士さん? お前らの積み上げた『色』を見せてくれよ」
そう言ってグレイは兵士の群れの中に飛び込むのであった。
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少し離れたところで戦うグレイに意識を向けながら、ジャーティスは驚愕を隠すことができなかった。
(あれがグレイの戦い方か? 嘘だろ!?)
敵に突っ込み、拳を振るう。
その拳を振るわれたものは重さを忘れたかのように宙を舞う。
彼の知る『訓練兵』としてのグレイの戦い方、それと全く異なるものから目を離せないでいた。
「よそ見してるんじゃねえ!」
「──うるせえ」
斬りかかってきた男に一瞬視線を向ける──それだけで男は吹き飛ばされる。
彼、ジャーティスのジョブは【力動師】と呼ばれる希少なジョブである。
生まれながらに持っていた『スキル』と呼ばれる特殊な力──超能力とも呼ばれるそれを宿していた彼だからこそ就けたジョブである。
そのチカラは──力場を創り出すこと。
効果範囲はものすごく狭いのだが、身体の近くであればあるほど強さが上がり、体表付近では鋼鉄よりも堅く、拳よりも強い『力場』を生み出すことができる。
この『力場』はどういう原理か、ジャーティス自身が生み出せる力量──つまり筋力に連動しており、犯人が鍛えれば鍛える程力場の強度が上がるのだ。
その結果が、先ほど吹き飛ばされた男だ。
そのチカラが与えられたものだけではなく、彼の鍛錬によって共に鍛えられたものであるのだから、グレイがそこに『色』を見出すのも当然といえるだろう。
そんな彼が認める『グレイ』という『訓練生』は──彼にできないことをする男だった。
隙を生み出し罠を張り、そこに誘い込み不意打ちではない奇襲ともいえる戦い方をする男だった。
(最初は女々しい戦い方をする奴だと思っていたが……他の選択肢を経たうえで至った答えだったことを知ってからは尊敬に変わったんだよな)
『どうしてこんな戦い方をするのか』と聞いたときにグレイは答えたのだ。
──魔力もロクに持たず、屈強な肉体にもなれず、剣や【魔法】の才もない。こんな俺が生み出した『色』がこれなんだ。
そこに自らを蔑む色はなく、自分の生み出した『色』に美しささえ見出しているようであった。
それが、今目の前で戦っている『グレイ』はどうだろうか。
シンプルにチカラを振るうそれはどこか獣のようにさえ感じられる。
『訓練生』のグレイはどこか『人』として、『理性』が生み出したチカラのようであった。
『今』のグレイは逆に、牙と爪を思うがままに振るう『野性』に任せた戦い方であった。
「囲め!囲んで『スキル』の穴を突け!」
「その程度で俺を破れるかよ!」
囲もうとしてきた兵に向けて逆に飛び込む。
剣や槍が繰り出されるが──それは体表に張られた力場に逸らされ、肉体に届くことはない。
「オラア!」
力場を纏わせた拳を振るう。
振るわれた腕の速度、筋力に加えて『力場』のチカラが上乗せされる。
その拳が触れた兵たちは重さを忘れたかのように宙を舞う。
ジャーティスの戦い方は『力場』を用いた自前の強固な鎧を纏って敵に突っ込み、常人ではありえない力で暴れまわる物だった。
はたから見れば危険を顧みない戦いから【狂犬】とさえ呼ばれていて──
「これ、は──」
ふと気づいた。
この戦い方は、今しがた見たものと類似している。
そう、この場で戦っている、グレイのように──
ズドンッ! とすぐ近場の地面が煙を上げてえぐれた。
そこに転がっていたのは、目の前にいる兵士とよく似た装備の男で、異なるのは鎧が砕けていることくらいで──
自分の目の前で呆けていた兵士をつかみ上げ──今しがた飛来してきた方向へと投げ飛ばす。
「うわあああああああああああ──ゴファ!?」
「危ないな、ジャーティス」
「先に投げてきたのはお前だろ、グレイ!」
手で受け止めた兵士を投げ捨てながら、笑うグレイ。叫ぶジャーティス。
「こいつら、そんなにいい『色』をしてなかったんだ。手ごたえもさほどないし、面白みがない。ここの中で唯一興味があるのはお前だ、ジャーティス」
その身体に、紅い線が走る。
「……確かに、手ごたえはない。それと、俺もお前に興味があるんだ、グレイ」
その身体に、蒼白いオーラが纏う。
「その戦い方、俺のか?」
「ああ、お前の『色』を参考にさせてもらっている」
互いに拳を握り、腰を落とす。
「──見せてくれ、お前の新しい戦い方を」
「──見せてくれよ、お前の『色』を」
地面を蹴り出すのは同時だった。
「うおおおおおおお!!」
「らあああああああ!!」
拳と拳がぶつかり合う。
衝撃が訓練場を駆けまわり、空気が震える。
拮抗したのは──長いようで一瞬だった。
互いがそのチカラに弾かれ、吹き飛ばされる。
「うっ」
「ぐっ」
対面の壁に叩きつけられ呻き声を漏らす。
「……いてえ」
先に立ち上がったのはグレイ。
しかして、その腕は複雑に折れて肉も裂け、ボタボタと血が零れていた。
「大丈夫なのか、その腕」
「ああ、問題ない放っておけば治るだろ」
「──そんなわけないだろう。というか、そんな怪我を目にして帰れとはいえん。飲め、ポーションだ。後念のため医務室にも行くぞ」
「れ、レイナ教官!? 見ていたんですか!」
兵舎の屋根から飛び降りたレイナに驚くジャーティス。
「……悪いなスライム。無理をさせた」
ポーションを飲みながら、魔力を多きす消費しすぎたせいで形を保てなくなったスライムに小さな声で謝るのであった。
ジャーティスの能力が初期設定よりも強くなっている……




