序章 ① 誘拐
「ロドルフ、もう休みなさい。」
ブランシュ国王ヴァレリーは、次男のロドルフの肩に手をかけて優しく言った。
「父上、兄上は、兄上は大丈夫でしょうか?」
ベットに横たわるロドルフの兄、ファブリスは、高熱のため息が早く、小さな額に玉の汗を浮かべながら苦し気に小さく唸った。
「大丈夫だ。医師もいる。大人達が看病している。明日の朝には熱も下がるだろう。」
ヴァレリーは断言したが、そのような保証はどこにもなかった。
ヴァレリーの長男ファブリスは、生まれついて病弱であった。
体調さえ崩さなければ、幼いながらも剣の修練を欠かさず、読書を好み、将来を嘱望される王子であった。
次男のロドルフは、この兄が好きだった。
兄に負けまいと剣を振り、書を読む。
必然、ロドルフもファブリスに負けないほどの成長を見せた。
ヴァレリーには、ロドルフの下にもう一人男子がいた。
名をアベルといった。
仲の良い兄弟だったが、アベルは比較的内向的で、剣術よりも読書を好んだ。
高熱のため寝込んだ兄を心配して、弟二人はずっとベットの横に付き添っていたが、一番幼いアベルは疲れて寝てしまい、母のマルスリーヌに抱かれて寝室へ入った。
「さあロドルフ様、このガストンが御一緒致します。
お部屋へ参りましょう。」
宮廷官吏長のガストンがロドルフを促した。
ロドルフは、何度も振り返りながらファブリスの部屋を出た。
「ガストン、兄上は元気になられるだろうか?」
ロドルフが通路の先を見つめたまま聞いた。
「さようでございますね。ファブリス様は御病気がちではありますが、毎回ご回復なされます。今回もきっと病気に打ち勝つことで御座いましょう。」
「うん、そうだね・・・」
ガストンの言葉に無理矢理に頷くロドルフであった。
ふと、廊下の先の暗がりが揺れた。
「な、何者だ!」
ガストンが誰何するが返事はない。
「ロドルフ様、お下がりください。」
そう言ってロドルフを背に隠そうとするガストンだったが、武芸のセンスは、幼いロドルフにさえも敵わぬほどの正真正銘の文官であった。
ロドルフは、腰にある短剣の柄を握った。
と、暗がりから影が滲み出した。
ガストンが遮っていたためロドルフには見えない。
そしてガストンが撥ね飛ばされ、その衝撃でロドルフは意識を失った。
「・・・」
影はロドルフを一瞥すると、抱えあげ城を出た。