聖女外伝3
眩しい光がちょうど顔に当たっていて、目が覚めた。
(ん……。もう朝?)
目を覚ました由依は、ベッドの中で思いきり背伸びをしてゆっくりと目を開く。
早く身支度をして、会社に行かなければ。
そう思った途端、目の前に広がった見覚えのない光景に、一気に昨日の記憶が蘇った。
「ああ、夢ではなかったのね」
ゆっくりと寝台から身体を起こして、周囲を見渡す。
「……ここはたしか、ティーマ王国、だったかしら」
仕事帰りに異世界から聖女として呼び出されたなんて、こうして実際に経験していなければ、絶対に信じられないような話である。
でもこれが現実であり、変えようのない事実であることを、由依は静かに受け止めていた。
たしかに見知らぬ世界に急に呼びつけられて、聖女だの何だと言われてしまい、どうしたらいいのかわからないし、理不尽だと思う。
でもどんなに嘆いても、この現状は変わらないだろう。
それなら無駄に嘆いて悲観的になるよりも、この状況を打破するための方法を探すべきだ。
あらかじめ、ひとりで着られるような質素な服を頼んでいたので、用意してあったその服に着替える。
それから朝食を持ってくれた侍女に、今日は詳しい話をしてもらえるのかを確認した。
決定権を持たない彼女を追い詰めるつもりはなかったが、少なくとも今日は無断欠勤、または遅刻をしてしまうことは確定なので、そこは何度も確認させてもらった。
(せめて連絡ぐらいはしたいのに……)
今日も朝から仕事は山積みである。
自分ひとりの無断欠勤で、どれだけの迷惑をかけてしまうかと思うと、落ち着いて朝食を食べることなんてできなかった。
ほとんど手を付けていない朝食をさげてもらい、しばらくしたあと、ようやく待ち望んでいた者たちが由依の部屋を訪ねてきた。
「聖女様。お待たせしてしまい、申し訳ございません」
最初にそう言って頭を下げたのは、昨日の神官らしき老年の男性だ。ゆったりと構えた威厳のある姿に、由依も思わず、本当に遅かったと言いたくなる気持ちを抑え込んだ。
その背後には、ふたりの男性がいる。
神官らしき男性に言えなかった言葉を、彼らに伝えようと顔を上げた。だが、そのふたりの姿を見て、思わず絶句する。
(……うわ)
由依の勤めていた企業は外資系なので、国外の人と接することも多かった。だから、そのふたりが金髪とプラチナブロンドの髪をしていたからといって、特に驚いたりはしない。
とっさに言葉が出ないほど驚いたのは、ふたりがテレビでも滅多に見かけないほどのイケメンだったからだ。
プラチナブロンドの青年は、温度を感じさせないような、冷たいアイスブルーの瞳をしていた。他のふたりよりも服装が豪奢なので、身分の高い人なのかもしれない。表情を変えず、こちらを観察するように見つめている。その瞳のように、冷たい印象を受けた。
もうひとりは、輝くような金色の髪をした、背の高い青年だ。
穏やかな緑色の瞳が由依を見つめると、柔らかく笑みを浮かべる。
青い騎士服だが、ここが王城内だからか、それとも聖女として扱われている由依の前だからか、剣を帯びていない。
(異世界って、もしかしてイケメンや美女じゃないと、死ぬの?)
そんなゲームの設定でも見ないような考えが浮かんだのは、この世界に召喚されてから会った人たちがすべて、整った顔立ちをしていた。
いろいろと世話をしてくれた侍女の女性も、ふわりとした優しげな美人だったし、老年の神官も、若い頃はさぞかし美形だったのだろうと思わせるような顔立ちである。
とにかく美形に惑わされている場合ではなく、きちんと自分の意見を伝えようと、由依は顔を上げた。
「私は聖女ではありません。特別な力なんて何もないし、きっと何かの間違いです」
それに、元の世界でやらなくてはならないことがたくさんある。
できるだけ早く帰して欲しいと訴えた。
だが、神官は由依の言葉を否定する。
「いいえ、あなたは間違いなく聖女様です。それは間違いありません。それに、この世界にはもう魔法という力が存在していませんので、聖女様に力がないのも、当然のことなのです」
「え?」
聖女に力がなく、戦うべき敵がいないのなら、どうして自分を召喚したのか。困惑して、神官の後ろにいたふたりの青年に視線を向けると、プラチナブロンドの青年は、吐き捨てるように言った。
「だから、聖女など不要だと言ったのだ」
「殿下!」
金髪の青年が、慌てたように彼を制する。
殿下ということは、彼はこの国の王族なのかもしれない。
でも、この国どころか、この世界の人間でもない由依には関係のないことだ。
それに、どうして望んでもいない場所に無理やり連れてこられた上に、こんなことを言われなくてはならないのか。
「私だって、こんなところに来たくなかったわ。今すぐに元の世界に戻して!」




