◇◇◇2-②従兄弟達◇◇◇
アベルは十日の行程でサボワールに到着した。
「叔父上!只今到着いたしました!」
「おう!アベル!よく来た!こ度は大任ご苦労だ!」
「アベル!久しぶりだ!大きくなったな!」
レアンドルの長男エバリストがひとつ年上のアベルに不躾とも取れる言葉をかけた。
「エバリスト!相変わらず失礼な口を利く奴だ!」
見た目、華奢なアベルに対して、エバリストは頭一つアベルよりも背が高かった。
体も大きく、武芸に秀で、特に剣技に於いては、レアンドルの元鍛練を怠らず、サボワール東方軍の中に於いては右に出るものはないと言われる程であった。
しかしこの二人、幼少期から妙に馬が合った。
この度のアベルの大任についてもエバリストは我が事のように喜んだ。
アベルはサボワール総督邸に腰を落ち着けた。
当初、アベルは市街の宿を手配していたのだが、エバリストが総督邸に泊まるようねだり、アベルは仕方なく総督邸に腰を落ち着けることとなった。
同行したブレソール他数人の官吏や護衛も同様に総督邸に部屋を割り当てられた。
もっともこの方がこの度の計画を遺漏なく進めることが出来るだろうというレアンドルの配慮でもあった。
アベルがサボワールに到着した夜、レアンドルは慰労の晩餐を開いた。
ブレソールの部下の官吏や護衛のもの達は、王族と同じテーブルを囲むことに躊躇したが、レアンドルやアベルが「同じ仕事を成し遂げようとする同志だ!」と無理矢理席につかせた。
最初は居心地悪そうにしていた官吏達だったが、宴が進むうちに身分の垣根を越え、今度の計画を必ず成功させようと、各々の夢を語りだした。
「父上!私も父上やアベルと共にダレツへ行きとうございます!アベルの護衛はこの私が担いますゆえ!」
エバリストが大きな体に見合う大きな声でダレツ行きをせがんだ。
「気持ちは分かるが今回は駄目だ。」
「なぜで御座いますか?父上!」
「確かにそなたの剣の腕前は護衛には役立つだろう。」
「ならば・・・」
「されど、護衛とは武術に優れておれば良いと言うものではない。
危険を察知する能力、優れた観察力、臨機応変に対応出きる柔軟性が求められる。
残念ながらそなたはまだ突撃隊長にはなれても一護衛になるにはガサツだ。」
周囲から、特にサボワールのもの達から大きな笑い声とヤジが飛んだ。
「エバリスト様、ですから私が常々申し上げております。剣術の稽古の半分、書庫にてお勉強なされませと?」
レアンドルの腹心で、サボワール東方軍統括将軍のアルバートが茶化した。
アルバートはエバリストの武術の師でもある。
一軍を率いる将軍ながら、絵を良くし、その腕前はブランシュ美術商の間では引っ張りだこになるほどの物だった。
後世『画家将軍』と呼ばれる、文武に秀でた才能の持ち主であった。
「師匠までそのような・・・」
ショボくれるエバリストであった。
「エバリストには私が留守の間課題を与える。
今度の計画のあらましは承知しておるな?」
「はい。」
「この計画をサボワールに於いても有効に活用するための計画を立案せよ。リノやプーリーに先んじてサボワールに於いてブランシュのためになる計画だ。期待しておるぞ。」
「畏まりました。慎んで拝命いたします。」
「宜しい。それからフェルデナン。」
「はい、父上。」
「そなたにダレツ同行を命じる。」
フェルデナンはレアンドルの次男である。兄エバリストとは違い、勉学の虫であった。
「アベルを補佐しダレツとの協定締結に尽力せよ。」
「私が行って良いのですか!ありがとうございます!父上!」
「フェルデナン、宜しく頼む。」
アベルはこの年下の従兄弟が好きだった。
馬が合うが何かと騒がしいエバリストと違い、フェルデナンはおとなしいが芯の強さを感じる。
ダレツ行きには心強い存在になった。
その夜、アベル、エバリスト、フェルデナンの従兄弟3人がアベルの宿所に集まっていた。
「アベル!俺も行きたかっぞ!」
吠えるように話すエバリストにアベルは片耳を押さえながら返した。
「こんな夜更けに、大声で話すような配慮の無さが無かったら一緒に行けたかもしれないな。」
「何を言うか!俺だって時と場所くらいわきまえるわ!」
「そうは思えませんが・・・」
フェルデナンが小声で呟いた。
「なんだと!」
「わかったわかった、ところでエバリスト、一つ頼みたいことがあるのだが・・・」
アベルが、神妙な面持ちで切り出した。
「何だ、改まって・・・」
「うん、王都近郊での小麦貯蔵庫焼き打ち事件については知っているか?」
「ああ、聞いているぞ、ユニオン・ガレアとか言う昔の犯罪者達の残党がどうとか?」
「正体はまだ分かっていないが、何れにしてもブランシュ国内で良からぬ動きをしているらしい。サボワールに於いても何かあるかもしれない。どんな些細な事でも何かわかったら兄上に報告して欲しい。」
アベルは口にこそ出さなかったが、ロドルフはもちろん、ヴァレリー、レアンドル、バンジャマンに危険が及ばぬかと心配していた。
もちろん警備は万全であろう。
しかし、どの様な事象にも絶対は有り得ない。
「勿論だ!任せておけ!アベルこそ身辺に気を付けろよ。なにせお前は『王弟殿下』なのだからな。賊が狙う確率はかなり高いぞ。」
この何気ないエバリストの言葉は後日現実のものとなる。
だが、アベルもフェルデナンも、口にしたエバリストさえもそんなことは起こらないだろうと理由もなく思い込んでいた。
三日後、アベルはレアンドル、フェルデナンと共に百人規模の特使団の一員としてダレツへ旅立った。