◇◇◇1-⑥襲撃◇◇◇
「トピアス、国王が来たと言うのか?」
州庁の一室、州令ロレンツォの部屋にトピアスはいた。
「はい、いささか困ったことになりました。」
「どうする?ご主人様まで影響を及ぼすことがあってはならん。」
「いっそのことダミアン様に罪を被って頂きましょうか、ついでにヤルヴェラにも舞台から降りて貰いましょう。」
「分かった、やむを得まい。」
「小麦の供出はどうしますか?」
「体面上段取りはせねばなるまい。国王が死ねばうやむやになろうよ。」
ロレンツォはそう言って小麦供出の書類と革袋に入った金貨を無造作にテーブルに置いた。
「では、万事抜かりなく頼むぞ。」
◆◆◆
ロドルフは王都へ向かう騎上にいた。
「陛下。」
「ジェレミアか、何か分かったか?」
「はい、やはりトピアスは賊の一味に間違いないようですが、ヤルヴェラ商会は利用されていただけのようです。州令のロレンツォ卿が一枚噛んでいるようです。」
「事実であったか・・・」
「既にご存知でしたか?」
「うむ・・・」
「しかし、ロレンツォの上に奴等がご主人と呼ぶ人物が居るようです。」
「その者の名は分からなかったか?」
「はい、残念ながら、陛下奴等が襲ってきます。今夜あたりかと・・・」
「数は?」
「おそらく二百程度でしょう。州兵は動かせませんから、傭兵ではないかと思われます。」
「分かった。見張りにつけ。」
ロドルフはしばらく考えてセレスティーヌを呼んだ。
「セレスティーヌ、この先に森が有ったな。」
「はい、追手が追い付く前に森を抜けるべきかと考えますが。」
「いや、森の出口付近で罠を仕掛ける。」
ロドルフは詳細に配置を指示し、追手を待ち構えることにした。
◆◆◆
「様子はどうだ?」
トピアスは傭兵の隊長に尋ねた。
「歩哨が数人、あとは寝静まっている。」
フクロウが鳴いていた。
「ん?歩哨が動いたな、交代か?」
「良し、今だ!構え!」
傭兵達が弓を構えた。
「放て!」
百本以上の矢がテントに吸い込まれた。
「斬り込め!」
傭兵隊長に率いられた一団は、
野営テント目掛けて斬り込んだ。
「誰も居ないぞ!」
「どういうことだ!」
野営地はもぬけの殻だった。
そこへ四方八方から火矢が射込まれた。
「罠だ!」
「引け!引くんだ!」
「何処へ引くんだ!」
火矢は切れ間なく射込まれた。
「トピアスとか言ったな。」
闇の中からロドルフが姿を現した。
「そっちの傭兵は以前会ったことがあるな。」
ロドルフは剣を鞘から抜き放った。
「前回は小麦を守るために見逃したが、今日は逃がさぬぞ。」
傭兵の隊長は放火犯の頭目であった。
「陛下、この者は私にお任せください。」
セレスティーヌが彼女に似合いの細身の剣を抜きながらロドルフの前に出た。
その剣は、ヴァレリーの姉、ヴィクトリーヌから授かった物だった。
「セレスティーヌ、良いとこを横取りするか?」
「はい、これが役目なれば!」
言うなりセレスティーヌは傭兵目掛けて斬り込んだ。
傭兵の隊長もかなりの使い手だった。
為ればこそ、荒くれものを束ねる事が出来るのだろう。
しかし、セレスティーヌの技量はそれを遥かに上回っていた。
二三合打ち合っただけで技量の差は明確になった。
セレスティーヌの細身の剣が、的確に傭兵隊長の急所を狙う。
傭兵隊長は防戦一方となった。
セレスティーヌの一撃を交わし様、転がり砂を掴んでセレスティーヌに投げつけた。
セレスティーヌは右回りに回転し、マントで砂を払いのけた。
次の瞬間、傭兵隊長の剣は、セレスティーヌの剣に巻き取られ弾き飛ばされた。
「女ごときに・・・」
そういう傭兵にセレスティーヌは剣先を突きつけながら言った。
「恥じる事はない。ブランシュ広しと言えど、剣技にかけて私を上回るのはロドルフ陛下をおいて他には居ない。」
「セレスティーヌ、謙遜だな。傭兵、セレスティーヌは3年連続ブランシュの剣技大会優勝者だ。負けても恥じる事はないぞ。」
縛られてうなだれる傭兵がぼそりと言った。
「敵わぬ訳だ・・・」
トピアスも捕まり縛られていた。
襲撃犯の一団は、半数が捕らえられ半数は打ち倒された。
翌日、ロドルフは捕らえた襲撃犯を引き連れブルデア州庁へ戻った。
州令執務室へ向かうと、州兵が執務室前に複数居たが、ロドルフらに手向かう様子ではなかった。
そしてそこにはダミアンが居た。
「ダミアン、いかがした?」
「陛下、それが・・・州令のロレンツォが・・・」
ロドルフが執務室に入ると、ロレンツォが床に倒れていた。
その背中には短剣が深々と突き刺さっていた。
「昨日陛下がお帰りになったあと、家令のトピアスが一向に戻りませぬ。
陛下のお話を聞き、もしやこのブルデアで何か良からぬ企みが有り、トピアスもその一味なのではと考えて今朝早く州庁へ来たのですが、その時にはもうロレンツォは死んでおりました。」
「そうであったか。」
「ブルデア候、そなたには国王暗殺未遂の嫌疑が掛かっておる。少し話を聞かせてもらうぞ。」
「な、なんと・・・」
ロドルフはセレスティーヌがダミアンを連行するのを止めなかった。
ダミアンは無関係であろうと分かっている。しかし、ブルデアで起こった国王暗殺未遂事件であり、小麦焼き討ち事件の主犯格がダミアンの屋敷に居た事実、それらを踏まえれば、形式的にも一時ダミアンを拘束せざるを得ないとロドルフも思う。
しかし、主犯格と目されるロレンツォが死んでしまった今、どちらの事件も真相は闇のなかであった。