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【書籍化・コミカライズ】異世界でレシピ本を作ろうと思います!  作者: 櫻井みこと
本編

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知らない世界・1

 それからどのくらい眠ってしまっていたのか、わからない。

 吹き付ける風があまりにも冷たくて、琴子は身震いしながら目を覚ましていた。

「……うう、寒い。窓、開けたままだっけ?」

 身体がすっかり冷え切っていた。

喫茶店の最終日。疲れ果てて、ようやくアパートに辿り着いたことまでは覚えている。玄関先に転がって、そのまま眠ってしまったのかもしれない。

新しい生活を目前にして、風邪なんて引いてしまったら大変だ。そんなことを思いながら目を開けると、周囲はもう明るくなっていた。

「え、もう朝?」

予約していたホテルを無断でキャンセルしてしまったことに気が付いて、慌てて飛び起きる。

 だが顔を上げた途端、頬に冷たい雫が落ちて来た。

「ひゃっ?」

 驚いて飛び上がる。

「え、雨? アパートなのに」

雨漏り……ではなかった。

 天井を見上げた琴子の目に映ったのは、灰色の雲。降り出した雨が冷たい雫となって、頬に落ちてきたのだ。

「ここ、どこ? どうしてこんなところに」

 混乱しながらも慌てて周囲を見渡してみれば、どうやら公園のような場所だ。少し荒れ果てた芝生が広がり、周囲は街路樹のような木々で囲まれている。

 琴子は思わず首を傾げる。

(アパートの周りに公園なんかあったっけ?)

 それよりもまず、どうしてこんな野外で寝ていたのか。

混乱しつつ、このままでは雨に濡れてしまう。琴子は立ち上がり、とりあえず雨宿りできるような場所を探して歩き出した。

 さいわいにも玄関先で倒れ込んだからか、靴は履いたままだった。でも鞄やスマートフォン、財布なども持っていない。

(とにかく雨宿りしなきゃ……)

 どうしてこんな野外に寝ていたのか。不安になったが、どんなに考えても何も思い出せない。その間にも、雨は少しずつ強くなっている。

とにかく建物のある場所に行こう。

急いで芝生の上を歩きながら周囲を見渡していると、だんだんと何だか嫌な予感がしてきた。

目が覚めてからずっと、ここは緑の多い公園だと思い込んでいた。でもよく見れば芝生は荒れ果て、どこにも道らしきものはない。生い茂っている木々も、街路樹などではなく、自然に生えているもののようだ。周囲に人影はなく、建物さえ見えない状態だった。

嫌な感じはますます強まる。

(あのとき、ちゃんと玄関の鍵を閉めたかな?)

 いくら疲れ果てていたとはいえ、そのくらいの危機感はあったと思いたい。でも、記憶がまったくないのだ。

(自分でこんなところまで来たなんて思えない。もしかしたら鍵を掛けずにそのまま寝てしまって、誰かに拉致された、とか?)

 目が覚めたら財布もスマートフォンも持たずに、人気のない野外に倒れていたのだ。そうとしか思えなくなって、恐ろしくてたまらなくなる。

今のところ周囲にあやしい人影はないので、早くこの場所を離れたほうがいい。

(どうしよう。とにかく人のいる場所に逃げなきゃ……)

 琴子は震える足で、必死に走り出した。

 ここがどこなのか、町はどの方向なのかもわからず、ただ焦燥に駆られるまま走り続けていた。

 そのまま走り続けて、息が切れ、もう走れなくなる頃、ようやく町らしきものが見えてきた。

(ああ、よかった……)

 安堵から座り込みそうになるが、まだ油断はできない。

警察に行って場所を聞き、あまりにも遠い場所だったら兄に連絡をしてもらおう。両親にも兄にも心配をかけたくないが、財布もないので帰ることができないのだ。

そう思っていたのだが。

「え……」

 急いでいた琴子の足が止まった。

見えてきた街並みは、今まで見たことのないようなものだった。

 身長よりも三倍くらい大きな、頑丈そうな古びた城門がある。

その前には、西洋風の鎧を身につけた警備兵がふたり。周囲を威圧するような重々しい雰囲気で立っていた。門を中心に、町の周囲をぐるりと取り囲んでいる石の城壁。それも門と同じくらいの高さだ。

 その城壁のせいで町の様子はまったくわからないが、門の前に並んでいる人達も、普通の日本人ではなさそうだ。茶髪、金髪、赤髪など、色彩豊かな人々が歩き回っていた。

「ど、どうなっているの? ここはいったい……」

 先ほどまでの恐怖すら忘れる衝撃に、呆然と立ち尽くす。

よく見ると、服装も少し変わっているようだ。

雨だというのに、誰も傘を持っていない。ほとんどの男性はマントを羽織っていて、細身のズボンに長い革靴。そして女性は、裾の長いシンプルなワンピースのような服装に、長いショールを巻き付けていた。

(ファンタジー小説っていうか、ゲームみたいな感じ……。そんなテーマパーク、あったかしら……)

町に行くことも引き返すこともできず、目の前の不思議な光景を、ただ見つめていた。

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